関税をはじめ、トランプの経済政策は経済学的にもデタラメであるが、まだ経済分野については、「取引(ディール)」を主張するのは理解できないことではない。しかし、政治や安全保障は、ディールには適切でない点が多々ある。政治はビジネスとは異なるのである。この点をトランプは全く分かっていない。
ウクライナやガザに平和をもたらそうという決意は良い。しかし、手法が問題である。
第一に、停戦の仲介者は、交戦国双方に公平でなければならない。その点では、トランプは、ゼレンスキーよりもプーチンの主張により耳を傾けている。また、ガザについても、明確にイスラエル支持であり、アメリカの大学でパレスチナ支持派を弾圧している。
この姿勢で停戦を仲介しても、ウクライナやパレスチナには大きな不満が残るであろうし、恒久的な平和につながるかどうかは分からない。
第二に、和平交渉は、ビジネスの取引とは異なる。とくに領土については、ナショナリズムと結合しているので、物々交換のような安易な取引は禁物である。
第一次世界大戦後、戦勝国は、敗北したドイツの多くの領土を奪ったが、そこにはドイツ人が住んでおり、併合された国(たとえばチェコスロバキア)で差別的な扱いを受けた。そのような状況をナショナリズム発揚に利用したのがヒトラーのナチスである。ヒトラーは、政権獲得後、それらの失われた領土を奪還し、大人気を博した。
クリミアや東部4州をロシアに渡してしまえという方針では、ウクライナはトランプ提案を受け入れることはできないであろう。
第三に、停戦後に、アメリカがウクライナの鉱物資源を入手しようという発想は、不動産屋的ビジネスそのものである。ウクライナの資源は、アメリカ人のものではなく、ウクライナ人のものである。トランプによれば、ウクライナへの武器支援などの見返りに資源をよこせということである。まさに、あざとい商売人の発想である。
ザポリージャ原子力発電所のある地域を中立地帯にして、アメリカが管理するという提案も、ウクライナは容認しないであろう。もともとがウクライナのものであるこの原発は、今はロシアが占領し、管理している。ウクライナにとっては、支配者がロシアからアメリカに移るだけである。アメリカとロシアという大国の取引の犠牲になるのはウクライナである。
第四に、停戦の仲介は、戦争当事国を超える大国にしてはじめて可能なことである。仲介国は、トランプのように経済的利権を入手することだけを考えるのではなく、世界のなかでの自国の威信と地政学的考慮を尽くすべきである。
陸続きで多数の国がひしめくヨーロッパ大陸において、ロシアの軍事的脅威にどう対処するのか、世界一の大国はヨーロッパで重きをなさねばならない。
第二次世界大戦前は、イギリスが世界の覇権を握るパックス・ブリタニカであった。英国は、ヨーロッパ大陸においてバランサーとしての役割を果たすことに腐心した。具体的にはドイツとフランスのバランスをとることである。それは、結局は国益につながった。ところが、トランプには、そのような発想がない。