8月6日から、ウクライナはロシアに対して越境攻撃を開始した。その狙いはどこにあるのか。
8月10日、ゼレンスキーは、国境を接するロシア西部のクルクス州でウクライナ軍が越境攻撃を行っていることを認め、これまでに、1200㎢のロシア領土を占領したという。
ゼレンスキーによると、この越境攻撃は、領土奪還のためにロシアに圧力をかけることが目的だという。
ウクライナ軍は、ガスプロム社が保有するスジャの北西郊外にある天然ガスパイプライン施設を制圧したという。この施設は、ロシアからウクライナを経由してEU諸国へ天然ガスを輸送するパイプラインの拠点である。
今回のウクライナの越境攻撃は、まさに奇襲であり、アメリカも関与していなかった。過去にも、2023年5月と2024年3月に、ロシアの反プーチン武装勢力によるベルゴロド州への越境攻撃はあったが、今回は約1万人規模の正規軍による攻撃である。
ウクライナの目的は、ロシア軍の攻勢を減速させることであり、軍の配備を再調整させるコストを払わせることである。ロシアは、ハルキウ州北部に展開している部隊を急遽移動させているという。
プーチン大統領は、ロシア領内からウクライナ軍を撃退するように命令した。
問題は、今回の奇襲攻撃が戦局を大きく転換させ、ウクライナの勝利・ロシアの敗北につながるかどうかということである。
ロシアは、石油・天然ガス、食料など豊富な資源を有するとともに、核兵器を保有している。プーチン政権が内部から崩壊する兆しもない。同盟国ベラルーシもウクライナ牽制の手を休めてはいない。
ウクライナ国内には厭戦気分が高まりつつある。「停戦実現のためには領土割譲もやむなし」という意見の人は、開戦当初は国民の1割しかいなかったが、最近では3割以上に増えている。
トランプは、11月の米大統領選挙で勝利すれば即座に停戦を実現させると豪語している。今のところ、有権者の支持は、カマラ・ハリスと拮抗しているが、トランプが大統領に再選される可能性はあり、その場合に備えて、ウクライナも停戦の準備をしておかなければならない。対露交渉を少しでも有利に進めるための手段として、ロシア領の占領を実行した可能性はある。
さらに、ウクライナは自らの立場を強化するために、ロシアの石油大手のルクオイルを制裁対象にして、原油の供給を停止した。このロシア原油は、ロシア南西部からベラルーシに伸びるパイプライン「ドルージュバ」によってEU諸国に供給されている。ドルージュバは、ベラルーシで枝分かれし、北ルートはポーランド、ドイツへ、南ルートはウクライナを経由してハンガリー、スロバキア、チェコへ原油を供給している。
ウウライナは南ルートの供給を停止することによって、ロシアに経済的打撃を与えると共に、ウクライナ支援に消極的なハンガリーやスロバキアを牽制することを狙っている。
ハンガリーのオルバン首相はロシア寄りの姿勢を一貫して示しており、7月にEU議長国となっても、その方針を変えていない。また、スロバキアでは、昨年9月30日の総選挙でウクライナへの武器支援に反対する政党が勝ち、政権に就いている。この両国はウクライナへの反発を強めているが、今後の展開には注意が必要である。