「徴用工」判決と朝鮮文化の恨(ハン)の思想 | 舛添要一オフィシャルブログ Powered by Ameba

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 昨日、韓国最高裁は、10月30日の新日鉄住金と同様に、三菱重工業に対しても、「元徴用工」らに損害賠償の支払いを命じる判決を下した。今後も、同様の12件の訴訟で、今後日本企業約70社に賠償判決が出ると予想される。

 国際法を無視するこの韓国司法の動きは、日韓関係を決定的に悪化させるものであるが、この韓国の姿勢には、朝鮮文化の基調をなす「恨(ハン)」の思想がある。

「恨」とはどういうものなのか。これは、単なる恨み、辛みではなく、悲哀、無念さ、痛恨、無常観、優越者に対する憧憬や嫉妬などの感情をいう。

 呉善花は「韓国の『恨』は、韓国伝統の独特な情緒です。恨は単なるうらみの情ではなく、達成したいけれども達成できない、自分の内部に生まれるある種の『くやしさ』に発しています。それが具体的な対象をもたないときは、自分に対する『嘆き』として表われ、具体的な対象を持つとそれが『うらみ』として表われ、相手に激しき恨をぶつけることになっていきます」と説明する。(『朴槿恵の真実』、文春新書、2015年、229p)

 彼女の指摘の「うらみ」の具体的な対象は、「徴用工」や「女子勤労挺身隊」にとっては、植民地支配をし、朝鮮人を「強制連行」した日本である。まさに、その「恨」が、怨念や被害妄想につながる。

 日本による植民地支配に関しての感情がその典型である。李圭泰氏は、『韓国人の情緒構造』(新潮選書、1995年)の中で、次のように述べている。

  “心の中に傷をじっとしまっておく状態が「恨」なのだ。・・・(中略)・・・原義の「恨」は怨念を抱く状態、そして怨念を抱くようにした外部要因を憎悪し、またその怨念を抱いた自分自身のことを悲しむ、そうした属性をも含んでいる。

・・・(中略)・・・このような怨念の蓄積は韓国人の「恨」に別の意味を派生させた。韓国人の「恨」を構造的に調べてみると、怨念以外の被害者意識が絡んでいる。韓国人は、国民は官憲の被害者であり、貧しい者は富む者の被害者であり、野党は与党の被害者であると思い込んでいる。“(126〜127p)。

 そして、韓国人は帝国主義日本の被害者である、したがって、日本に対しては永遠に批判し続けて構わないと信じ込んでいるのである。

 

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