国際政治学講義(60):(5)世界システム論①理論的構造・・・❺ | 舛添要一オフィシャルブログ Powered by Ameba

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 18世紀に世界をリードするのはイギリスである。7つの海を支配してヘゲモニーを握るイギリスを牽制する動きが、アメリカ独立革命であり、フランス革命であった。

 とくに1789年7月14日のバスチーユ牢獄の襲撃に端を発したフランス革命は、王政を廃止し、共和制を樹立する。この過激な王政転覆の動きに対して、王政の列国は干渉する。イギリスは、オーストリアやロシアと対仏大同盟を結び、フランス共和国と対決する。

 その過程で、フランスの危機を救うべく、ナポレオンが登場し、瞬く間にヨーロッパ大陸を席巻し、イギリスと対峙する。しかし、ナポレオンは、1815年、ワーテルローの戦いに敗れ、セントヘレナに流される。

 こうして、20年あまりの戦乱が終わり、ウィーン体制が成立する。この「30年戦争」の後には、それ以前の例と異なり、再びイギリスが覇権国の地位を享受することになる。

 表5−1の長期サイクルの第4期は、イギリスの天下、つまりパックス・ブリタニカと呼ばれることになったのである。産業革命によって「世界の工場」とまで呼ばれるように繁栄したイギリスは、その経済力を背に世界一の海軍力を備え、世界中に植民地を拡大していった。

 そして、自由貿易を促進し、また金融資本市場を充実させて、通貨システムを金本位制へと移行させる

 しかし、19世紀も後半になると、国家統一をドイツが猛烈な勢いでイギリスに追いつくための努力を展開する。

 

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