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池内 紀『闘う文豪とナチス・ドイツ:トーマス・マンの亡命日記』(中公新書、2017年)

 

 ドイツのノーベル賞作家、トーマス・マン(1875~1955)は、1933年1月30日にナチスが政権をとった後、2月10日にミュンヘン大学で講演し、ヒトラーによるワグナー偶像化を厳しく批判した。そのため、国外追放にあい、亡命生活の余儀なきに至る。

 私は、若い頃ミュンヘンで研究生活を送ったことがあるが、下宿先のドイツ人主人が「ヒトラー時代が一番良かった」という話を、当時のアルバムを見せながらいつも語っていたのを記憶している。政権掌握後、ヒトラーは目覚ましい勢いでドイツ経済を建て直し、ドイツの誇りを奪ったベルサイユ条約体制を再軍備などで打ち壊していったからである。

 しかしながら、トーマス・マンの例をあげるまでもなく、ユダヤ人をはじめ多くの人々が弾圧されたことは忘れてはならない。本書は、マンの苦悩の日々を綴った日記から、当時の時代の雰囲気を再現している。「著名人が雪崩を打つようにして新しい権力に迎合する」(23p)状態であった。

 「こよなくドイツを愛し、ドイツ文化を誇りにして、ドイツ社会のなかで地位や資産を築いてきた。その人々がいまや立ちすくみ、途方にくれている。・・国家によって長年の功績をたたえられた者たちも、ナチス体制にふるいにかけられ、無用、もしくは『有害』となれば容赦なく棄てることを要求される」(31p)。

 亡命先のスイスやアメリカで、マンは、同じように亡命してきた文学者などとの交流をしながら、著作に励み、またドイツを中心とする世界情勢についての情報を入れる。マンの妻は男女の双生児に生まれたが、男のほうは音楽家として1931年から上野の音楽学校の教師として日本に住んでいた。そのため、日本に対する関心を高く、日記には2・26事件についても記述している。

 1939年9月に第二次大戦が始まってからも、トーマス・マンは戦争の行方について注意深く分析し、戦況に一喜一憂する。マンは「ホモ・ポリティクス(政治的人間)」であり、ワイマール共和国時代には、「ナチズムが台頭してくる1930年代になってからも、マンは発言をつづけた。右にも左にも組せず、リベラリズムの立場から論陣に加わった」(93p)。 

 戦後も、ニュルンベルク裁判をはじめ、世界の動きを注視しつづけるが、ドイツに戻ることはなかった。ナチスに抵抗した作家として、栄光に包まれながら、1955年80歳の生涯を閉じる。

 コンパクトな本であるが、文豪の日記を通じてナチス時代の空気に触れることができる好著である。

 

  

 

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