アヴェロンの野生児とは、児童精神医学※1における"最初の臨床"として有名です。

フランス革命から10年を経た1799年、フランス中央山地のアヴェロンの森で全裸の少年が発見されました。

その少年は、推定年齢12歳くらいで、ウサギの素早さで走り、リスの身軽さで木に登ってドングリや栗を食べ、肉類や火を通したものは食べようとせず、服を着せても脱ぎ捨てたと云います。

社会的・文化的な感覚や感情や認識は何ひとつ育っておらず、人語も解さなかった。これが有名な「アヴェロンの野生児」です。

その後、パリ市内の聾学校に保護され、イタールという聾学校の専属医が少年のケアを担当するのですが、これをもって「臨床」※2としての児童精神医学の歴史的な出発点とみなされています。

イタールは、ゲラン夫人という優れた女性の力を借りて教育的な関わりに熱心に取り組んだそうです。さまざまな試行錯誤が続けられ、結果的に、少年は身ぶりでのコミュニケーションを覚え、単純なものなら文字で書かれた単語とそれが示す事物とを結びつけられるようになり、最後には僅かでも書字によるコミュニケーションを覚えます。また、ゲラン夫人にも親しい感情を寄せるようにもなりました。

一方で、身ぶり言語や文字言語に続けて音声言語を学ばせようとしたが、音声言語の獲得はついに実らず。

現在において、音声言語は10歳ごろまでしか習得できないと言われるに至っています。一つ言えることは、幼少時に音声言語を学ぶことは意味があるということです。

話は変わりますが、今度映画化される鬼滅の刃に登場にもイノシシに育てられたという少年が出てきます。嘴平少年(はしびら少年)※3です。アニメでも他のキャラクターと自然に会話をしていますよね。

嘴平少年の場合、幼少時に偶然出会った老人から言葉を教わったという話が出てきます。10歳以前であることは間違いなさそうです。

アヴァロンの野生児のその後ですが、大人になりゲラン夫人に引き取られ、1848年、推定年齢61歳で人知れず世を去ったそうです。1947~ 48年の平均寿命が男51.54年、女55.32年であることを考えると、長生きしたようです。

※1 児童精神医学
1930年に、オーストラリア生まれの精神医学者カナーが大学病院に「児童精神科外来」を常設し、35年に「児童精神医学」という教科書を刊行した事が児童精神医学の始まりとされている。

※2 臨床
実際に患者に接して、診療や治療を行うこと

※3 嘴平伊之助(はしびらいのすけ)
漫画の中では、年齢15歳という設定

※参考文献
・子どもための精神医学/滝川一廣(たきかわ・かずひろ)/医学書院/2017年4月1日第1版
・眠れなくなるほど面白い臨床心理学/湯汲英史/日本文芸社/2023年3月10日第1刷発行
・鬼滅の刃鬼殺隊見聞録/吾峠呼世晴/集英社/2019年7月9日第1刷発行