心を病んだり、精神の具合が悪くなる場合に「突然に」なんてことはありません。

それ以前に、たくさんのつらいことや苦しいこと、あるいは葛藤の積み重ねがあります。

本人が、つらいことや苦しいことを人に知らせることはありませんので、周りにいる人たちがその事実を知ることはむずかしいですが、そういう背景があるということは知っておかなければなりません。

 

「立派な人になる」。

善(よ)いこと、素晴らしいことのように聞こえますが、必ずしもそうとは限りません。

立派な人と一緒にいると緊張して疲れるものです。

立派な人を見て反感をもつ人も出てきますし、立派な親をもって苦労している子どももいます。

 

「大勢から注目を浴びるには~した方がいい」とか、「目立つには~するのが良い」とか、そういう小手先のワザを使うのが一部で流行っています。

そういうことを言っている人たちや、それを実践している人たちが表現しているモノには、たいてい中身がありません。

 

医師や心理カウンセラーなどをしている人たちの中には、自身の世話よりも他者の世話をしているほうが多い、と感じている人もおられるかもしれません。

しかし、そう感じている人ほど、周りの人たちの世話になっているものです。

自分ではなかなか気づけませんが。

 

「私に仕事をくれる人にしか優しくしない」とSNSで公言する人がおります。

未熟な時期には、そういうことを言ってしまうのも仕方ありません。

なにせ仕事を取ることで頭がいっぱいなのですから。

でも、成熟するにつれて、いろいろ体験するなかで、自分はたくさんの人から助けてもらっていることがわかってきます。

私を助けても利益にならないにもかかわらず、助けてくれる人たちがいることに気がつきます。

そういう体験をすることで、今度は「私も人のために何かしよう」という心持ちになります。

「私に仕事をくれる人にしか優しくしない」と考えていた自分はいなくなり、自分の利益に関係なく優しくしようと考えている自分になっています。

 

健康に発達(成長)している人は、自身が体験した嫌なことや不都合なことについて、時が経てばほとんど忘れてしまいます。

ところが、嫌なことや不都合なことを忘れられない人もいます。

そういう人は何年経っても過去の記憶が消えないのでずっと苦しみます。

「そのうち忘れるさ」とか、「いつまでも過去のことにとらわれていてもしょうがない。もっと前向きにいこう」と考えるのは、記憶が消えていく人たちの考え方です。

 

 

「マナーを知らない人がいる」、「ルールを守らない人がいる」などとニュース番組が報道することがあります。

ニュース番組は、迷惑をかける人たちを報道することで大衆の怒りをかき立てるようにするのですが、迷惑をかける人たちはマナー(行儀)を知らない、あるいはルール(規則)を守らないのではありません。


マナーやルールを理解する知能(知恵)が足りないのです。

こういうことをしたら他人に迷惑がかかる、他人が困る、他人が嫌な思いをする、だから自分は面倒になるけれども、あるいは自分としてはつまらなくなるけれども、こういうことはしないでおこう、と判断できる能力が足りないのです。

この能力は、できる人にとってはなんともないことですが、できない人にとっては、そういうことを考えることが難しい。

というのも、この判断をするには、現状の把握をし、未来を予測し、人への配慮し、そして自律するといった、連続する高度な能力が求められるからです。

それゆえ、彼らは他人からマナー違反ですと指摘されると反抗することがよくみられます。

マナーやルールがあると知ったとしても、それと自分とを関連づけることが難しく、自分も守るべきものだときちんと理解することが難しいのです。

 

現在、世の中で販売されている商品(サービスも含む)のほとんどは、人を虜(とりこ)にさせる仕組みを持つものばかりです。


人は商品をいったん使い始めると、夢中になって抜け出せなくなります。

顕著な例を挙げるとゲームやSNS、投稿映像、スマホ、ポイント、他人からの評価などです。

それゆえ、自身によくない影響を与える商品であっても、それを「自身を楽しませてくれて豊かにしてくるもの」と認識してしまうせいで、たとえ誰かが批判をしても聞く耳をもてず、商品を崇(あが)めることになります。

商品を疑ったり、否定したりすることができなくなり、依存状態であることもわからぬまま、「自身に欠かせないもの、無くてはならないもの」とみなしてしまいます。

 

「退行」とは、急に甘えだしたり、いつも人と一緒にいないと耐えられないなど、実年齢にそぐわないような言動をすることです。


簡単に言うと、精神が幼(おさな)くなった状態のことです。

その際に素直に甘えられればいいのですが、それができないので、相手にケチをつけたり、けなしたり、言いがかりをつけたりして不満をぶつけます。


自身の感情や思いをうまく表現できなくて、そのふがいなさを「相手が自分のことをわかってくれない不満」として表す形で相手に甘えるのです。

人は精神が成長する際、ほぼこの退行を経て成長していきます。