当店は理容室であるので、
当然皆様の目鼻口がある前提でお仕事をさせていただいている。
ところが世界には不幸にして目や鼻、口などの顔の要素を構成する部位が事故や先天的な理由で無い場合も、まれにだが存在する。
そんな場合、プロの理容師はどのようなサービスを提供したら良いだろうか。
春の陽気が続く今日この頃、予約のお客様もなく、ふとしたお客様のいない平日午後の時間帯、私は奥で道具のチェックをしていた。
不意に玄関の扉が開き、来客を知らせる呼び鈴が店内に鳴り響く。
「いらっしゃいませ。」
手に持ったカミソリを置き、お客様の顔を見た私は驚いた。
玄関には、目鼻口が無い、いわゆる妖怪の「のっぺらぼう」が立っていたのだ。
身長は170ちょっと、青いパーカーにジーパン。
ぱっと見た感じは背格好は20代前半だろうか。
眉、目、鼻、口がないのがのっぺらぼう。
髪の毛はない。
私は心の動揺を抑えながらも、「こちらです。」と彼(彼女?)を椅子に案内した。
さて肝心のサービスだ。
髪の毛がないので、カットは必要ない。が、シャンプーはできる。
頭に当たる部分に触れてみると、ゆで卵のような感触だ。
泡が立ちづらいので先に泡立てて洗うのが良いと思う。
そしてお顔そり。
当店では、男性も女性も
「クレンジング」からスタートする。
お顔がつるんとしてるが、とりあえず
目や鼻があるつもりでいつも通りにしてみる。
お顔を剃る場面は?
通常は眉を落とさないように手を動かす。
小鼻の横も丁寧に剃る。
口周りの気をつけて剃る。
などなど。
しかし、のっぺらぼうはつるんとしたお顔。
では、何も気にせず、長いストロークで剃れるのかというと、そうもいかない気がする。
お顔は丸い。
つまり、場所によってお顔の角度が違う!
そうすると、一度にザーっと剃ることはなかなか難しい。
角度が同じところは一度に剃れるが、角度が変われば、その角度に合わせてカミソリの角度も変わる。
眉や目、鼻を気にしなくていいのは楽な気もするが、角度を気にすることは同じだと思う。
そして気になる点がもう一つ。
のっぺらぼうの表情筋ってどうなってるの?
表情ないから、筋肉ってどうなってるの?
お顔を触るうえで大切なことのひとつに
表情筋がある。
筋肉の流れを無視してマッサージなどをすると
シワが増えたり、たるむ原因を作ったりしてしまうからだ。
お顔そりの手順も、この表情筋を考えて構成されていることが多い。
力を入れて剃ることはないが、リンパの流れをよくできるので、その辺りも含めて気をつけて剃っている。
のっぺらぼうはこれは無視して剃っていいのだろうかと考えてしまう。
それでも結局は、人と同じような手順で剃ってしまう気がする。
のっぺらぼうのお顔も剃れば明るくなるだろうから、夜道でより明るいお顔で、人を驚かせることができて、喜んでくれるだろうか。
ふと、お顔そりについて考えてみると、
私は普段細かいところまで、気にして施術していたことがわかった。
一通りのサービスを終え、「終了です。」と告げたところで、私ははっと目が覚めた。
昨日お客様と妖怪について話していたので、変な夢を見たらしい。
夢の中のあの「お客様」は、サービスを気に入っていただけただろうか。
それにしてもプロ根性を試されるようなお客様だったことは間違いない。
また(夢の中で)ご来店があった際、今度はパーマでも勧めてみようかと思う。(髪は無かったが)
みなさんにもっと気に入ってもらえるように、お顔そりを考えてみたいと思うので、
ぜひ、お顔そりを体験しにお越しください。