奮闘900日目〜考えることの重要性 | シノザキ奮闘記のブログ

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いろんな小話をアップしていきたいと思います(*^_^*)


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どうも広告資材部『考える葦という表現に初めて出会った時、パスカルはきっと古事記を読んだんだなって思いました』福永です。知識は記憶ではなく、繋がっている物語だと思います。

さて、新入社員の桑まんがどれくらい仕事内容を誰かに伝えられるかのTestを含めて、もっと新人の当社代表の息子にマーキングシートの切り出し方を教えさせてみました。人に教えるのは、自分で学ぶより難しくて、本当に内容を理解していないと出来ないことです。先々週からTestするからって桑マンには伝えてありましたが、まさか実技だとは当人も思っていない感じで。思いも寄らず、時間が掛かっていました。誰かに今までやってきた事を教えるという経験が、どれだけその業務について理解できていないとダメなのかという事を、自身で考えてもらう良い機会になったと思います。今日まで教えられる立場だった桑MANも、教えるにあたり、実は流れ作業でこなしていた業務について、理解できればもっと仕事がしやすくなるって気づいてくれると幸いです。

次期社長にはそのための礎になってもらいました笑。

パスカルは人を植物の葦と表現し、考えるから、人はただの植物から知能体に変わる事をあの有名な言葉で表しました。また、葦は植物の中でも川面に群生し、ゆらゆらと川の流れに身を任せる自立出来ない植生です。人間は考えないとただ時流に流されるくだらない生き方になってしまうことを適宜に表現した名言だと思います。

桑も次の社長も、そういう事をしっかり考えて自身がやらなくちゃいけない事を受け入れて、まっすぐに育って欲しいと思います。


古事記では、人は青人草と書かれています。

これには解釈の方法が2つあり、

人=青い草のような人。
人=青い人のような草。

どちらも、一見似たように思えますが、私は人は草であるという2番目の考え方を支持しています。

人は草であるから、人になりたいと努力するわけで、人がただただ成長過程の青い草のようで、何もしなくても茶色い草のようなベテラン雰囲気を醸し出すとは思いたくありません。

努力の結果で、草から人に僕らは進化し、もともと僕らは草だからこそ人になりたいと憧れるわけです。


取りも直さず、まずは考える事。役割や立場が変わるなか、考えることを辞めてしまえば、我々は。
今のところはギリギリ人だけど、急に雑草になってしまうかも知れません。

そんな事をふと考える900回目のブログ更新です。

でわでわ。

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