シノザキ奮闘記のブログ

ちょっとひと息♨
いろんな小話をアップしていきたいと思います(*^_^*)


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どうも広告資材部『お年玉で500円札混じってた最後の世代』福永です。実家が田舎だったって事もあるので、大都会の宇都宮生まれの同世代には共感されないと思います。

さて今日の昼。
お金をオークションで買おうかなって危険な話題が社内で持ち上がってました。別にクレジットカードの現金化とかのヤバい話ではなく、コレクション貨幣の話題としてです。額面の価値ではなく、その希少性でお金をお金で買うって話。
守銭奴の方や現実家の人からしてみたら、ありえない話で、一様に捉え方があるみたいです。
色々と参考になる話題だったと思います。

ところで、今日もビットコイン絡みでニュースがありました。70億円以上の仮装硬貨が盗まれたって。

存在しない硬貨が盗まれるというミステリー。

そもそも、もともとは存在しないハズの硬貨に価値が生まれ、目で見えないのに盗む事ができたって不思議通り越して、よくよく捕まえきれない空想やら妄想やらの世界です。

混乱する人のために、思うところを書いてみます。

まず、第1。一万円札に一万円の価値は無い。
だって紙ですから。
紙でお腹いっぱいにはならないです。一万円分の卵1,000個と諭吉一枚では価値そのものが違います。

そして第2。発行元の信頼がただの印刷されただけの紙を一万円に替える。古く江戸時代にはどこでいつの時代に鋳造されたかによって、小判の価値が変わったらしいです。

第3。流通があるので価値が生まれる。
ビットコインの存在価値はその一点のみだと思います。決済するには、取引内容とその額が記載される必要があって、その情報が可視化できます。実貨幣は、知らないところで動くけど、ビットコインはそうはいかない。また、流通することを皆が知ることで、その価値にも変動が起こり、投機目的で運用幅が広がる。版元の信頼性を流通記録が下支えしているって概要です。


お金ってとどのつまり、信頼って目に見えない価値観をどう実際経済に載せるかだと思います。株式や特許、研究実績みたいな目に見えないものをどういう風に価値付けて使えるものにしていくかを、実社会レベルで昇華させた結果が、諭吉プリントを一万円に替えてきたんだって思います。

難しげな話になりましたので、分かりやすい話。
最近、貨幣価値を年代に応じて換算するサイトがちょいちょいあります。例えば、私が生まれた1981年の10,000円は現代価値では10290円らしいです。価値の変化はほぼありません。
一方で私の親父の和男が生まれた1955年の10000円は、5倍以上の51200円になっています。私以降で290円の価値しかついてないので、都合26年で5倍です。

やっぱ高度経済成長期って凄いよなーって思います。イザナミ景気を超える好景気だーって実績オラオラ言ってる貨幣製造元の国の総理大臣に、こんこんと説教したくなります。根本である貨幣の信頼は我ら国民労働者が下支えしてるんすよー。5倍に跳ね上がった恩恵を若手労働者の私らは何も経験してないし。谷間の世代の日の当たらない時間が長すぎますわ。

ではでは。


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