真解鑑定師  藤田 恭子です。




昨日は瀧本先生の書画庵へ

行ってきました。




昨日の法話は

「法食同輪」

   ほうじきどうりん



私達はすぐ

自分と他人を比較をしてしまいます。



例えば

山の中で修行をする者は

とても厳しい修行をして

私達はとても立派だと思う。


そして、

その修行を行う人達に

食事を用意する人達を

修行している者が軽んじて

見てしまう。


修行と食事を比較して

修行の方が立派だと重んじる。

とても偏って物事を見てしまう。


しかし

食事をしなければ、

厳しい修行には耐えられない。

食事を用意してくれている人の

お陰様で修行を行うことが

出来るのです。


法と食(事)

この2つの車輪の大きさが

同じだからこそ荷車は

前進できるのです。


片方が大きくて

片方が小さかったら

その場で荷車はクルクルと回るだけ。


どちらが上でも下でもない。

優劣も裏も表もない。

全ての関係性は繋がっているのです。


この法話は

私達が苦しむ根底の

比較の原理の言葉です。




私達は自分と他人と比較をして

上だ下だとか、

優秀だとか劣っていると

判断してしてしまいます。




比較した時に自分が

他人より上だ、優秀だと

思っている時は機嫌がいい。

けれど、

その逆の判断になれば途端に

苦しいと言う。




私もすぐに人と比べて

よく落ち込んで苦しんでいました。

その苦しみは自分が作っている。




その反面、人と比べて優越感を抱き

比べた相手を軽んじていた

愚かな私もいました。




職場でも

上司がする仕事

私がする仕事

後輩がする仕事と

無意識に上下ランクを

決めていたと思います。




上司、私のする仕事は重要事項で

後輩の仕事は軽い仕事。

まさに、軽んじていました。




後輩のする仕事を私がする時

「やってあげてる」と

上から目線でやっていたような気がします。




けれど

その仕事をしなければ

スムーズに仕事は進みません。

それぞれにそれぞれの役割があり

それは優劣、上下、重い、軽い

そんな風に決めつける事は出来ません。




全ては同じ大きさの車輪なのです。




自分自信の生活を振り返っても

勉強をしている私は素晴らしいと

そこを重んじていました。




そして

食事をしている時

買い物をしている時

テレビを見てる時

寝ている時など

勉強をしていない他の時間は

心の何処かでサボっていると思い

その時間を軽んじていたと思います。




けれど、

食事をする時間

買い物をしている時間

テレビを見ている時間

寝ている時間

その他の時間も

私にとってはとても大切な時間。



その時間があるから

また、勉強に集中出来るのですね。




自分と他人や

自分の生活の一つ一つに

優劣、上下、表裏はない。




何事にも優劣付けず

お陰様と人生歩んで行きたいですね。





瀧本先生のブログ

人生を流れで捉える、ということ





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真解とは

未来や過去を言いあてるのではなく

今、目の前のトラブルの原因を

みつけます。

原因を知らずに応急処置

で終わってしまうと、

また同じ事を

繰り返してしまいます。


意識では認識していない

潜在意識にあるあなたの偏りを

命式から読みときます。

   


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