真解鑑定師  藤田 恭子です。




私達は常に何か出来事が起こると

意味付けをしてしまいます。




意味付けするのが大好き!

何故なら、意味付けする事が

気持ちいいから。




雨が降って来たら…

「雨が降って来た。

    もう梅雨の時期に入ったって事かな」

と雨が降った事さえも

意味付けをしてしまいます。



そして、

「梅雨入りしたそうですよ。」

と人に返してもらいたい。

そう返してもらうと「承認欲」が

満たされて気持ちいいのです。




私達が意味付けするのは

『承認欲』を満たしたいから。




雨が降って来たら、

「雨が降って来た」以上!

で何も意味付けをしなくていいのに

承認欲求があるから意味付けを

するのです。



だから、

承認を人から貰おうとするのではなく

自分で自分を承認すればいいのです。

自己完結させるという事です。




人間だけが承認されたい為に

意味付けをして、ややこしい煩悩を

作り出しているのです。




しかし

大自然は意味付けなどしません。

ただ、淡々と命の営みをしています。




雨が降って来たら

大自然の木々が

「雨が降ってきた。

    梅雨入りしたという事か」と

意味付けはしません。

淡々と雨を受け入れている。




私達も意味付けせず

淡々と、

「ただそこに在る!」

「ただそこに居る!」

以上

このように生きる

その感覚を身につけたいものです。




だから

仏教には自己肯定感が高まるような

教えがたくさんあるのです。




先日、瀧本先生の書画庵で

『白雲抱幽石』

(はくうん ゆうせきを いだく)

を学びました。



幽石と言うのは

アルプス山脈の様な

山の頂きなどに見られる

大きな苔むした巨石の事。




その巨石を包むかの様に

天上には真っ白い雲が浮かんでいる。

それが白雲。

白雲と言うのは何かを抱く

という時によく使う例えだそうです。




天上の世界は何も意味はなく

ただ、

白雲の如く幽石を抱き

幽石の如く白雲に抱かれる



この包み、包まれる事

これを慈悲と言います。

大自然の有り様なのです。




あなたは

どちらの生き方で人生を

歩みたいですか?




白雲の様に何かを包んでいく

人生を歩みたいですか?

それとも

幽石の様に何かに包まれている事に

感謝をしながら人生を歩みたいですか?




貴方の志しはどっちに見ますか?

それを問うているのです。




どちらが良い、悪い

そんな意味付けはありません。

ただ、どちらを生き様としますか?

と問うているだけです。




私は今まで

親から恩師から友人から

たくさんの人に包まれ

生きて来たな〜と思います。




色々な事を教わり

助けてもらい

守ってもらっている。

有り難いなと思います。

改めて感謝です。




そして、

これからは今まで学んだ事を

少しでも誰かの為に

お役に立てれたら嬉しい。

そう思いました。




今まで包まれていた幽石だった。

そして

これからは、

包まれていた事に感謝を忘れず

包んでいく白雲で生きて行きたい。

そんな風に感じました。




意味付けをせず

人からどう思われるか

そんな事も関係なく

純粋にそう湧き上がって来た心を

感じました。




そして

その様に生きる為の

行動、言動、思考を

実践していくのが大切ですね。






「白雲抱幽石」の法話聞いて感じた事を短歌に詠みました。


【短歌】

気がつけば慈悲の心に包まれて

優しさじわり心に染み込む


今までの守られていた有り難さ

白雲の如く包み込みたい




書画庵

名前を書くスペースがなくなってしまい

結局、カレンダーに名前を書きました( ̄▽ ̄;)





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