この6月から、福祉の仕事をしております。


特別養護老人施設であります。


利用者の方々は、この場所を終の棲家として、ここにきております。つまり帰る所がないのでございます。


自分で食べたいものも食べられず、行きたい所へも行けず、やりたいことも出来ません。


たまに、本当に彼らは、幸せなのか?と思います。




これに比して、我々の幸せなこと、


自分のしたいことが出来る、食べたいものもある程度食べられる、行きたい所へも行ける。





で、また、幸福さんのことになりますが、


HS信者の方々は、自分のことを最高の幸せ者と思い込んでいますが、実際には、


行きたい所へも行かず、楽しむことも我慢して、お布施に回したり、最高の自由を


満喫している気分では、おりますが



結局、待っているのは、地獄の最深部での永住権。


これを哀れ以外の表現で、あらわすことが出来るでしょうか?

痛々しい!

テーマ:

みなさま、ご無沙汰しております。

これからは、土日に限らず、不定期に更新することになると思います。


で、今日は、私の妻について思うところがあり、つづって参ります。


で、以前にも、書きましたが、毎週土曜日は、妻は、サクセスのボランティアをしております。


しかし、日曜日は、学校に通っていまして、その宿題は、ここのところ、ぜんぜん追いついていなくて悲鳴を上げております。まったく時間がなくて出来ないと嘆いております。


私が考えるに、ボランティアは、時間などに余裕があるためにしているものではないか?と思うんですが、

本人を見ていると、自分の時間を思いっきり、削っているんです。

人生の大切な時間を、HSのボランティアに使い、そのために、自分のやるべきことが出来ないでいるのです。それで、いらいらしたりしているのです。せっかく、宗教で、心の教えを学んでいるのに、心のコントロールが出来ないで、もしくは、心を揺らせているのです。


だったら、自分の時間を少しでも、とって、ふつうに暮らせませんか?


ああ~、もうやだ、こんな生活、


見ていて、本当に痛々しいです。



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そう、あれは確か、フライデー事件(当時はまだ、そう呼ばれてなかった)の時、中野ビルに職員が呼び出されて、大川夫妻が、ことの流れや今後の指示をしました。その後、総合本部からの指示があり、今後、マスコミ対策として、その時のメモは、廃棄するようにとのことでした。その時にもっと、HSの本質に気が付くべきでしたね。今となっては、、、。まあ、当時から、都合の悪いことは隠ぺいするという体質だった訳で、、、、。