日常の中の非日常

タイトルを変えてみた。
仕事のことなんかも書いてみたり。


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なぜ阪神は勝てないのか? ――タイガース再建への提言 (角川oneテーマ21 A 106)/角川書店(角川グループパブリッシング)

¥740
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Bookoffで見かけて購入。虎ファンとして、気にはなっていたけど、買う程でもないかなーと思ってそのままにしてた本。でも安かったので。

2009年だから、もう4年も前か。

阪神タイガースは創設がプロ野球創設と同時で、歴史だけはジャイアンツと同じなので、名門だとかなんだとか言われるけど、日本一になったのは1985年の1度だけ。リーグ優勝も85年を含めて5回だけ。日本一の数では阪神よりも少ないのは、現在では楽天だけ。もう弱いの一言だよね、コレ見てると。リーグ優勝も楽天が0回、横浜(DeNA)が2回。他は6回以上。

そんな阪神が星野監督以降、妙に強くなった(ように見える)ので、ここ数年はAクラスが望めるような状態になってきている。まあ去年は5位だったし、その前の真弓時代も散々やったけど。

その阪神に対して、OBの二人が言いたい放題をしている一冊。

もっと激しいことを言うのかなーと思ってたら、案外大人しかった。まあ厳しいことは言ってんだけどね。こういうのを読むと、岡田にもう一年やらせてみても面白かったんじゃね?いやむしろ数年間任せてみたら良かったんじゃね?と思わずにはいられない。中長期的に育成をさせるのがいいんじゃないかと思うんだよね。

あと、江夏。昔から江夏を指導者にすべきでは、と思ってたんだよ。まあ色々と問題を犯してるから、難しいんだろうけどさ。でも彼の野球眼というか、野球に対する考え方や意見ってのは、勉強になると思うんだよね。指導者向きじゃないかな、と。

彼らが現役の時と今とではだいぶ違うから、彼らの意見をそのまま鵜呑みにするわけにはいかないし、「そうじゃないだろ」と思う部分もないわけじゃない。

でも、あのまま真弓にやらせ続けるよりは遥かにいい意見が多かったんじゃなかろうかとも思う。

監督って、結局マイナス思考から入るべきなのか、プラス思考から入るべきなのか、どっちなんやろうか?
江夏と岡田、どっちもマイナス思考派だと思うんだよね。それがいいのか悪いのか。逆にプラス思考なのは長嶋茂雄であったり、あと原辰徳もそうじゃないかな、と思う。星野仙一もそう見えるかな。

負けないのはマイナス思考なんだろうけど、勝てるのはプラス思考なのかな、という気がしないでもない。あ、持っている戦力が違い過ぎるか。戦力が整っていればプラス思考で行けるだろうし、戦力が整ってなければ、マイナス思考でないと勝てない、のかもしれないな。

二人にはもっと若手育成の所に突っ込んで欲しかった。そこはツッコミ足りない。個人的には、西岡も福留も要らなかったと思うし、城島も要らなかったと思う。他にも、ここ数年のFA選手やメジャー帰りは要らないと思うんだよね。金本は別ね。彼のお陰で優勝出来たし。

そんな風に選手を取るのではなく、もっとちゃんと若手を育てる、ってことをやって欲しいし、OBだからこそ、そこにはもっと突っ込んで欲しかった。FAとかメジャー帰りの選手で、それなりに数字を出して数年間やってくれてるの、金本と新井くらいやん。城島も小林宏も不良債権化したし、古くは山沖なんかは登板0だし、星野、片岡もそれなりにやってくれたけど、どっちも契約期間を残して引退。まだ西岡は不良債権化してないけど、福留は不良債権の道まっしぐら。どれだけ下手糞なんだと。

阪神にはいい若手がたくさんいてると思うんやけどなぁ。彼らが上がってこれないのは、二軍が機能していないことの証拠でもある。二軍は何をやってんだと。過去にはファーム選手権で優勝してたじゃないか。二軍からドンドン選手を送り込んでこないと。

そんなことを、OBの二人にはもっと突っ込んで欲しかった。その辺は消化不良。

4年前の本だけど、今読んでも十分に面白いし、通用する内容ですよ。阪神ファンなら読んでも損はないかな。


採点:4点(5点満点)
この二人の、藤浪評を聞いてみたいね。
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いろんなのをネットで目にするにつれ、表題のことを思ったので書いてみる。両者とも、そもそもの論点が完全に違っていて、両者の言い分はねじれの位置にあるので、議論が噛み合うわけがないなぁ、と感じているのです。

ちなみに僕は『再稼働容認』です。だって、この気温でエアコン使わないとか、ムリでしょ。だったら電力には余裕があったほうがいい。

だからと言って、原発は今後もドンドン作るべき、とか考えてないし、ゆるやかに脱原発が出来るのが一番いいんじゃないかとも思うし、でも研究は続けるべき、結果として、かなりの安全が確保できる原子力発電が可能になればそれがベスト、とも思う。

で、きっかけはコレを見たこと。ちょっと前のまとめなんだけど。

電力供給に余裕がない事を全く理解しようとしない反原発派の方々との会話

コレを読んで、まあどっちに味方するとかそういう話はないんだけど、最初から完全に論点が噛み合ってないので、議論になるわきゃねぇわな、としか思えないのだ。

原発再稼働容認派の主張は以下。

・この猛暑で電力には余裕がない
・国民が我慢をしてエアコンを付けないことによる電力供給の担保は、逆に危険
 (熱中症の被害が発生する恐れ、など)
・まずは電力の確保が最優先
・計画停電=企業の弱体化、経済回復に対するダメージとなる

原発再稼働ふざけるな派の主張は以下のとおり。
(『原発反対派』ではなく『再稼働ふざけるな派』としたのは、再稼働容認派の中にも「中長期的には原発はなくすべき=反対派だが、短期的には電力の確保のため止むを得ない」という人が存在するだろう、と考えたため)

・原発は存在すべきではない
・まず原発を止める、それが最優先
・再稼働?とんでもない。全ての原発を稼働させてはならない
・国民全員が我慢すれば電力不足なんて乗り切れる

ざっと要約するとこういうことだと思うのだが。

容認派は「現実問題としてどうしようもないよね」という現実論からの意見がほとんど。企業体力や経済回復のため、という面もあるし、単に「エアコン無しじゃこの猛暑は乗り切れないでしょ」ということもある。

一方でふざけるな派は、一にも二にも「原発は全て停止、稼働まかりならん」というところがスタート地点となっており、そこが満たされない限りどんな意見もリジェクトしている。感情的になっている、と言ってもいいかもしれない。

どちらが良い悪い、って話は特にするつもりはなく、この時点でもう噛み合うわけがない、ってのがよく分かるよね。特に問題となるのが、ふざけるな派が完全に容認派の意見を聞こうとしていないってところだとは思うが。

そこは確固たる意志と決意があっての主張だから、それがダメだとは言わない。どうあってもそれが正しいと思い込んでいれば、それ以外の意見は耳に入らなくなる、ってのは人間誰しもある話だろうし。

お互いにやはりもう少し歩み寄る部分は必要かな、と思う。で、どちらかと言うと、やっぱりふざけるな派が歩み寄りを大きくしないといけないんじゃないかなーと。

容認派はある程度の「電力に余裕が無い」データは出している。で、まず電力に余裕が無いこの夏を乗り切った後でどうして行くのか、反対派とどうやって折り合いをつけていくのか、今後の日本の電力方針をどうするのか、という、中長期的なプランニングを出していくべきかな、と思う。まあそれを出すのは政治家の仕事でしょ、とかって話もあるかも知れないけど、でもそういうのがないと「暫定的に再稼働」したのが、当たり前のことになるから。それは避けないといけないんじゃないかな。

あと、容認派は「では原発の代替手段たる電力供給手段は?」的な話を金科玉条のように言わないほうがいいかな、と。それは事実なんだが、事実であるがゆえに思考停止ワードになっている気がする。「原発に変わる即戦力がないから原発しかない」ってのは短絡的過ぎないか?もう少しちゃんと考えて議論すべきではなかろうか。例えば北九州では風車を設置して、電気の生産に乗り出していたりする。そういうことがあるのも考えつつ、どうなれば原発なしでいけるのか、ということも出しておくべきかな、と。

で、ふざけるな派は、まず第一に「どうやったら電力に余裕が無い状態を原発なしで実現するのか」をデータで示すことが重要かと。そうしないと説得力がなさすぎる。頑張ればなんとかなる、って精神論で電力が増えれば世話ないわけで。

最悪は「昔はエアコンなんてなかった、夏は汗をかいて過ごした」とかって昔の話を持ち出すことね。環境が全く違って、平均気温も上がってるんだから、そんなことを言うのはナンセンス。だったら車もパソコンも色んなモノをなくした上で言うべき話で。

それからやっちゃいけないことは「国民に我慢を強いること」を当然の話として出すこと。これもナンセンス。我慢しなくてはいけない、ってことは、どこかに無理があるんだから。我慢しなくてはいけないのであれば、我慢しなくてはいけないだけの理由と根拠を示すべき。それもデータで。それがないと説得力ゼロです。

あと、感情論で物事を伝えるのはNGだと思う。感情論になると、そこで議論にならなくなる。放射能がどれだけの影響を与えるのか、本当の意味で人間は分かっていない。結局そこは知ったかぶりにならざるを得ない部分ってあると思うのよ。だって、十数年前までは放射線が出てる温泉が「健康にいい」って言われてたわけだし。

そして両者ともに思うのが、今の科学技術だけで議論し過ぎかな、と。いや、もちろん、見えるのは今の技術だけなので、話の立脚点は現在の科学技術にならざるを得ない。だけど、科学技術は常に進歩してるし進化してる。人間は今までわからなかったことを解明し、不可能だったことを可能にしてきた。それをどこに向けるか、という話。原発であるとか、核廃棄物の有効利用や安全な処理を実現するための技術を進歩させていくのか、いわゆる再生可能エネルギーやクリーンエネルギーの効率を上げて実用的なものにする方向に技術を進歩させるのか。

そういう前向きな話も持っていかないと、相手を叩くだけで終わっちゃうんじゃないか、と。

で、僕の考えだが、これは両方必要だと思うのだ。今後は再生可能エネルギーをドンドン普及させて、効率化していく、そして実用レベルに持っていくってことは、大事だろう。例え、原発が稼働し続けたとしても、代替手段を持っておくことはプラスになってもマイナスになることはないし、今後はさらに電力を必要とする社会になるかもしれない。また、スマートシティプロジェクトってのを実現させるためには、こういうものが必要になるかもしれない。そういう意味で、再生可能エネルギーの研究は進めなくてはいけない。

一方で、核廃棄物ってのは今そこにある問題なわけで、全ての原発を廃炉にした所で必ず発生する問題でもある。それを解決する方法ってのは必要になってくる。また、今後の効率的なエネルギーの確保、今後出てくるであろう化石燃料の枯渇の問題なども考えていくと、原子力発電を手段として持っておくことはプラスの効果は十分にある。

で、これらの技術を進歩させるためには、これらの技術が最先端でないといけない。最先端であるとか、実際に必要性があるとか、未知のものであるとか、そういうものでないと、技術ってのは進歩しないし進化しない。これは厳然たる事実。

例えば原発を全て止めて再稼働をやらない、って決めた時点で、核廃棄物の処理方法は埋めるか飛ばすかしかなくなる。そんなんでいいの?ってことだ。

だから僕は、両方ともやっていくべきだと思うし、両方とも進歩させるべきだと思う。そして中長期的には、火力発電こそ減らすべきなんじゃないかな。CO2による温暖化問題とかもあるわけだし。

まあ結論としては、だ。どっちも自分の意見に固執しすぎんじゃねぇよ、ってことです。
自分の意見を正しいと思い込み、固執すればするほど、感情論につながる。感情論で行う議論ほど、不毛なものはないのです。そこには建設的な結論はないのだから。

原発反対派の議員先生は、もっと味方をたくさん作って、議員立法でも目指してくださいよ。議論はそれからだ。みずほごときが「止めるぞ!」なんて吠えても、力がなかったら無意味だ。

そんなふうに思ってます。異論は認めます。

かなり長くなったけど、やっぱりちゃんとまとまってへんな。。。この辺に自分の限界を感じる。。
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食堂つばめ (ハルキ文庫 や 10-1)/角川春樹事務所

¥600
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全て購入しているぶたぶたシリーズの作者のやつだったので、つい購入。昔は(失礼な言い方だが)ぶたぶたシリーズを読んでいても文章がそれほど上手くない、と感じていたのだが、今は非常に読みやすく分かりやすい文章なので、ぶたぶた以外でも面白いのでは、と思って。

面白かったです。うん。

自分が今一番食べたいものが出てきて、それが臨死状態からの復活のきっかけになる、ってのも面白いネタだと思った。

まあ、正直言えば、よくあるネタの詰め合わせかな、と思う部分もなくはない。臨死状態から蘇らせる、実はキーパーソンが肉親でした、そのことを相手は忘れてます、などなど。

でもこの本の本質はそこにはないからねぇ。この本の本質は、「誰もが懐かしい思い出の味、もう一度味わいたい味があって、それが生きる気力を呼び戻させる」というところだから。

ぶたぶたシリーズといい、著者は「食べ物にはそういう力がある」と信じているところが見受けられる。それは僕も同意する。美味しいものを食べるのはもちろん楽しいし嬉しいのだが、それ以上に「自分のために作ってくれた何かを食べる」というのは、本当に素晴らしいことなんじゃないかな、と思う。家族の間だとそれが当たり前になりすぎているきらいはあるが、そうじゃないんじゃないか、と思わさせられた。

そういう意味で、主人公たる秀晴の「誰かが作ってくれたものが好き」というのは、「そうだよなぁ、誰かが作ってくれるっていいよね」と言いたくなるよね。特にそれが、一生懸命に作ってくれたものであれば、たとえ不味いものであったとしても、ね。

そんなことを考えさせてくれる一冊でした。

ただねー、コレを読んでいくと、りょうさんの存在価値ってなんだろう、って思わざるを得ないんだよね。何となくキーパーソンっぽいんだけど、でも実際のところはノエの夫であり、秀晴の祖父でした、ってこと以外に、存在価値があまりないようにも思えてしまうんだよなぁ。いなくてもいいんじゃね?って。

シリーズ化されるようだし、著者のブログには続編を書いている、って書かれてたので、今後りょうさんの重要度がどれくらい高まってくるのか、期待して見ていきたい。


採点:4点(5点満点)

さて、僕の「死ぬ間際に食べたい味」ってなんやろね?基本は美味いざる蕎麦なんだけどなぁ。
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ぶたぶた洋菓子店 (光文社文庫)/光文社

¥500
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ぶたぶたシリーズ新作。当然ながら購入。新作をAmazonで買うのは、ちょっと微妙だよなぁ。本屋で買うなら当日入手できるけど、Amazonの場合は郵送が入るので、翌日になってしまうし。

今回も面白かったです。満足しました。

ぶたぶたさんであるが故の葛藤が本書でも書かれている。そうだよなぁ、誰もが可愛がってくれるわけではないからなぁ。

それでも現実では、やはり怖がったりするケースのほうがほとんどだろう。まあそんなことを細かく書くつもりはないんだけど、本の中の登場人物は、異物(ぶたぶた)に対する柔軟性や受け入れる姿勢がものすごく広いな、と感じる。まあ小説だからなんだけどさ。

優しいだけじゃない、彼らが本当に(自分たちとその行為に対して)満足するためには、納得するためには、ってことであえて厳しく当たる。その辺も、この歳になると色々と感じる部分があったりするのだよ。

初期の『ぶたぶた』や『刑事ぶたぶた』からはテイストが少しずつ変わってきてるな、と感じる。初期の頃は日常の風景が多かったけど、ネタがなくなってきた部分もあるのか、少しずつ(みんなが想像する)一般的な日常からは少しずれた内容を扱うようになっている。それはそれで面白いし、ぶたぶたさんがどう解決するのか、ってところも楽しみなんだが、初期の頃のようなものも久しぶりに読んでみたいと思う。

ああ、家に前作ある(はずだ)から、読み返せばいいのか。でも著者も昔に比べて今のほうが文章が読みやすくわかりやすくなってるからなぁ。今の著者に書いて貰いたいと思う。

まあ僕の中でのぶたぶたベストは『ぶたぶた日記』だけどな!


採点:5点(5点満点)
ぶたぶたシリーズに満点以外の点数をつけるとか、ないでしょww
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ブラック企業のことについて、ちょっと思うところを書いてみようと思うんだが。

前にも何度か書いたことがあるんだけど、もう少し突っ込んで書いてみる。

そもそもねー、ブラック企業の基準が僕自身はよく分かってないのよ。何をもってしてブラックと定義できるのか。

どっかでそんなの見たな。どこだっけ。

なんか、世間一般的にブラックとして叩かれている企業を見てると、単に仕事が忙しいとか薄給だとかそんな内容でブラック認定されているようだけど。それで本当にいいのかね、って思う。

自分の話で恐縮だが、僕の前職時代は、だいたい7時前には出勤して仕事始めて、昼は1時間取れればラッキー、帰りは終電がザラ、早くてもその日のうちに電車に乗れるかどうか、って感じの日々がほとんどだった。まあ7時前に出勤してたのは僕が勝手にやってただけやから、会議がだいたい7:45から始まるので、それを基準に考えてみると、7:45出勤、23:30退勤、昼休憩1時間、とかってしようか。ついでに書くと、通常の勤務時間は8:30~17時。

勤務時間は14.75時間(昼休憩1時間を抜いて)。通常の勤務が7.5時間だから、それを差し引いて残業が7.25時間。週で計算すると36.25時間。1ヶ月が20営業日だと考えると、1ヶ月の残業時間が145時間。

惜しい!!通常勤務時間が150時間やから、もう少しで300時間や!!

惜しくねぇよ。。。

とまあ、こんな感じで非人間的な生活を送ってた。自分の時間なんてほぼないしさ、前述したように7時には出勤してたから、実質は15.5時間勤務とか、そんな感じやったと思う。もちろん終電を逃すこともあったし、その場合はタクシーで帰宅したり、休日出勤もしたり。トータルすると全ての月ではないけど、僕は月の勤務時間が300時間近くいくのはザラだったと思う。

とは言え、僕は管理職やったから、残業代もないし、法定就業時間とかにも引っかからない立場だったんだけどね。

でもこんなのを見ると、普通に考えるとブラックじゃん。給料がこれでせめて1000万とかもらってたら多少は我慢できたかもしれんけど、まあその3/4にもなってなかったし(ボーナス込み税金込みで)

結局は転職して仕事量は格段に減ったし、給料も格段に上がったんだけど、でも当時は僕はブラックって意識はあんまりなかったんだよなぁ。転職したのも会社の先行きが見えなさすぎるとか、前に話してた約束を社長が平気で反故にするとか、上の方針に反対したら恫喝されたとか、仕事内容に飽きたとか、なんかそんな理由やったからなぁ。仕事自体がキツイとか、仕事量が多すぎるとか(多かったんだけど)、給料がクソ安いとか、あんまり思わなかったなぁ。

まあアレだ、他の人から言わせれば『社畜』ってことになるんだろうし、良いようにこき使われてるだけ、ってことになるだろうし、ニートにしたら『働いたら負け』ってことなんだろうとも思うんだけどさ。

でもそこはね、仕事の捉え方の違いなんじゃねぇかと思うんだよね。

僕は前職の仕事に納得してたのは、僕の中で「自分はどこに行こうとしているのか」って目的地が、明確ではないにしてもあって、そこへ至る過程の中でその仕事が重要だ、という認識があったから、だと思う。それもなしに目の前の仕事を金を稼ぐためだけにやる、ってのだったら、耐えられなかったと思う。

むしろ、今の仕事のほうがそっちに近くて、金のためにやってる、と声を大にして言える(笑)

そこなんじゃないかな、と思うんだよ、ブラックとホワイトを分かつのは。

結局、ブラックかホワイトかって、自分で決めるしか無いんじゃないかと思う。自分で決める時の基準て何か、ってことを考えると、自分が納得できるかどうか、って話でしょ。どうだったら納得できるか。まあいろんな理由があるわな。仕事が面白いとか楽しいとか、金が良いとか、目指す目標があってそこに近づいているとか、いろんなのがあるわね。そのうちのどれか(あるいは複数)マッチしてれば、納得できるし自分にとってのホワイトになるんじゃねぇかと。

あとね、世間的にブラックって言われている企業がいくつかあるけど、特に叩かれているのは、ワタミとユニクロ?王将もか?マクドも入るかな。他は、よく分かんねぇや。

この中で、ユニクロは幹部及びその候補と店舗スタッフで全然ちゃうでしょ?ワタミも話題になるのは店舗スタッフ。王将もそうか。

すげぇ失礼な言い方をすると、店舗スタッフなんて、正直誰でも出来るレベルの仕事じゃん。でなかったら、学生をバイトで雇って仕事させるとかムリだからね。学生バイトで出来る仕事の大半は、『短期間(1ヶ月程度)教育することで誰でも行える仕事』なわけよ。

そら給料安くてもしゃあないよね。ホンマしゃあないと思う。だって、付加価値ないんやもん。自分を高く売りたいんやったら、付加価値付けないと。

って話をすると、よく「そんなことはない、店舗スタッフのオペレーションは一朝一夕では身につかない」とかって言われるけど、でもマニュアル化されてるでしょ。マニュアル化される仕事って、申し訳ないけどレベル低い仕事なんだよ。

たまに伝説の売り子とか店長とかいるけど、そうやってバイトだろうとなんだろうと自分で工夫して成果出す人間は、上が放っておかないから。必ず引き上げてくれるからね。

要するに、何を言いたいかというと、ブラック企業(と言われている会社)で安い給料で働いているのは、それだけの価値しか認められていないから、ってことだと思います。なので、それが嫌だったら価値を認めさせましょう。あるいは自分を売りに出して(転職市場に身を投じて)、高く買ってくれる企業を探しましょう。

それからねー、渡邉美樹にしても、柳井さんにしても、他の経営者にしても、彼らは死ぬ気で働いてきたから現在の立場があるわけで、それは誰にも否定出来ないと思うのよ。そんな彼らから見たら、「金欲しいんだったら働くの当たり前じゃん」って思うのは当然で、大して働きもしないのに金ばかりを要求するとか、甘えているとしか見えないんだろうなぁ、と思う。

それともう一つ。もう少しみんな労働基準法を勉強した方がいい。どうなったらアウトでどうなったらセーフかを知らない労働者が多すぎる。ネットで無料で見れるし、本だって分かりやすいのがたくさんある。金がもったいなかったら、ブックオフで105円のを探しなさい。多少古くても、法律自体は殆ど変わってないから大丈夫。

で、労基法の内容をある程度理解した上で、労基局にタレこむとかやったったらいいねん。実際にやらないまでも、それをやることが出来る状態だ、というのが分かるだけでも、気持ち的に違うよ。死刑執行の猶予を与えているだけ、と思えるし。

そういうこともやらないで、ブラックだブラックだと騒ぐのは、百害あって一利なし、だと思うけどねぇ。。

と書くと、ブラック企業擁護にしかならないので、前向きな話を一つ。

結局のところ、一番の問題点は「自分が何になりたいのか」「10年後にどうなりたいのか」ってのがないのが問題なんじゃないかと思う。それがあれば、今の仕事と目指すゴールとを対比させて「仕事を続けるべきか辞めるべきか」が明確になると思うし。

ブラックと思いながらもなかなか辞められずにいて体力の限界を迎えるような人は、それがないからズルズルといくんじゃないかと思う。目指すゴールがあれば、辞める度胸も出てくるんじゃないかと。

でもすぐに見つけられないよねぇ、が本音だとは思う。そんな人達は、仕事を辞めちゃって、ぶらぶらやりたいことが見つかるまで遊んでるとか、無理矢理海外に出るとかするといいと思う。

見つけられていない人ほど、今の仕事がブラックだと思うなら、辞めちゃった方がいい。その後の生活は、彼女彼氏に養ってもらうか、親元へ帰るか、バイトで糊口をしのぐか、そのへんでいいんじゃないかと。好きなもの、やりたいことが見つかったら、すぐ取り返せるし。

今一番必要なのは、退職すること、だと思います。

なかなかまとまりが無くなったな。。まあいつものことか。。orz
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前に本屋で見かけて気になっていたものの、そのときは買わず。最近になって購入。

工学博士たる著者が『科学的』とはどういう状態を表すのか、科学的に考える思考力は発想力がないと、どのような問題が発生するのか、といったことを書いたもの。

僕自身も、工学修士を持っているので、科学的という考え方はそれなりに持っていると思っている。『科学的』ってのは一言で言うと『再現性があるかどうか』ということにつきる。

もう少し言うと、同じ条件下で誰が行っても同じ結果が得られるかどうか、というところがポイントで、それを満たさない限り科学的ではない、という判断になると考えている。

おおよそ、著者とは同じような考えだったな、と思う。まあ当たり前の話と言えばそうだ。理系学部で勉強をした人間にしてみれば、知らなきゃおかしいレベルだよなぁ、と思う。

そういう意味で、本書ではそれほど目新しい話があったわけじゃない。だけど改めて自分の日々の考えを見直すのには、とても有用だったと思う。

そもそも、文系と理系、と区別すること自体が、(著者も近しいことを書いているが)ナンセンスだと僕は思っている。人は誰も文系的な要素と理系的な要素を持っていて、どちらかと言うと強いほうがある「かもしれない」けど、おおよそは変わらなくて、どっちの勉強をしたか、どっちに興味を持ったか、というだけでしかないと思ってんだよね。

だから世の中の文系理系議論には、僕は興味ないし、どーでもいいじゃん、と思う。そんな所で自分自身を貶めなくてもいいよね、とも思うし。苦手、と思った時点で苦手になるからねぇ。

秀逸だったのは、最初の方に書かれていた以下の文章。

「文系には、数学や物理から逃避するという特徴(あるいは傾向)があるけれど、理系にはそういった特徴は顕著ではない。理系の人間は、特に国語や社会から逃避しているわけではない。ここを、文系の多くはたぶん誤解しているだろう」

これはそうだと思う。というか、サンプルが殆ど無いのであくまで僕自身のことで考えざるを得ないが、僕はまさにそうだった。正確には、国語も社会も得意だった。地理や漢字みたいに「覚えるしかない」ものは苦手だったけど、読解問題であるとか、個人的に好きだった歴史などは全然得意だった。そんなもんである。

それを文系(と自分を定義している)の人たちは、「お前らは文系学科が苦手、俺達は理系学科が苦手、おあいこでしょ」と平気でおっしゃいますが、じゃああなた方は理系と言われている人たちが理解している物理程度に古文を理解しているのでしょうかね、と質問もしたくなる。

おっと、話がそれてしまった。

ともあれ、本書は『文系と理系』と分けることの無意味さ、科学的に考えることの重要性、科学的に考える方法論、といったことがわかりやすく親切に書かれている。科学が苦手だ、数字は難しい、なんて考えている人は、ぜひ手にとって読んでみるべきだと思う。

と書いたが、そういう人はまず間違いなくタイトルで敬遠するんだよな。。もったいない。。

あ、そうそう、僕は誰かから「(血液型)何型に見える?」って質問されたら、必ず「A型」と答えます。それが当たる確率が一番高いのでね。性格から判定するとか、そんなもん不可能でしょ。


採点:4点(5点満点)
理解して限界を知ることと、最初から拒絶することは雲泥の差だ。
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「やりがいのある仕事」という幻想 (朝日新書)/朝日新聞出版

¥798
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某レビューを読んで購入。これもKindle版出てたんやなー。失敗したー。Kindleで買えばよかったー。

箇条書きにまとめたら、
・仕事にやりがいなんて求めてはいけない
・楽しめる仕事にめぐり逢えたらラッキーと考える。それを探すのは本末転倒
・仕事の意義や価値を決めるのは自分自身の考え方
って感じになるだろうか。

本文中に幾度と無く「身も蓋もない、と言われる」と書かれているが、まあ確かにそういう側面はある。

だけど、僕が感じたのは「森博嗣って優しいなぁ」ってことだ。こんなに丁寧に自分の考えをストレートに教えてくれる人はそうそういない。『第4章 仕事の悩みや不安に答える』では、こうしなさい、こうすべきだ、という言い方をしないところも、自分で決める余地を残しつつ、更にその人間に逃げ道を与えているところも、優しいと思う。

まあひょっとしたらそれが「冷たい」とかって思われるのかもしれないけど。

でもこれだけちゃんと向き合って答えてくれる人って、そうそういないよ。親身に、誠実に答えてる。そこが著者の優しさが出ているところだと感じた。

この辺の優しさって、ホリエモンにも相通じるところがあるように感じたんだよね。全然違う経歴の二人なんだけど、でもなんか似てるところを感じる。で、考えてみて思い当たったことがある。

多分、二人共他人にそんなに興味が無いんだ。もっと言うと、自分も含めて人間にそれほど興味を持っていないように感じる。人間が達成した物事やその結果として発生する成果や現象については大きな興味を持っていると感じるし、自分もそういうことをやりたい、と思ってるんだろうと感じるんだけど、人間そのものには興味が無いというか、関心が無いんじゃないかと思う。

だから、その人間が何をした方がいいのか、ってのを自分に置き換えて考えられるし、それを相手にも伝えられる。そうやって自分に置き換えて考えるってところが、優しさにつながってるんじゃないだろうか、なんてことを考えた。

僕の中でもまとまってないのを思いつきで書いてるだけなんで、かなり支離滅裂というか、まとまりを欠いている文章になってるな。。

僕の仕事に対するポリシーとして、『好きな事は仕事にしない』『可能な限り楽しめる仕事をやる』『面白い方を選択する』というのがあるんだが、その考えに近しいものがあり、僕自身は非常に楽しんで読めた。

ひょっとしたら、この本を読んで不愉快になる人はいるんじゃないかな、と思う。てか、ある世代以上の人は、そういう人が多いのかもしれない。

でも、多分自己犠牲を尊ぶ時代、仕事が生活の中心となった時代はもう終わりを告げている。それを明確に文章にしてくれている一冊だと思う。

まあ好き嫌いはあるだろうし、賛否両論あると思うが、僕はこの考えが好きだし、自分の考えにかなり近しいな、と思った。

好きな事を仕事にするって、ホンマに合う人と合わない人が明確に分かれると思うなぁ。


採点:4点(5点満点)
でも好きな事を仕事にしてやり続けられる人って、正直うらやましい。。
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いつからやろか、ディズニーの経営がすごいとかTDLの運営がすごいとか掃除がどうこうとかキャストがなんだとか、やたらとディズニーのやり方が素晴らしいと無条件に手放しで評価されるようになったのは。

おもてなしとか掃除とかスタッフを育てるとか、いろいろと本が出てるなぁ。

こちらはアマゾンでの検索結果。これでも21冊出てるんやなぁ。

以前から思ってたけど、これを改めて見て、ホンマにそんなにすごいのか?という風に思う。

いや、何度か訪問したことあるけど、確かにすごいと思うし、徹底するところは徹底している。2011年の3.11のときには、園内のゲストに対して、食事やら毛布やらを出して対応したらしいし。他にもディズニーの対応が素晴らしいという声は枚挙に暇がない。

でもね、忘れちゃいけないのは、東京ディズニーリゾート(TDR)の立地の良さは、他のテーマパークと比べて群を抜いている、というところ。

日本は東京の一極集中なので、東京に近ければ近いほど有利になる。30年前に浦安の埋め立て地に建設して、電車はもちろん、空港からでもバスで来られるようにしている。電車も、多少面倒ではあるものの、東京駅から乗り換えなしで舞浜に行ける。この立地条件は恵まれ過ぎ。

比較して、例えばハウステンボス。あそこはかなり行き難い。交通の便はかなり悪いんだよなぁ。たとえ面白かったとしても、何度もそこに行く気になるかというと、ならない。ホテルも安いのから高いのまで何種類もオフィシャルホテルが近くにあり、無料送迎バスがあるホテルも周辺にあるTDRと選択肢がないハウステンボス。そこからして差が付いているよね。

例えばシーガイア。は、行ったことないんだが、宮崎は行ったことある。宮崎はホンマに行き難いんだよ。東国原氏が知事としてガンガンPRしても観光が盛り上がったってのは聞かない。それくらい行き難いんだよ。そんなところに誰がわざわざ足を運ぶかって。

しかも上記の両者、周辺に何もないんだよね。ハウステンボスに行ったら、ついでに他のところに行く、って選択肢がほぼない。TDRなら東京のどこにでも行けるからなぁ。

何を言いたいのかというと、TDRの現在の大成功は、立地の良さが大きな要因なんじゃね?という話。人がたくさん来れば、その状態に胡坐をかかない限り、リピートを招くためにサービスの拡充が進む、結果としてリピートが増え、リピーターに新しい体験をしてもらうことで更にリピートを促進させる、という好循環が進むはず。それが客商売の基本だから。

客がたくさん来ることでそこに胡坐をかいてしまうとそこで終わりだけど、そうしなかったのが成功の要因ともいえる。

あと、老若男女全てを相手にする、とかって戦略じゃなくて、ターゲットを若い女性(子供含む)に絞ったのが功を奏したと思う。男が女に引っ張られて行動するケースとその逆で比べたら、全社のほうが遥かに多いだろうと思う。そこがハマったんじゃないかな。

でもやっぱり立地ですよ、立地。これだけ絶妙の立地を取ることが出来たのは大きい。

そしてそれに近いのがUSJ。それなりに客を招いてそれなりに流行ってる。これも立地の良さが大きいよね。伊丹からバスで一本で行けるし、新大阪からも(乗り換えはあるものの)電車で簡単に行けるし。

あと、USJはQuicPayが使えるのが、個人的にはデカイ。これはTDRでも使えるようにしてほしいわ。てか、QuicPayは日本全国どこでも使えるようになってほしい。ポストペイだから楽でいいんだよね。って、個人的な事情が強過ぎるな。

結局は立地が良いか悪いか、ってのが一番大きな要素なんだと思う。おもてなしとかなんだとかはプラスアルファ。客が来ないとおもてなしもクソもねぇからね。

そこを騙されちゃいけないですよ、ってことです。もちろんディズニーのおもてなしとか経営理念とかその辺はすごいと思うけど、それも立地の良さがあってこそ。それを理解せずに「ディズニーの経営方針を真似するぞ!!」「やはりおもてなしだ!!おもてなしが全てなんだ!!」と妄信的になっても意味ないですからね。

まあ何もしないよりも遥かにいいけどね。

そんなことを思ったりしたわけです。
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レイヤー化する世界―テクノロジーとの共犯関係が始まる (NHK出版新書 410)/NHK出版

¥861
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発売して2週間くらいはKindleでの出版を待っていたが、されなかったのでつい書籍で購入。その直後に「Kindleで出版します」という情報を得て、ちょっとガッカリ。。

中世~近代~現代と時間の経過とともに社会のあり方の変化を見つめ、そこから未来の社会構造はどうなるのか、という考察を書いた一冊。

これだけのことを調べるのに、ものすごい量の情報収集と時間がかかったんだろうなぁ、ということは想像に難くない。事実、巻末の参考文献の量は半端ない。これだけでも氏の本書にかける情熱が知れようというもの。

氏は「人はいろんな層=レイヤーを持っている。そのレイヤーを積み重ねた結果が自分自身であり、他人とは違うものを生み出している。そして、それぞれのレイヤーごとでゆるく他人とつながることで、より大きな関係を作り出し、いろんなレイヤーのつながりに所属しながら生活をし、何かを成し遂げるようになっていく。それがこれからの社会構造になるだろう」というようなことを述べている。

個人的には概ね賛成。現在のSNSに代表されるような、ゆるいつながりというのは、これからもずっと姿形を変えながら残っていくだろうし。氏の言う「レイヤー」ごとにその大きさや形、強さは異なるだろうけど、確かにそこにはつながりがあり、そこの中で僕らは生活していくのかもしれない。

それは組織から個人への変換を加速させるのかもしれないし、またそこからゆるくつながった、組織というにはあまりにも弱い共同体というものが出来上がってくるのだろうと思う。そしてそれらが、今後は会社組織の代わりを果たしていくのかも知れない。

でもその一方で、会社組織はそう簡単にはなくならないと思うんだよなぁ。会社組織ってのは、半ば強制的につながりや枠組みを規定し、その中で半ば強制的に同じ方向を向くことを要求される。

そういう組織体も僕は当面は必要だと思うんだよね。『会社はオワコン』なんて言う人達がいるけど、そうは思わない。まだしばらくは生き続けるだろう。

そう、これからは会社と個人が共存併存してビジネスを行なっていく環境になっていくんだろうな、と思う。そして会社組織も『法人』と言われる通り、レイヤーを持つ。それこそ個人と同じように。そしてそのレイヤーは、会社同士でつながることもあるだろうけど、今後はコンシューマとつながることが増えてくるだろう。てか既にそれは始まってるけど。

ここで大事なのは、自分の持っているレイヤーを大事にすること、なのかな、と思う。他人と違う、他人とつながれない、と思う人もいるかもしれないけど、どれだけニッチな領域であっても、世界中の誰かとは必ずつながれる。それを容易にしたのがインターネットなんだろうな、と。

だから、誰かとは必ずつながれるから、やめるなってことと、そのつながりを探して、自分のレイヤーをドンドン横に広げていこう、ということです。

まとまりが無くなったけど、自分が持っているレイヤーを認識して、どれだけニッチなレイヤーだったとしても、それを捨てないで持ち続けることで、誰かとつながれるし、それが生き抜くための力にもなる、という風に感じましたよっと。

現在常識とされている社会構造がいかにあやふやで脆いものか、そんなものに頼るくらいなら、自分のレイヤーを活かしていこうということに気付ける1冊だと思う。


採点:4点(5点満点)
まあでも、正直なところ、『電子書籍の衝撃』『当事者の時代』のほうが面白かったけどね。
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ギガースシリーズ最終巻。てか、出てることに全く気付かなくて、半年以上経って今月やっと購入。遅すぎんだろ。でも初版だったのは、嬉しいやら残念やらで複雑な感じ。

宇宙海兵隊ギガース6 (講談社ノベルス)/講談社

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ジュピトリアンの秘密、ジュピターシンドロームの謎、ヒミカとリーナ、その辺の謎が全て解明される、と帯にも書いてあり、非常に期待を込めて読んだのだが・・・・・・

正直、かなり中途半端でガッカリした。もっとなんてーの、スッキリ明快に解決してくれると期待してたんだけど。

ヒミカとリーナの邂逅なんかも期待してたけど、それもなく。

『絶対人間主義』の背景にあるものを、地球人は本当の意味で理解しないまま、理解しきれないまま、ジュピトリアンの志に敗北する。それを悟り、決断を下したクリーゲル艦長は漢だと思うし、カッコいいとも思うのだが、でもさ、そう簡単に決断できるとは思えないんだよね。むしろ「バカにされた」と感じて激昂してやられるケースのほうが多いんじゃないかとも思う。軍人だからね。

いや、その辺は軍人の知り合いがいるわけでもないし、軍隊経験もないから分からんけどさ。でもそういう教育を受けてるんじゃないかと思うんだよね、軍人ってのは。

で、最終的には地球人同士の権力闘争に巻き込まれただけ、みたいな感じになってるし。

後味悪いわ~。モヤモヤが残ってて、スッキリしない。なんて言うか、残尿感たっぷり、みたいな。

もう少しスッキリと終わらせて欲しかった。中途半端すぎねぇ?

言い方悪いけど、著者の意向か出版社の意向のどちらかが働いて、早く終わらせようとして無理矢理まとめた、ってのが一番合ってる気がする。

期待してただけに残念でした。5巻までは素晴らしかっただけにねぇ。。


採点:2点(5点満点)
この中途半端感はどこにぶつけたらいいんだってばよ!!!
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