老いの一徹:【今様今昔物語:郵便貯金のあったころ】  | 進撃の庶民 ~反新自由主義・反グローバリズム

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 本日は、有閑爺い様の寄稿コラムです! 本日は郵便貯金と1970年台のオイルショックについて述べておられます。何が新自由主義の台頭を許したのか? 郵便貯金や日本式経営はなぜ、あっさりと破壊されたのか? 皆様も一緒に考えてみませんか?

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老いの一徹:【今様今昔物語:郵便貯金のあったころ】~有閑爺い様

 今は昔、日本には「郵便貯金」と呼ばれるものがありました。今では前世紀の遺物でありますが、日本経済に対して大きな役割を果たしました。
 本日はこの「郵便貯金」が果たした役割について振り返ってみたいと思います。因みに現在も、ゆうちょ銀行という銀行の預金を「郵便貯金」と呼んでいますが、前世紀の遺物である「郵便貯金」とは似て非なるものです。

 明治の初めに日本に近代的な郵便制度を導入する際に、全国に郵便局を設置するだけの力が政府になかったため、地方の名士に土地や建物を無償で提供させ郵便局としての運営を委嘱するといった形で、大量の郵便局が全国にできました。
 郵便と同時に貯金も取り扱うようになり、徐々に浸透して、多くの資金が集まるようになったのです。集めた資金を国家レベルの事業に融資する(つまり又貸しする)というというシステムが、明治の初めごろに成立したのです。
 この資金融資の在り方は、現在の経済学を学んだ多くの人が信じているMMTが述べているところの「金融」と全く違う「金融」の姿であり、そのことを念頭に置いていただきたいのです。

 第二次世界大戦敗戦後にも、この郵便貯金で集めた資金は又貸しという形で有効に活用され、高度成長の一翼を担っていました。一般にこの融資は「財政投融資」と呼ばれ、その使途は国会での議決を得たうえで決められており、「第二の予算」としての役割があり、経済を運営する上での大きなパワーであったのです。
 因みに、財政投融資の資金は郵便貯金のみならず国民年金・厚生年金の積立金(掛け金)も又貸しに当てられました。
 例えば、この財政投融資の融資金は住宅金融公庫(今は廃止されています)にも投じられ、住宅金融公庫は得た融資金を小分けにして庶民に低利で貸し出しを行い、住宅建設需要の大きな要素となっていました。つまり又貸しの又貸しで住宅建設が行われたわけです。
 MMTは「金融は又貸しではない」と主張していますが、前世紀には金融は又貸しであることを疑う人などいませんでした。実際でも国会において、又貸しの方法を含めて審議がなされ、議決までされていたのです。

 この当時(高度成長期)、金を借りてそれを使えば経済が拡大する、逆に金を使わず貯めれば経済が衰退する、ということを誰も明確に認識はしていませんでしたが(もちろん今も多くの人はそう認識していませんが)、郵便貯金のみならず国民年金・厚生年金の積立金(掛け金)は政府が全て借り受けて需要に充てていましたので、経済衰退の要因はなかったのです。

 もう一つ、高度成長期はその期間を通じて「通貨」が不足した状態でした。従って企業間の決済は手形が用いられていました。通貨が必要な場合、企業はその調達に大きなコストを支払わねばならなかったのです、つまり高金利だったのです。ですから昨今の企業と異なり、企業が金を貯めるなどということは行っておらず、銀行には実質的な預金は、ほぼ無かったと思われる状態でしたので、この面からも経済衰退の要因はなかったのです。
 当時の銀行は預金という形で資金を集めることが出来なかったので、日銀から借り入れた資金で融資を行っていました。借りた金を貸すわけですから又貸しです。

 私は、高度成長期に行われていた金融システムは非常に優秀な資金配分システムであり、基本的にこのシステムを継承し改良をしておけば、現在のような悲惨な状態にはならなかったと思っています。

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 では、なぜこのように有効かつ優秀な資金配分のシステムを、日本人は自らの手で破壊したのでしょうか?

 そのことの発端は「オイルショック」であると思っています。この結果、米国は「インフレ下の不景気」、当時の言葉でスタグフレーションという現象が起きました。
 その解決が当時の米国の経済政策を担当していたケインジアンに求められたのですが、彼らは適切なソリューションを示すことが出来なかったのです。代わりに登場したのがネオリベです。彼らが示した経済政策は時の米国大統領レーガンが実行に移し、米国はスタグフレーションを克服したのです。のちにこの政策は「レーガノミクス」と呼ばれました
 ネオリベは、マネタリストと従来の自由主義経済学がつるんで成立したものですので、「貨幣」というものに異様は執着を示すことを特徴としています。彼らはレーガノミクスの成果を盾に「貨幣の貸し借り、つまり金融」で「立国」出来ると豪語するに至ったのです。

 レーガノミクスの主要政策は「金融緩和」と「規制緩和」です。ですが本当に効果があったのは、それらの「緩和」ではなく、同時に実施された財政出動であった、つまりケインズ政策だったと私は思っています。その時の財政出動はその多くが軍事力増強に充てられて、不倶戴天の敵で共産主義の権化であるソ連を崩壊させることが出来たのです。この面を取り上げるだけでも「レーガノミクス」は大きな成果を上げたのです。
 伝統的なケインズ経済学は「デフレは需要不足」と説いたのですが、本来は「デフレ、インフレにかかわらず需要不足は不況を招く」と説くべきでした。そう説いていたなら、スタグフレーションの原因は需要不足である、と診断できたはずですし、処方も財政出動となったはずです。そうしていたならケインジアンが米政府より放逐されることはなかったでしょうし、ネオリベという醜悪な経済学がはびこることもなかったと思われます。

 ネオリベの狡猾な所は、「レーガノミクス」の成功は金融緩和、規制緩和によるものだ、と宣伝したことです。この宣伝は金融業界にとっては「勿怪の幸い」で、金融を牛耳ることで世界経済を牛耳ることを望んだ連中が、ネオリベを手なずけて(研究資金や各種の賞、あるいは名誉を与える)「新自由主義経済学」を主流派に育て、詐欺まがいの手法(万年筆マネー)を主張するMMT(私はインチキ理論と思っています)を作らせ、「物・金・人の移動自由」という環境を作ることに成功したのです。こうして国際金融資本は大きくなっていったと私は考えています。
 その結果、ヨーロッパの通貨の発行管理は、実質的に国際金融資本の手中にあります。本来は経世済民のための道具であるはずの通貨は、国際金融資本が利益を生むための道具となり果てているわけで、この一点だけを取り上げても大問題です。
 経済学者のすべてが国際金融資本の走狗となり、富の集中と格差の拡大する世を作りたいと願ったとは思いませんが、結果においてはその先頭に立っているのは事実である、と私は思っています。

 色々と述べましたが、前世紀末の国際金融資本にとっては、日本の金融システムは「目の上のたんこぶ」で是が非でも破壊したいものだったのです。中でも特に「郵便貯金」が狙われたのです。
 MMTでは「貸出により金融資産が作れる」という駄法螺を吹いていますが、市中銀行の貸し出しが「又貸し」によるものだと一番よくわかっているのが当時の金融業です。彼らにとって預金はたった一つの商売道具で、それを「又貸し」する以外に儲ける方法はないことを熟知していたのです。従って預金を大量に集めることが出来れば商売繁盛で、そうした目から見ると「郵便貯金」は「よだれの垂れる」おいしい存在だったのです。
 この預金を支配下に置くことが出来れば、国際金融資本は資金分配を完全に支配に置くことが出来ると目論んだのです。

 「郵便貯金」を支配下に置くため、国際金融資本は前世紀の末から日本に色々と働きかけをしたと思われます。
 人に対してはハーバード大学がその舞台となったと思われます。竹中平蔵を筆頭に、大学院(ケネディスクール、ビジネススクール等)の出身者(塩崎恭久、茂木敏充、上川陽子、齋藤健、林芳正など、民間でも新浪剛史、三木谷浩史など、野党サイドでも玉木雄一郎)達が、ネオリベの洗脳を受けて、いわば「同じ穴の貉」として同じような主張をし始めたのです。
 そうした人たちが勢力を得るに従い、いわゆる「構造改革」路線(端的に言えばネオリベの主張する路線)を政策として掲げ、橋本政権下で実施が始まったのです。構造改革の目標として最初にやり玉に挙がったのが「財政均衡」で、具体的には「財政投融資」の実質廃止(名は残ったのですが大きな変質があり、とても財政投融資と呼べるものではありません)です。
 この結果、「郵便貯金」は出口を失ったのです。つまりこれまでは政府にすべて融資していた預金の融資先を、自らが開拓しなければならなくなったのです。郵便局に貸出のノウハウはありませんので、やがて誰かを頼らざるを得ない状態に追い込まれたのです。実はそのことが「構造改革」の真の目標です。

 この「郵便貯金」に止めを刺したのが橋本政権の約10年後に権力を握った小泉純一郎です。彼を操った竹中平蔵は、陰謀論的な見方をすれば国際金融資本のエージェントです。見事にしてやられたわけです。

 ゆうちょ銀行は貸出という意味では全くの素人集団ですので、実質的には国際金融資本の軍門に下ったとみて差し支えないでしょう。

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 20年以上に及ぶ、自民党の「売国・壊国」路線は、そのやり口がますます大胆になってきており、事は金融だけにとどまってはいません。
 すでに日本の労働環境は非正規・労派・移民などで根幹から破壊されつつあります。その惨状を覆い隠すべく、統計数値は捏造され、実態すら掴みようがなくなっています。

 これらは、我々日本人が自ら選んで行ったことです。その愚かな選択の代償は、既に国民の半数が賃金格差という形で受け入れています。
 歴史を紐解き過去に何が行われていたかを振り返るだけで、新たな選択が出来ると思います。新しい「理論」には新しいなりの危うさがあります。「温故知新」という言葉は伊達ではありませんので、かつて行われたことを詳らかにすることも必要です。

(了)


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