MMT関連小噺集―Hut taxと租税貨幣論、金本位制≒ドルペッグ、最終需要と所持需要 | 進撃の庶民 ~反新自由主義・反グローバリズム

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 本日は、望月夜様の寄稿コラムです! ソウルメイト様が今年に入って更新されていないため、望月夜様からいただきました不定コラムを掲載致します。

 通貨の流れと力学の話であり、平たく言えば租税貨幣論なのですが「なるほど」と私(ヤン)は思います。(大まかにイメージを掴む程度ですが……(汗))

 ぜひ、お読みいただいて私と一緒に「うーん、イメージは理解できるがなかなか難しいなぁ……」と唸ってくださいませ(笑)

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MMT関連小噺集―Hut taxと租税貨幣論、金本位制≒ドルペッグ、最終需要と所持需要~望月夜様

noteにて、「経済学・経済論」執筆中!
また、「望月夜の経済学・経済論 第一巻」「望月夜の経済学・経済論 第二巻」も発売中!
その他、
「貨幣論まとめ」
「不況論まとめ」 
「財政論まとめ」 

などなど……

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今回は、タイトルの通り、MMTに関連したいくつかの事例引用や小噺を披露していこう。
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最初の話題は、租税貨幣論(Tax-Driven Money)でよく引用されるお馴染みの歴史的事例、Hut tax(小屋税)についてである。
Hut taxというのは、簡単に言えば、英国がアフリカの植民地に通貨を流通させるにあたって課税を利用したという歴史的事例である。
英語版Wikipediaがあったので 、冒頭部分を翻訳してみよう。


『小屋税(hut tax)は、英国の植民地統治者が小屋あるいは家族ベースで課した課税タイプのことである。この税は、貨幣、労働、穀物、あるいは資産などの様々な支払方法があり、四つの経路から植民地支配に貢献した。』

『一つは資金調達、一つは通貨のサポート(表券主義を参照のこと)、一つは現金経済の普及(これはよりいっそうの成長を目的としていた)、そしてもう一つは、アフリカ人たちを植民地経済において働かせることである。』

『家族達は生存して牛牧場による富を貯蓄するにあたって、納税のための現金調達を目的に植民地統治者へ働き手を送り出した。植民地経済はアフリカ黒人の労働による新しい町や鉄道建設(加えて南アフリカでは急速な鉱山開発)に依存していた。』

要するに、植民地(Hut taxの場合はアフリカ)において、家族単位あるいは共同体単位の自給自足で完結していた人々を貨幣経済に引きずり出すためには、宗主国通貨建ての課税が有効だった(それで事足りた)という事例なのである。

そして基本の構図は自国通貨普及でも変わらない。
例えば日本の場合は、いわば「ぽっと出」の新政府が発行する新通貨”円”の流通がいかにして基礎づけられたかというと、地租改正といった円建て課税制度の定着のおかげなわけだ。
通貨は単に発行するだけでは流通しない。国家による受領が通貨を流通させる(表券主義)のである。

また、租税貨幣論を考えるにあたって、和同開珎の歴史を参照するのも面白い。
和同開珎は適切な最終需要設定が出来ず、そのためあまり上手く流通しなかった。
蓄銭叙位令(和同開珎の貯蓄高で官位昇進)といった、流通と矛盾する制度を作って迷走したりもしている。
単に発行するだけでなく、どのように最終需要を設定するのかというのが通貨流通において主要な問題となる。


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さて、ある記事のコメント欄でも話題にしたのだが、レイの教科書"Modern Money Theory"では「金本位制とドルペッグは同じものだ」と解説されていて、中々分かりやすく興味深かった。

レイの教科書によれば
・金本位制≒ドルペッグ
・正貨準備(金準備)≒外貨準備
・兌換停止≒変動相場制移行
というまとめになる。
兌換紙幣と不換紙幣は完全に不連続な存在というわけではなく、単に固定相場制を採用しているかしていないかの違いしかないという。

兌換紙幣が兌換停止して不換紙幣にしても、管理通貨制度で例えれば、単にドルペッグ(外貨ペッグ)をやめたのと同じことなので、少なからず為替レート変動はある(基本的には減価する)ものの、(元々あった納税手段としての流通価値が残るので)急激に紙屑になるようなことはないわけだ。

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ある記事のコメント欄で書いたのだが、貨幣の「最終需要」と、「個々の主体の貨幣保持需要」を区別できず、貨幣の最終需要から天下り式に個々の保持需要が生まれることが分からない人が多いように見受けられる。

「租税や返済が貨幣の最終需要である」という話をすると、すぐさま『租税や返済のために貨幣を持っている人はごく少数』、『むしろ富裕層は節税に勤しんでいる。租税のために貨幣を持つなんて嘘だ!』といった、完全にピントの外れた反論が飛んできて困惑することが多い。

というわけで、貨幣の最終需要と、最終需要から天下り式に発生する個々の貨幣保持需要について平易な説明が必要であろう。


古代の中近東~ヨーロッパの通貨制度を意識した模型例で論じてみよう。
ある国に、王室、宮廷の労働者、農家の三者がいたとしよう。
王室は農家に穀物納税を課しているとする。

ここで王室は宮廷労働者に穀物を分配するのではなく、給与として発行コインを支払うとする。
そして農家に対し、穀物納税の代わりにコインで納税することが可能であると認めるとする。
すると、農家は自発的に宮廷労働者に穀物を売り、コインを稼得するようになる。(もちろん売買レート次第だが)

宮廷労働者も、コインによる代替納税制度の下では、コインが農家に対して確実に購買力を持つため、コインによる給与支払いを素直に受容し、コインを貯蓄するようになる。

この仮定では、宮廷労働者には何ら課税されていないことに注意しよう。
あくまで農家への課税から、”天下り式”に宮廷労働者の貨幣所持需要が発生している。
これが「貨幣の最終需要から天下り式に発生する貨幣所持需要」である。
宮廷労働者に課税がないことは、宮廷労働者の貨幣所持需要の発生において、何の障害にもならないわけだ。


例えを変えてみよう。
租税回避に熱心な富裕層と、きっちり課税される庶民層が居るとする。
ここでは、極端な仮定として、富裕層が完全な租税回避に成功し、一切税を支払わないとする。(仮定を緩めても、含意の大枠は変わらないことに注意してほしい。)

完全な租税回避に成功した富裕層には、貨幣所持需要がなくなるだろうか?
全くそういうことはない。
この例では、きっちり課税される庶民層が居て、この庶民層は、生産物を富裕層に買ってもらうことで、納税のための貨幣を調達しようとする。

そこで富裕層は、庶民層が納税のために生産物を売って貨幣を得ようとするだろう、ということを見越して、貨幣を所持し、貯蓄しようとする。
富裕層には一切の課税がなされていないにも関わらず、庶民に課される租税から、天下り式に富裕層の貨幣所持需要が生まれるわけだ。

仮定を緩めて富裕層が多少は納税するとした場合でも、「自身の納税需要以上に、他者の納税需要から、天下り式に貨幣保持需要が生まれてくる」という原則は不変である。
上記二例は政府発行通貨を元に論じたが、融資で創造され返済で破壊される銀行貨幣でも基本構造は同じになる。


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最後に、貨幣と河川のアナロジーについて論じておこう。

中央銀行貨幣(通貨)にしても、銀行貨幣にしても、そこにあるのは創造と破壊のサイクルであって、作られたら作られっぱなしで循環しているわけではない。
その意味では、貨幣の流れは、循環浴槽とは別物で、河川の方に近いのである。

貨幣の流れがしばしば循環浴槽的だと誤解されがちなのは、それこそ貨幣外生説の「罠」によるものだと思われる。
経済学教育で貨幣をニュメレール財(単位財)として教育してしまうので、どうしても貨幣が財貨として経済を巡り続けるものだと勘違いしてしまう。

そうではなくて、貨幣には入口と出口がしっかりとあって、出口の排出力によって、貨幣が流通力を得ている。
貨幣の入り口というのは、通貨の場合は財政支出、銀行貨幣の場合は銀行の投融資で、貨幣の出口というのは、通貨の場合は租税で、銀行貨幣の場合は返済にあたる。

ここで「税が貨幣を駆動するなら、税を増やせば増やすほど貨幣が循環することになるのでおかしい」というよくあるタイプの誤解・誤読について論じておこう。

何もないところに河川を作るケースを考えるとわかりやすいと思われる。
その河川に十分な流量が発生するためには、少なくとも最初は排出量以上の水を供給しなければならない。
排出量以下の水供給だと、河川流量はゼロ、干上がったままになってしまう。
MMTで「財政支出高>租税高が常態」と論じるのもこの点から来ていて、河川に流れを起こす(≡通貨を流通させる)ためには十分な排出力(≡租税)が必要なのだが、河川の流量を確保するためには、流量分だけ累計財政支出(累計通貨発行量)が超過していないといけないのである。
また、より多くの人に、より多くのものを河川を通じて運ぼうとしたら、当然河川を拡大しなければならず、必然的に河川の総流量は増加し、その際は河川への水の"純"供給は追加されなくてはならない。

したがって、河川のアナロジーで考えれば、「税を増やせば増やすほど貨幣が循環することになるのではないか」という批判は、完全に見当違いのものであることがわかる。

(了)


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