老いの一徹:『反グローバリズムの難しさ』 | 進撃の庶民 ~反新自由主義・反グローバリズム

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本日は、有閑爺い様の寄稿コラムです!

反グローバリズムを唱えることの難しさ、というテーマで寄稿を頂いておりまして、大変興味深い内容となっております。

なるほど・・・確かに企業人などは反グローバリズムを唱えにくい状況にあるのかもしれません。この寄稿は一種の戦略論なのだと感じます。ぜひぜひ、熟読してくださいませ!

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老いの一徹:『反グローバリズムの難しさ』~有閑爺い様

 本ブログの立ち位置は「反グローバリズム」ですが、実はこのことを実行するには大変な困難が付きまとうと私は考えています。

 まず、グローバリズムの対極はおそらくナショナリズムだと思います。しかし、このナショナリズムが曲者で、それをどう定義づけていくか? から始めないと議論にならないと思います。
 私は、前々回の投稿で【老いの一徹:『人物「中野剛志」考』】と題して、中野剛志氏の経済観を取り上げ、「反グローバリズム」という点からは疑義あり、と指摘し大いに物議をかもしました。
 その時、取り上げた著書は「日本思想史新論」副題として「プラグマティズムからナショナリズムへ」というものでした。
 実は、中野剛志氏の「ナショナリズム」に対する考察は中々のものがあり、大いに参考とすべきだと今も思っています。

 翻って、日本では敗戦以来今に至るまで、「ナショナリズム」に貼られたレッテルは色々あるのですが、その大きなものに「偏狭」というものがあります。つまり、「ナショナリズム」など、視野が狭く偏った考えであるというレッテルです。
 グローバリズムを支持している人は、その考えを広めるために様々なプロパガンダを用いたのですが、対極とする立場である「ナショナリズム」に対して、とりわけ厳しく接したわけで、グローバリズムは視野の広い公平な考えであると主張したのです。
 この主張は、多くの人に受け入れられたとみられ、「ナショナリズム」にとっては分の悪い状況だと思います。

 グローバリズムは主張のみならず実践されています。当然「ナショナリズム」も実践されてこそ意味があります。「実践の尊重」が「ナショナリズム」の根幹にあると中野剛志氏も考えておられるようで、そのことが一番大事なことだと私も思っています。
 結局、実践ですので「何を、だれのために、何のために」が問題で、「今だけ、金だけ、自分だけ」がグローバリズムの本質だと揶揄される現状では、そのこと突き詰めることが必要だと思います。
 日本に当てはめてみると、実践課題に対するコンセンサスの形成すらいまだ至らず、と言える状態だと思います。とてもグローバリズムに対抗し得る勢力に達していないのが「日本のナショナリズム」ではないでしょうか。
 日本は国民・言語・風俗習慣・天皇制など世界に類がないと思えるほどユニークですが、実践していることは、グローバリズムの主張通りのことですし、そのことを是とする人が多いのが事実だろうと思います。
 反グローバリズムを進めることに対する障壁は非常に大きいと考えるべきです。

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 ナショナリズムの典型例が「スイス」ではないかと、私は考えています。
 スイスは国家としての実践の課題として、スイス国民に永遠の平和をもたらす、ということを選んだのです。
 そのため、国民皆兵を国是として自国防衛を最優先にしています。兵器開発の面でも水準を超えるレベルにありますし、スイスへの侵入を阻止する程度の武器生産力もあり、国民に銃まで支給しています。「武装中立」を実行しているのです。
 その、自国防衛をより確実とするために外交の実践項目も極めて特異なものです。同盟や集団的自衛権を認めていません。ですのでNATOや国連にも加盟していません。
 経済に関しても、EUとも一線を画して、通貨も独自通貨であるスイスフランです。金融に対しても戦乱・動乱からの資産保全といった、他国では見られない特徴あるものです。

 日本の行き方と全く異なることがわかっていただけると思います。

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 では現実社会において、「反グローバリズム」ということで、我々が自由にそのことが公言できる環境にあるのか?
 実は、このことも大変困難が伴うと、私は思っています。

 例えば、そこそこ名のある企業に勤めているなら、幹部は全てグローバリズムの主張を受け入れ、それに積極的に賛成している、ということを認めざるを得ないでしょう。
 現代の企業の幹部は、長引くデフレの中で、外国資本を受け入れ、販路はもとより生産拠点もグローバルに展開し、国内に残るものはリストラに次ぐリストラで痩せ細らせることで、生き残りを図り、そのことを認められたがゆえに、出世した人たちです。
 
 そんな中で「反グローバル」を口にすれば、出世の道を断たれ、残る人生を裏街道しか歩けない身になるかもしれないのです。
 いくら威勢のいいことをネット社会で口に出しても、現実社会では口にできないことは目に見えています。

 なので、遠回りかもしれませんが、グローバリズムの主張のもとになっている経済思想に対して異議を唱えるといった、一見して「反グローバル」とわからないような言論から始めるべきでしょう。

(了)


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