保守思想とプラグマティズムと資本主義-現代社会における保守思想の困難性【ヤンの字雷】 | 進撃の庶民 ~反新自由主義・反グローバリズム

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本日は、ヤン様の寄稿コラムです!

 

今回も壮大なテーマを扱われながらも、私達にわかりやすく伝えてくださるヤン様の才能にはただただ頭が下がるばかり。

 

グローバリズムや新自由主義に対抗するために、『「団結」こそが必要』との言葉は重要です。

 

労働組合の復活が鍵となりそうです。

 

読後、皆様はどのようにお感じになられますでしょうか?

 

それではヤン様コラムをどうぞ!

 

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保守思想とプラグマティズムと資本主義-現代社会における保守思想の困難性【ヤンの字雷】

保守思想の芽生えは近代化にあり

 保守思想というのはおおよそ200~250年前に生まれた思想であり、ピッタリとイギリスの産業革命と時期が重なります。イギリスの産業革命はどのようなものであったのか?一般的には資本主義発展の最初期というふうに位置づけられるかと思います。

 

 じつは産業革命以前は、1人あたりのGDPの増加がほとんど見られなかったという事実があります。1人あたりのGDPが伸び始めたのは、産業革命以後なのです。現在の資本主義の性質を明らかにすることで、なぜ保守思想が近代になって生まれたのか?そして現在における保守思想を持たんとする人たちは、何をどう考えたら良いのか?が明らかにできたらと思います。

資本主義という経済形態

 まずは資本主義という経済の形態を大雑把ですが明らかにしたいと思います。イギリスの産業革命を振り返れば、資本主義の最初期に何が必要であったのか?が明白になるかと思います。活版印刷や蒸気機関等々の技術革新から産業革命が起きたというのが、一般的なイメージかと思います。しかし2つほど他に忘れてはいけない事実があります。17世紀には株式会社が”発明”されていたこと、そしてイギリスのイングランド銀行も産業革命の前に設立されていたことです。

 世界で最初の株式会社はオランダの東インド株式会社ですが、イギリスもそれに続いてイギリス東インド株式会社を設立しております。

 

 ”資本”主義とは名は体を表すとはよく言ったもので、資本を集約させて大きな事業を可能にする経済形態と言えます。つまり産業革命という近代資本主義が芽生えたのは、その資本の集約が可能な環境にあったから、と言えるのではないでしょうか?その環境を最初に整えていたのが、イギリスであったというわけです。ちなみに株式会社を最初に発明したオランダは、中央銀行の設立は19世紀になってからでした。

 

 資本主義とは資本を集約させて、大きな事業を行う経済形態であると述べました。なるほど、近代化していく場合、必ず保護主義的な政策が取られ、殖産興業に励む時期がどのような国家でも必要なのは、資本の集約化を国内で行うからでしょう。

現代資本主義の性質と保守思想

 シュンペーターは資本主義を評して「常に革新し続ける経済形態」と言いました。まさにその通りでしょう。しかし人間というのは基本的には保守的なものです。常に成長と革新を続けられる人間などは、この世界のどこにも存在しないでしょう。つまり資本主義という経済形態に対して、人間というのはなかなかついていけません。この乖離を見抜き、革新に対して警戒をするのが保守思想の原点とも言えます。

フリードリッヒ・リストの制度経済学

 リストは19世紀のドイツ人経済学者で、ドイツの歴史学派の祖といわれる経済学者でもあります。後にアメリカの制度経済学に多大な影響を与えたと言われております。このリストの経済思想とはどのようなものであったのか?について、端的に述べておきたいと思います。

 

 リストは資本主義化、近代化とは分業化が進むことであるのは認めておりました。しかしこの分業化、細分化したものを制度でつなぐ、束ねる、結合することこそが経済の発展に資すると考えます。例を上げれば、決まりがない工場などありえないでしょう。決まりがなければ生産力は当然ながら低下することでしょう。ルールや決まり、制度を作って有機的に結合させることが、経済の発展には必要だと考えたわけです。

 

 この制度とはどのようなものがあるのか?株式会社や中央銀行、国債、各種法律や規制、こういったものが制度として存在するからこそ、国民の結合が生まれ、経済が発展をするというわけです。余談ですが、規制緩和というのは「結合の弱体化」ですので、当然ながらデフレ圧力を生み出すというわけです。ここに私は保守思想における経済学の原点を見られるのではないか?と思っております。

グローバリズムという時代とプラグマティズム

 まずグローバリズムについて私なりの私見を述べます。グローバリズムとは堤未果さんが書いたように「今だけ、金だけ、自分だけ」という原子論的個人にしていく環境のことであると思っております。つまりリストの経済学を借りれば、国民の結合が非常に弱くなった状態、と定義できるでしょう。

 

 最近は現代貨幣論(MMT)がよく議論になります。現代貨幣論では通貨(法定流通貨幣)を”制度”として捉えているわけですが、批判の議論がよく出るのは上述した堤未果さんの「今だけ、金だけ、自分だけ」的な「お金」として捉えている、と解釈されるからでしょう。ここは本題ではありませんので、余談として脇に置きます。余談ついでですが、国民の結合を生み出す1つの案としては家制度の復活や、お見合いの復活などは割と良いのではないか?と思います。

※私は長男でゲイですので、上記の制度に積極的に賛成ができるわけではないのですが(笑)むしろ個人的には困るのです(汗)

 

 閑話休題。

 

 グローバリズムとは資本主義の暴走といえます。人々をお金という欲求に駆り立て、強欲が支配し、政治がビジネスに押されて機能しないという状態でしょう。そして不思議なことに、グローバリズムがいき過ぎると、企業は短期主義に陥り、長期投資をしなくなり、技術革新が起きにくくなり、資本主義は自壊するのです。現在はまさにこの自壊の寸前といったところでしょうか。

 そしてこの状況はもはや、一介の政治家や有識者、個人が変えられるものではない、という認識は必要でしょう。

 

 プラグマティックに考えるのならば、昔の労組ではないですが「団結」こそが必要なのです。制度や状況が結合を弱体化するというのならば、個々人の意志での団結に依るしか方法がありません。しかし人間というのは難しいもので、3人集まれば派閥が生まれるなどとも言われます。しかし新自由主義やグローバリズムがこうした人間の「団結し難い性質」を見抜き、進んでいるという事実は忘れるべきではないでしょう。

 

 リストの言う結合とはなにか?に思いを馳せながら、休日に熟考してみるのも良いかもしれません。

P.S 「経済と国民(著:中野剛志)」のすゝめ

 中野剛志さんの著作に「経済と国民-フリードリヒ・リストに学ぶ」というものがあります。私が今日解説差し上げたのはエッセンス部分をざっと大雑把にですので、ぜひとも詳細を知りたい方は同著を読まれることをおすすめ致します。

 (国民の結合のための)制度として国債や通貨、法律、規制等々を捉えることで、新しい視点が私は開けたと思っております。

 

 最後に宣伝になりますが・・・(笑)なろう小説で連載を開始しました。

異世界は召喚されし者に優しくない

 

 現在は3話(日曜日にこの稿を書いておりますので、月曜日には4話になっているかも?です)投稿しております。もしよろしければ息抜きにどうぞ。

(了)


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