安倍晋三氏の皇帝化は不可避か? | 進撃の庶民 ・反新自由主義・反グローバリズム

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本日は、ソウルメイト様のブログ過去記事(2018.8.10)から!

安倍総理は現在の情勢でどのように振る舞っていくのか?たいてい、ろくでもない振る舞いではありますが、もっとろくでもなくなるのではないか?

そんな危惧が感じられる記事です!ぜひともじっくりお読みくださいませ!

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安倍晋三氏の皇帝化は不可避か?~ソウルメイト様

 先日、わたしはアメーバブロガーの「17′s democracy Blog」さんがお書きになられた下記のブログを読んで安倍政権による独裁体制は完成間近なのではないかという危惧と恐怖を覚えましたので、リブログさせていただいて皆さんにもご検討いただきたいと思います。




 上記にリブログさせていただいた「17′s democracy Blog」さんが記事の中で引用してくださっている古賀茂明さんの予想《古賀茂明「圧勝間違いない安倍総理が目指す総裁4選と“皇帝”への道」 |AERA dot. (アエラドット)
https://dot.asahi.com/dot/2018072900012.html?page=1》は、かなり確実に実現するのではないかと思います。

 古賀さんは、

《時系列で見て行くと、まず、総裁選では、安倍総理は、憲法改正を争点化するとすでに表明している。ここでは、おそらく9条改正に絞って議論を展開するのではないかとみられる。9条2項の戦力不保持条項を削除するという石破氏に対して、安倍案は、9条2項も含めて現行条文をそのまま残し、新設する9条の2で自衛隊を規定するだけだとする。両案を並べれば、まるで安倍氏が「平和主義」の守護神であるかのようにさえ見える。これは、自民党内のハト派党員向けのみならず、来年の憲法改正の国民投票を睨んだパフォーマンスと見ることができる。》

 と書いておられますが、おそらくそういうことだろうと思います。また、

《総裁選で安倍案を掲げて勝利することにより、秋の臨時国会では、早々に野党側に自民の改憲案を提示する環境が整う。臨時国会では、豪雨災害対策として最大級の補正予算を通して、被災地への配慮を示したうえで、本格的な改憲議論を始め、臨時国会終盤までには審議時間をかなりこなしたという実績を積み上げるだろう。もちろん、被災地での自衛隊の活躍も最大限アピールされるはずだ。》

 と、続けておられますが、安倍晋三サンが、自民党に石破氏の改憲案でなく、自説の改憲案を呑ませ、それで国政選挙にうって出て勝利をおさめることができれば、もはや自民党内に自分の座を脅かす有力な政敵は存在しなくなるでしょう。まず、自民党内における安倍サンの独裁が完成してしまうでしょう。 

 それだけでなく、国政選挙で勝利することが自民党における圧倒的な立場、独裁的な地位を確立させるために必要条件となるでしょうが、さんざん緊縮財政政策で国民を痛めつけておいて、選挙直前に財政支出で、いわゆるバラまきをやって一時的にでも景気をよくすれば、深い思慮を欠く有権者は簡単に騙されてしまうでしょう。

 ただし安倍サンにとって国民の生活や日本経済がどうなるか、なんてことはどうでもいい話で、自分が総裁を務める自民党が選挙で勝てればそれでいいだけのことで、いったん勝利をおさめたあかつきには、国民に一時的に与えたものを取り戻そうとするでしょう。つまり、安倍サンに勝利与えると、さらなる増税が待っているということになるんだろうと思います。

 古賀さんが

《10、11月には那覇市長選と沖縄県知事選がある。翁長知事の出馬はかなり厳しい状況で、しかも、オール沖縄から経済界の重鎮が離脱するなど反安倍陣営の結束力に陰りが見える中、ここでも最大級のバラマキを行えば、今年最大の難関であるこの選挙を勝ち抜くのはそれほど難しくないかもしれない。》

 と書いておられるように、那覇市長選挙と沖縄知事選に与党が勝てるかどうかは、安倍サンの皇帝化に弾みをつける、かなり重要な戦となるでしょうから、安倍サンは持てる政治資源のすべてを傾けてでも勝とうとするんじゃないかと思います。国家を私物化する安倍サンにとってそんなことはたやすいことでしょうし、与えたものは、いずれ確実に取り戻せると思っているでしょうから、「異次元のバラまき」や利益誘導、買収なんかを総動員するんじゃないかと思います。

 日本本土の人間は、沖縄に生まれ育った人々にさんざん不利益を押し付けてきましたが、にもかかわらず、沖縄の人たちが自らの生きる権利や幸福になる権利を目先の金や利益のために売り渡さないことが日本人すべての未来が不幸になるかそうでないかを大きく左右することになるということは、なにやら壮大な歴史劇のようにも思えてきますね。

 対米戦で沖縄の人たちは大きな犠牲を払わされ、また、米軍による統治と占領の継続という不利益に甘んじてこられましたが、今また沖縄の人たちの政治的選択が、全日本人の未来を左右することになるかもしれないと思うと、かりそめにも沖縄の人たちの感情や願いを軽々しく扱うべきではないと思います。

 そもそも、沖縄はかつて琉球王朝という独立した王国だったわけで、明治以後琉球処分によって有無を言わせず日本に併合させた、という歴代的ないきさつがあります。沖縄が舐めた辛酸について思いやらない日本人に愛想を尽かして沖縄が日本から離脱することを選択したとして、日本が軍事力によってそれを妨害しようとすれば、中国がこれ幸いと介入してくるのは火を見るより明らかでしょう。沖縄の人々が日本にとどまりたいと思っていただけるほどに日本は沖縄に恩恵を施してきたのか、じっくりと考えてみたほうがいいと思います。





 さて、古賀さんの論考は以下のように続けられております。

《その後は、とにかくスキャンダルを出さないように慎重に事を進め、来年1月召集の通常国会冒頭では、19年10月の消費税増税対策と称して、「史上最大の予算」を組み、あらゆるバラマキ予算を総動員する。

 そのバラマキで、春の統一地方選をうまく乗り切れば、次のテーマは憲法改正の発議だ。その前に天皇の交代という一大行事があるが、むしろ、それは国会の議論で野党が審議拒否などしにくいムードを作るのに役立つ。そして、新天皇即位ブームのお祭りが終わればすぐに発議の採決を強行するだろう。与党は衆参両院で3分の2を占めるうえ、維新が大阪へのカジノ誘致承認とのバーターで改憲に賛成してくれるので、多少無理をすれば、ここも十分にクリアできる。

来年の夏の経済状況は、年頭コラムで指摘したとおり、10月の消費税増税前に住宅や自動車・高額商品の駆け込み消費で空前の消費・住宅投資ブームとなっている可能性が高い。五輪特需の建設ブームもその頃がピークアウトの寸前だ。

 安倍政権は右翼の岩盤層に支えられているが、それだけでは国民投票には勝てない。これに加えて中間層の支持を獲得しなければならないが、そのための最大の武器が、「アベノミクスで景気が良くなった」というイメージ戦略になる。その観点では、駆け込み景気が盛り上がる19年夏に全ての勝負をかけるのが最も合理的だ。

「景気がいいね」「また時給が上がったよ」「安倍さんのおかげだね」「そうかもね」「憲法は古いんだってね」「携帯もネットもなかった時に作ったらしいよ」「自衛隊が違憲だってことになってるらしいよ」「それは変だね」「安倍さんが変えなくちゃいけないと言ってるんだって」「確かにそうかもね」という感じで、経済が良くなったと感じている層では、案外抵抗感がなく、改憲が受け入れられてしまう可能性もある。

ここで勝負をかけるのであれば、参議院選と国民投票の同時実施は当然の選択だ。いっぺんにやれば、資金力に勝る自民党が有利だからだ。

 さらに考えれば、この状況で衆議院選挙をやらない手はないということになる。逆に、ここでやらなければ、秋の消費税増税後に経済が落ち込むと、当分は解散はできなくなる。20年のオリンピック直前の盛り上がりはあっても、その時期に選挙をやるのは無理だ。五輪が終わると、一気に経済が冷え込むという予測もあり、そうなると、21年10月の任期切れまでに解散できるタイミングはないかもしれない。どう考えても19年夏に行うのが最善の選択ではないだろうか。

 ということで、19年夏には、衆参同日選と国民投票のトリプル投票となるかもしれない。そうなると野党側は大変だ。何しろ、参議院だけでも候補者が足りないのに、衆議院選も同時となれば、おそらく十分な候補擁立ができないだろう。無理して立てても泡沫ばかりということになりかねない。

 また、参議院の選挙協力もまだ進んでいないのに、衆議院も同時に選挙協力というのは、衆参の貸し借りが錯綜し、仮に協力区ができても一枚岩で戦えるところは極めて限定された数にとどまると思われる。

さらに、三つの選挙をいっぺんにやるには膨大な資金力が必要となり、この面でも自民党は非常に有利になる。

 こうしたシナリオは、経済のことを考えれば、ごく自然に出て来るものだ。これ以外のシナリオは逆に考えにくい。今頃になって、衆参同日選の可能性が浮上して来たなどと書き始めた政治部記者もいるが、それでも未だ少数なのは、政治部の記者たちが経済音痴だからなのかもしれない。》

 上記の古賀さんの読み通り、おそらく安倍サンはそういうシナリオを描いているでしょうし、そのシナリオ通りにやられたら、野党に付け入る隙はほとんどないと思います。政府の財政支出が国民の所得になることは当たり前のことですから、それだけとってみれば国民にとって悪い話ではありません。そんなことも理解しようとせずに野党が自民党のバラまきを非難し批判したりすれば、国民の心は野党から離れてしまうだけでしょう。そして、その程度のことも理解しようとしない野党議員は少なくないと思います。

 さて、そうやって、国政選挙に勝利したとなると安倍サンの憲法改正はますます現実味を帯びてくるでしょう。

 そして、自民党の悲願である憲法改正を安倍サンのもとで成し遂げた、となれば、安倍サンの政治的立場は盤石なものとなり、自民党に対して半ば永久的に君臨することを可能とするでしょう。そして、自民党が国政選挙で勝利する限りは、安倍サンが日本国総理大臣として無期限に日本に君臨することが可能となるでしょう。つまり、安倍サンの皇帝化の完成でありますね。

 それについて古賀さんは、


《■歴史的偉業を達成した総裁をクビにできないキャンペーン?

 改憲が成立し、与党が衆参で大勝する可能性もかなりある。仮に3分の2は取れなくても議席減少がそれほど大きくなければ、自民党支持層での安倍総理への評価は高まるだろう。少なくとも今年の総裁選で惨敗するかもしれない石破氏や、安倍氏と戦うのを逃げて禅譲に望みをかける岸田氏など敵ではない。強いて挙げれば小泉進次郎氏が最大のライバルという状況になるだろう。

 今年の総裁選後の人事や来年の選挙の公認権、そして、来夏の衆参選挙後の人事などで、まだまだ安倍総理の権力は残る。

 しかし、現在の自民党の党則では、総裁は3選が上限となっている。となれば、今年の総裁選後は、どんなに頑張ってもレームダック化が進むのは避けられない。

 当然、安倍総理側は、その防止策を考えているはずだ。通常の人事などの手段以外に考えられる方策としては二つある。
一つ目は、前述した来夏の衆議院選実施である。その噂を今から流せば、公認権の行使という権力を最大限に活用できる。ただし、それは、来年夏までしか使えない。

 そこで、考えられる二つ目の方策が、「安倍4選」の可能性を意識させることだ。安倍総理は、3選禁止だった党則を変えて今回の総裁選への立候補を可能にしたという実績がある。同じことができないはずはない。総裁選後の党人事で、4選を可能とする党則改正を幹事長候補と密約するということもあるかもしれない。あるいは、幹事長候補がそれを自ら安倍総理に持ちかけるという展開も十分に考えられる。前回の改正の際には二階俊博幹事長がその議論の先頭に立った。今回も、同じ役割を担うことは十分にあり得る。二階派は、自前の総裁候補がいないので、安倍氏と他派閥の総裁候補を自由に天秤にかけられる。安倍新体制の中での優遇措置を得るために4選戦略の先兵になっても全く不思議ではない。

 今すぐ動くというわけではないが、早い段階から4選の憶測をプレスに流し、雰囲気を醸し出す。そのうえで、来年の改憲達成の暁には、「これだけの歴史的偉業を成し遂げた総裁を決まりだからと言ってクビにするのはいかがなものか」という議論を展開。消費税増税前に一気に4選可能な党則改正に持って行くか、あるいは、議論を続けて、20年の五輪パラリンピック開催の余韻を使って、改正するか。最悪改正が実現しなくても、その可能性があると思わせている間は、レームダック化に歯止めがかかる。

 もちろん、その間、安倍氏自身は、総裁選ルールは党で議論すべきことだという立場を堅持し、予定通り退任して岸田氏に禅譲というオプションもちらつかせることで、岸田派の支持を確保し続けるということもやるだろう。

■野望は膨らみ総理から安倍皇帝へ?

 これまでの議論に対して、そこまでうまく行くはずがないと思う人も多いだろうが、これまでの安倍氏の強運を考えると、あながち荒唐無稽な話ではないと考えた方が良い気がしてくる。

 安倍総理の野望は、拙著『国家の暴走』(2014年、角川新書)で指摘したとおり、日本を平和国家から、米ロ中のような「列強国家」に変えることだ。そして、その列強のリーダーとして、軍事力を背景に世界秩序に影響力を行使する。それが夢なのではないか。

 その夢を果たすためには、憲法9条改正だけでは全く足りない。極東では中国の習近平、ロシアのプーチン、北朝鮮の金正恩らが、国内での独裁体制を基盤にして、国際社会に大きな影響力を行使している。仲良しのトルコのエルドアン大統領も憲法改正して権限を強化した。一方の安倍総理は、国内では1強体制を築いたが、北朝鮮問題一つとっても国際的舞台では蚊帳の外だ。とても、列強国のリーダーになったとは言えない。

 そうなるためには、緊急事態条項や基本的人権の制限などのより踏み込んだ憲法改変が必要だ。それを基にして、国民生活を犠牲にできる体制を作り、軍事力を飛躍的に強化するには、さらに10年単位の時間が必要になるだろう。21年までの総裁任期を4選後の24年まで延ばしても十分ではない。

 総裁4選規定の廃止の際には、「初の改憲を実現し、オリンピックを成功させた総理」としての実績をアピールして、一気に、多選禁止規定そのものの廃止も議論される可能性がある。終身総裁も視野に入れた規定になるかもしれない。

 もちろん、国内では持てる権力は無制限に行使し、自民党はもとより、野党もマスコミも経団連も支配して1強体制を強化する。その先に見えるのは、終身制の独裁者、「皇帝」への道だ。

 そんな恐ろしいことにならないうちに、この野望を止めることができるのは誰なのか。

 そう自問しても、すぐには答えが見つからない。

 日本の民主主義は、本当に瀬戸際に立たされている。(文/古賀茂明)》

 と書いておられますが、古賀さんのあんまり有り難くない予測は、かなり高い確率で実現するんじゃないかと思います。

 わたしは冒頭にリブログさせていただいた「17′s democracy Blog」さんのブログに以下のようにコメントさせていただきました。


《いつも示唆に富む貴重な情報をご提供くださいましてありがとうございます。

 古賀茂明さんの安倍四選、皇帝化についての論考は、かなり確実に実現するのではないかと思います。

 ブログ主様が常日頃、明言しておられるように、日本の没落と安倍政権のようなものが幾度となく再選を果たすことは、ほぼパラレルに進行するものなのだろうと思います。

 もとより、安倍政権のもとで一般庶民の命や幸福な生活を営むことはおろそかにされ、また、現代的な民主主義国家ではありえないような国家機構や官僚機構の私物化が進行してしまいました。

 そういうことが、表向き民主主義を建て前とする日本において進行してしまったわけで、もちろん、安倍政権や自民党の狡猾な政権運営や世論操作にもその要因の一部はあるでしょうが、民主主義の根幹を掘りくずされることに対して、日本人の大多数が明確にNOと言わなかったことのほうがむしろ要因としては大きいだろうと思います。

 自らを奴隷とするような政権や政党に少なくない数の日本人が同意を与えてしまった結果でしょうね。そういうことに反対し、批判してきた人々にとっては迷惑きわまりないことで腹立たしいことこの上ないと言ってよろしかろうと思います。

 おそらく、安倍晋三氏は自民党総裁を無期限に務められるように党則を変え、歪んだ選挙制度のおかげで皇帝のようになることができるのかもしれません。しかし、それは、日本人にとって悪夢のようなものでしょう。しかしそうなっても、自由や人権は命をかけて勝ち取るものであることに目覚める人たちも必ず存在するだろうと思います。そのような人たちの命や流血という代償を払うことで、いずれ日本人は自由や人権を取り戻すだろうと思います。人類の歴史は、一部の少数の者が永久に権力や富を独占することができないことを証明していますから。》

 この拙コメントに対して「various-society」さんとおっしゃる方が次のようにコメントしておられました。

《場所をお借りしてということで申し訳ないのですが、コメントさせていただきます。

一度、民主主義や人権の制度が撤廃されてしまったと仮定して、もう一度取り戻すことは可能なのでしょうか。

日本人や文化について私も常々考えてはいるのですが、独裁になったらなったでそれに慣れていくような国民なのじゃないかと私は思います。

民主主義を奪回するための要素は社会から確実になくなりつつあるといってもいいと思います。情勢は日増しに悪くなっているのではないでしょうか。》

 「various-society」さんのコメントに対するわたしのお答えは以下の通りです。

《「独裁になったらなったでそれに慣れていくような国民なのじゃないかと私は思います」
 
 というご意見にはわたしも同感です。

 日本人はかつて狂気にかられた無責任な軍人たちに国家をハイジャックされて、自分の愛しい息子や恋人、夫や父親を有無を言わせず徴兵され、戦地で戦死を遂げても文句ひとつ言わず、生活必需品を供出させられ、ろくに食べることができず、無能な軍隊が制空権を失って住む家を焼かれても、軍人の無能を責めたりはせず、挙げ句の果ては負けがこんで、もうどうにもならないという状況にたち至っても一億総玉砕を叫ぶ軍人の言いなりになろうとしました。もし、それが、実行されたら、日本人の戦死者は、300万人程度では済まず、日本の国家としての主権回復も戦後復興も不可能だったかもしれません。
 
 事業も投資も見切り時というのが大切で、勝てないとわかったら損失を最小限に押さえて再起を期すというのが賢明な判断だろうと思いますが、戦争だって同じことでしょう。ところが、一度決めたら事態がどうなろうと修正出来ない、という重大な欠陥を抱えているんですね、日本人というのは。

 たぶん、みんな本音では、もう戦争なんてもうたくさんだと思っているのに、それを口に出して言うことができないんですね。

 ちなみに、小泉のバカ親父が「痛みに耐えて」とか言って強引に進めた構造改革や安倍晋三氏が推し進める緊縮財政は、日本人をずいぶんと痛めつけてきたのに、いっこうに事態は改善しておりません。なのに、「何かおかしい。どこか間違っている」とは考えずに、さんざん国民を痛めつけてきた構造改革とか緊縮財政政策が足りないからだと考える人も少なからずいるんですから、相当に倒錯していると思いますね。

 ところが、国民のいじらしい献身もむなしく日本が無条件降伏してGHQが乗り組んで来たら、昨日まで「鬼畜米英」とか 「一億総玉砕」とか叫んでいた連中が、今度は「民主主義だ」と言い出すわけです。軍国主義にしろ、民主主義にしろ、確たる信念があってそうしているわけではなくて、上からそう言われて皆がそうするからという権威に対する弱さ、権威を疑ってみると言う健全で強靭な懐疑心の欠如、それと非常に強力な同調圧力とそれに抗することのできないひ弱さのような欠点を日本人は抱えているんだろうと思います。

 だから、日本経済が抱えている問題がデフレなのかインフレなのかの区別もつかす、デフレの時にやってはならない緊縮財政政策とか増税とかをやって平然としているわけですね。そのせいで日本はずいぶんと落ちぶれて衰退してしまいました。

 戦前・戦中、あれほど敵視したアメリカを今度は、神のごとく崇め奉ってアメリカのやり方を物真似しさえすれば事たれりと思うような連中がうじゃうじゃ湧いて出たのが戦後の日本で、しかもアメリカ崇拝者の多くが右翼や保守を名乗り、愛国を叫ぶという倒錯した状況を現出せしめたわけですね。保守を売り物にするやつほど、アメリカべったりというていたらくを呈したわけです。その代表が安倍晋三氏と言ってもいいでしょう。

 さて、日本人の抱える権威と同調圧力に弱いという傾向は、他国による支配、他国への日本の属国化を容易なものとするでしょう。

 他国による属国化と自国の独裁政権から脱するということは、同じ性質の問題と言ってもいいと思います。イギリスによる植民地支配からインドを独立に導いたのは、ガンジーの不屈の抵抗でしたし、南アフリカの白人支配におけるアパルトヘイト政策にピリオドをうつことができたのもネルソン・マンデラ氏の不屈の抵抗でした。

 安倍晋三氏や安倍政権、およびその支持者たちは中国を敵視しますが、中国共産党のような独裁政権にとってなによりも邪魔なことは理不尽な権力の行使や権力の独占と集中を嫌い批判し、抵抗することでしょう。もし、安倍晋三氏が独裁者として日本人に君臨し、日本人のさまざまな基本的人権を制限するとしても、安倍晋三氏が中国共産党に逆らいさえしなければ、中国共産党は、安倍晋三氏の独裁的な支配を容認する可能性さえ否定できないと思います。ようするに、アメリカが自民党を使って日本人を間接的に統治してきたことと同じことがやれればいいと中国共産党が考えても不思議ではないと思います。

 評論家の佐藤健志さんは、「戦後脱却で日本は『右傾化』して属国化する」という著作を著しておられますが、属国化する対象は何もアメリカに限ったことではなく、中国に属国化することを排除するものではないでしょう。そして、国民の言論の自由とか表現の自由なんてものを奪っておくほうが、中国の属国となるには好都合でしょう。

 中国人の中にも現在の中国共産党独裁を批判し、抵抗する人たちが存在するように、安倍晋三氏による独裁的な支配を望まず、批判し抵抗するような人たちが存在し続けるなら、仮に日本人が中国の覇権に屈して属国化することがあったとしてもいつの日にか独立を勝ち取る日は来るだろうと思います。》

 ご参考までにこちらもご覧になってください。











 さて、なにゆえ特定の者に権力の独占と集中を許すことが望ましいことではないのか?あるいは、特定の者に権力の集中と独占を許すだけでなく、それを固定化することがなぜマズいのか?なんてことは、もう、百年以上も前に決着のついている問題であって、日本ではいまさらながら、そういう議論をやり直さないといけないのか?どれだけ独裁的な権力が好きなんだ?と思わざるを得ないわけですが、権力の集中と独占がなぜマズかと言うと、イギリスの歴史家、思想家、政治家であったジョン・アクトンが遺したかの名言の通り、「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する」に集約できると思います。権力の集中と独占は腐敗の温床となり、やがて破壊的作用を及ぼす。だからモンテスキューは、三権分立や法の支配の必要性を説いたのだと思いますし、西欧保守主義の源流とされるエドマンド・バークがモンテスキューに傾倒し、モンテスキューの著作を終生愛読したことを誰にもまして保守主義を価値あるものと思う人は忘れるべきではないでしょう。

 批判を許さない絶対的な権力が腐敗しやすいことの好例として、最近、日本のアマチュアスポーツ界を騒がせている不正やスキャンダルを挙げることができるでしょう。

 たとえば、日大アメフト部部員による悪質タックル事件の背後には内田正人前監督による同部における独裁的な支配構造があり、内田氏がアメフト部に絶大な独裁的権力を振るえることの背後には、日大を独裁的に支配する田中英寿同大学理事長の存在がありました。

 悪質タックルの問題がメディアで大きく取り上げられ、非難が殺到しても日大および日大アメフト部は公式に記者会見を開いて事実の解明、事態の沈静化をはかろうともせず、悪質タックルを行った選手個人が記者会見を開いて、監督およびコーチの指示であったことを明らかにした翌日、慌てて内田正人氏と井上奨コーチは記者会見を開いて自分たちは無実だと訴えましたが、誰にもその釈明を信じてもらえませんでした。

 日大はダメージ・コントロールに失敗して日大のイメージと評判は大きく損なわれましたが、それでも内田正人氏と井上奨コーチが速やかに処分されることはありませんでした。井上コーチは内田氏の完全に言いなりになる子分で、その内田氏は日大に絶大な権限と権力をふるう田中理事長の腹心の部下だったからです。日大という大学は、田中英寿という個人が独裁的な権力をふるって支配する組織であることがすべての原因でした。

 さて、その日大には危機管理学部という学部が新設され、県警本部長を歴任した警察の大物OBが教授として名を連ねているそうです。危機管理というからには、悪質タックル事件を契機として、明らかとなった内田氏による独裁的なアメフト部の支配構造とか田中英寿氏による日大の独裁的支配構造を解決を要する問題だと認識しないのか?という根本的な問題もさることながら、内田氏と井上氏による記者会見の不手際やダメージ・コントロールの失敗などお粗末極まりないないと思いますし、この程度のことも満足にできない連中が教授を勤める学部で学んだとして、ものの役に立つのか?という極めて深刻な疑念が浮上してくるはずだと思いますが、独裁的な組織というのは、そういうことができない構造になっていて、修正や自浄作用が働かないところが権力の独占というものがもたらす深刻な問題なんでしょうね。

 危機管理学部のある大学は、日本では日大と安倍晋三現内閣総理大臣の腹心の友で行政が歪められたと批判される可計学園しかないのだそうです。何かと問題のある日大と可計学園だけに危機管理学部が新設されたのはなぜか、なかなかに興味のそそられるところではありますよね。

 さて、耳目を集めたのは日大だけじゃありません。かの「霊長類最強女子」の名を欲しいままにした吉田沙保里選手をはじめオリンピックのメダリストを多数育成した類い希な優れた実績と功績をもつ栄和人氏が全日本女子レスリングヘッドコーチに就任した後、その立場を利用して教え子の一人でオリンピック四連覇という偉業を成し遂げた伊調馨さんに対する嫌がらせやパワーハラスメントなどの行為を理由にヘッドコーチを解任させらました。ヘッドコーチという立場に伴う権力の行使の仕方が不適切だったわけですね。

 また、日本国内のアマチュアボクシング競技を統括する日本ボクシング連盟の会長職を務める山根明氏に対して日本アマチュアボクシングの関係者333人が日本オリンピック委員会(JOC)やスポーツ庁などに山根氏の日本ボクシング連盟の資格停止処分を求めて告発状を提出しました。

 告発状には「助成金の不正流用」や「グローブ等の不透明な独占販売」、「審判不正問題」などが列記されているそうですが、山根氏個人にたいする過剰な接待なども厳しい批判にさらされているようです。

 山根氏は、連盟の規約を変更して会長職を終身制にして生きているうちはずっと会長職にとどまるつもりだったようです。

 この山根氏は前記の日大の田中英寿理事長と懇意で危機管理学部の特任教授を務める予定だったようです。類は友を呼ぶというやつなんでしょうね。










 さて、もうひとつ、スポーツ界ではありませんが、個人が独裁的な権力を持つとろくなことをしないという例を挙げておきたいと思います。

 私学の雄、早稲田大学には「早稲田大学交響楽団」というアマチュア・オーケストラがあるんだそうです。早稲田に音楽学科なんてあったかな?と思いググってみたしたが同大学に音楽を専門に学べる学科は存在しないようです。つまり、学生が趣味でやっているんでしょうね。にもかかわらず、交響曲楽団を作っちゃうんですから、さすがは早稲田。勉強は勉強でちゃんとやるけれど、趣味でやるにしても一流の趣味にまで高めようとするということなんでしょうか?

 さてその早稲田大学交響楽団で名誉顧問を務める田中雅彦氏のパワハラと金銭トラブルが発覚しました。詳細は省きますが、同氏の同楽団にたいする強力な支配力に原因があったようです。

 週刊誌やテレビ・新聞を賑わせるこの種のスキャンダルはおそらく氷山の一角で、日本社会のいろんなとところにはびこっている可能性は小さくないと思います。それは、特定の個人に批判を許さない独裁的な支配権を与えてしまったからだと思います。よほど高潔で志の高い人でも独占的な権力が人を腐敗させる力に抵抗することはそう簡単なことではなく、そもそも高潔でもなく、高い志を持っているわけでもない人間が独裁的な権力を持てば、腐敗し堕落するに決まったいる、と思います。

 だからそういう権力者の腐敗や堕落を生じさせないためには、権力の固定化は避けないといけないということになるだろうと思います。

 人類の歴史をざっと眺めて見るだけでも、絶対化した権力がいかに残酷で脅威に満ちたものであるか、まともな知性がある人なら労せずして理解できるはずだと思います。スターリンや毛沢東、ヒトラーの支配を望ましいと思う人が皆無だとは言いませんが、そんなに多くもないだろうと思います。ところが、権力の独占と集中がはらむ恐ろしさや怖さといったものを理解できない人が現代日本においては、少なからず存在するようです。


 たとえば、「安倍サンしかいない」といって安倍晋三氏以外の者への政権委譲または政権交代を嫌う人たちというのは、ようするに安倍晋三氏が生きている限りずっと総理大臣をやってもらいたいとでも思っているんでしょうか?それって山根明氏が日本ボクシング連盟に、田中英寿氏が日大に絶大な権力をふるう支配者として君臨し誰も辞めさせることができないということと、何がどう違うんでしょうかね?
 
 「安倍サンしかいない」と言って、安倍サンに変わるうる人を養成しなかったら、安倍サンがこの世を去ることになった時、どうするつもりなんでしょうかね?安倍サンとともに滅びる覚悟なんでしょうか?


 そういうタイプの人は、現代に限らず昔からいましたから、現代日本人の中にそういう人がいたとしても少しも驚くべきことではありませんが、しかし、人間というのは学習能力が備わっていて、健全な人なら過去の経験や出来事から有益な教訓を得て現在に生かそうとするでしょう。

 ところが、特定の者に権力を独占させ、集中させることをよしとする人たちの思考内容や論法には目立った進歩、改善、改良というものが見られず、およそ百年たってもまったく変わらないという驚くべき性質を帯びているようです。つまり、学ぶことを拒否しているんですな。今日、安倍信者と呼ばれるような人たちの著しく奇妙に感じられるところはそういうところでしょう。

 こんな人たちと一緒に、破滅を迎えるのはまっぴらご免をこうむりたいと思いますな!
 


 わたしは以前、政治学者の中島岳志と宗教学術能力の島薗進さんとの対談本『愛国と信仰の構造』という著作をご紹介するブログを書きました。
 




 安倍晋三氏や安倍政権を積極的に支持するグループの中核には、極端な国家主義や国粋主義をよしとする「宗教右翼的」のグループが存在することを管野完さんや青木理さんは明らかにしました。

 ところが、これらの中核的な安倍政権支持の国粋主義的な「宗教右翼」のグループは、安倍晋三氏や安倍政権がアメリカの資本家や投資家、および企業経営者たちによる身勝手で強欲な要求に屈して日本の国益や日本人の利益を献上してきたことを批判しようとしません。

 また、安倍晋三氏や安倍政権が愚かにも新自由主義やグローバリズムに強く傾斜して、日本と日本人の現在と未来に投資することを拒み、日本という国を衰退させ、日本人をして貧困化させていることにも目をつぶって、ひたすら支持のみを与えています。

 つまり、安倍晋三氏や安倍政権支持の中核をなす「宗教右翼」が主張する愛国は嘘であり、偽物であると断言してよいと思います。

 それら「宗教右翼」の多くはカルト的精神体質を強く帯びるがゆえに強い権威のもとに服従することに快感を覚えてしまうような人たちなのだろうと思います。だから、安倍晋三さんと安倍政権によって日本が没落しようが、日本人がどれだけ不幸でみじめになろうが、そんなことはどうでもよくて安倍晋三という人物に帰依することによって得られる精神的安定と快感に浸っていられればいい、というような人たちなんだろうと思います。

 彼らは、宗教団体(それもカルト的な)に所属するがゆえに強い団結力と結束力を有してはいますが、幸いにして、彼らの有権者総数に占める割合は3割あるかないか、あるいはもっとずっと少ないかもしれません。

 安倍晋三氏や安倍政権に対して批判的な人は、安倍晋三氏や安倍政権を積極的に支持する人たちよりは、たくさん存在するのはまず間違いないと思います。

 野党が安倍晋三氏と安倍政権の暴走と長期的支配に待ったをかけたいと思うなら、党利党略にとらわれず、一丸となって安倍政権を快く思わない人たちの声を効果的かつ有効に選挙結果に反映させるしかないと思います。そして、適切な戦略や戦術を駆使するなら、勝機がないわけではないと思います。もし、それに失敗したら、日本人は、長く続く不徳で愚かな政治権力のもとで苦吟し続けなければならなくなるでしょう。それが嫌なら賢く行動することだと思います。
 

(了)


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