本日は、ソウルメイト様の寄稿コラムです!
ダウンしているため、本日はコメントは勘弁を(´・ω・`)
私ももうだめです・・・(´・ω・`)
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日本はもうダメなのか? ~ソウルメイト様
中華人民共和国の経済・産業力の成長と拡大には、目を見張るものがあり、指導者である習近平氏が企図する「一帯一路」構想は、ユーフラテス大陸の西と東を結びつけ、その中心に中国を置こうとしているようで、あたかもチンギス・ハンによるモンゴルの世界帝国の再来を思わせる観があることをアメーバブロガーの夢人さんは以下のように論じておられます。
こちらもご参考になさってください。
着実に国力を増大させ続ける中国にたいしてヤン・ウェンリーさんもまた、以下のように論じておられます。
上記のブログの中でヤンさんは、
《ぶっちゃけ今さら対中強硬路線なんてのは、20年間に及ぶ停滞や無策ぶり、そして防衛費の停滞などを鑑みても「無理」なのですね。だから中国がそのプレゼンスと覇権を確立する時に、日本がいかに抵抗力を残しておくかということしか叶わない。
つまり国力の増大を頑張って、ある程度の抵抗力を残しつつ、うまく付き合っていくという方針が穏健かと思われます。もちろんながら防衛費も増大させなきゃなりませんし、国益を主張することも必要です。
まあ、ネトウヨや自称保守たちの「AIIBは失敗する!」だの「南沙諸島でアメリカが怒るはず!」だのの誇大妄想に付き合っていたらキリがないわけで、日本が主体的にこれからの時代をどう生き延びるのか?を考えなきゃなりません。
まあ、当の日本が緊縮財政やら規制緩和やら移民推進やらで「自殺をしたがっている」状況では、なんともなりませんけれども。》
と書いておられますが、まったく同様に思います。きちんと絶望することから将来への活路は、開けてくるんでしょうね。ヤン・ウェンリーさんは次のようにも書いておられます。
先頃、惜しくも亡くなられた東洋史家の岡田英弘さんは、《中国人》というのは、民族的出自の如何を問わず《中華文明》に参加するもののことだ、と諸著作の中に書いておられます。岡田さんによれば、中華思想は、中華文明を擁する自分たちを華といい、周辺の中華文明に浴さない者たちを夷と呼んで、方角ごとに東夷(とうい)、南蛮(なんばん)、西戎(さいじゅう)、北狄(ほくてき)と名付けましたが、中華文明の担い手、すなわち中国人そのものが、東夷、南蛮、西戎、北狄と彼らが呼ぶ諸民族に民族的起源、出自を負う者たちが入り混じって出来たもので、これらの諸民族が頻繁で定期的かつ定住的な接触を繰り返した結果、生まれた共通の言語によるコミュニケーションや作法こそが中華文明の起源である、というのが岡田さんのご主張であり、たぶん、それは正しいとわたしも思います。
中華文明が黄河流域に発生したことは定説となっていますが、黄河という河は、人間にとって利用しやすい河ではなかったようです。黄河は中国の青海省に源を発し東に流れつつも南北に大きく蛇行を繰り返す河で、上流域から中流域にかけては浸食しやすい土壌のため、川岸が百メートルに達するような切り立った崖となっていて、到底、この区画では流域に大規模な都市を営むことは困難だったし、急流で早い流速のため渡河も困難だったそうです。
また、下流域では毎年、壮大な氾濫を繰り返し、辺り一面を水浸しにしてしまうので、少なくとも、中華文明が発生した古代においては、ほんのわずかに水から顔を出すところを除いては、人の居住はおろか農業の適地ですらなかったんだそうです。
しかし、山岳地帯を駆け下ってきた黄河が平坦な平野部に出て流速を弱める辺りは、切り立った崖のような川岸もなく、人間の渡河を容易に許すところがあり、そこに都市が生まれた、と岡田さんは書いておられます。その都市こそ、中国人の歴史にしばしば登場する洛陽なんだそうです。
岡田さんは、《黄河中流の渓谷に都市文明が発生したのは、この地方の生産力が高かったからではない。むしろ黄河が交通の障碍(しょうがい)だったからである。》と書いておられます。
黄河は、中国大陸を南北に分かつ、言ってみれば境界線のようなものであり、黄河より北は水路はほとんどなく、陸路が主体で、人々は馬に乗って大地を行き来しますが、黄河の南には水路が発達し人々は水路を船で行き来したそうで、このことを「南船北馬」と言ったそうです。
黄河の北の陸路をたどれば西域諸国を抜けて地中海文明に至ることができます。いわゆるシルクロードですね。一方、黄河の南は発達した水路をたどって広大な地域のどこにでも行くことができますし、最後には海に至ることもできたわけです。この、南北の水路と陸路という異なる交通経路が交わるところこそが黄河中流の洛陽の辺りだったんですね。
さて、先に東夷、南蛮、西戎、北狄と書きましたが、古代には洛陽を基点に、黄河・淮河(わいが)の下流域の大デルタ地帯で農耕と魚撈(ぎょろう)を営む人たちを「東夷」、河南省西部、陝西(せんせい)省南部、四川省東部、湖北省西部、湖南省西部のやまたの焼畑農耕民を「南蛮」、陝西省、甘粛(かんしゅく)省南部の草原の遊牧民を「西戎」、山西高原、南モンゴル、大興安嶺(だいこうあんれい)の狩猟民を、「北狄」と呼んだわけですが、中国人というのは、こういった諸民族の出身者が入り混じって出来たものなんですね。
岡田さんは「中国」の「国」とは城壁をめぐらした「みやこ」を意味した、と『中国文明の歴史』という著作の中に書いておられます。それによると、《そもそも「国」の本字の「國」は、もとは「或」だった。外側の「くにがまえ」の四角は、すなわち城壁をあらわし、内側の「或」の音の「ワク」「コク」は、武器を持って城壁を守る意味をあらわす。つまり「国」は「みやこ」なのである。
ただしのちに 「国」は「邦」と同じになった。「邦」は「方」と同じだ、「あの方面」「この方面」を指し、「国」よりは広くて、日本語の「くに」にあたる。これは、紀元前二○二年に皇帝の位に登った漢の高祖の名が「劉邦」といったので、「邦」を発音すれば失礼に当たる。それで「邦」を避けて「国」ということになった。そのために「国」が「くに」の意味になったのである。……「中国」の本来の意味は首都だった》のだそうです。もともと中国人というのは、都市の民だったんですね。
岡田さんは《農耕があれば都市が出来るといったわけではない。都市の発生の機縁は商業であり、商業都市ができてはじめてその周囲に農村が発達するのである。その逆ではない。中国は商業国家やではあるが、農業国家ではない。》と書いておられますが、その実在が確証された中国における最古の王朝とされる「夏王朝」の「夏」が《「賈(か)、価(か)、牙(が)」と同音で商売を意味し、元は洛陽盆地の首都から来た商人・貿易者が夏人(賈人)であり、その使用言語を夏語(雅語)といい、元々現在のインドシナ半島の諸民族の言語に近い「夷」の言語(南方系言語)を基礎にしたものであったとする。》(Wikipedia)のだそうで、また、夏王朝を倒してそれにとって替わった「殷(いん)」の別名を商といい、殷人を商人といったことからも中国における王朝あるいは、王権と商業とが密接な関係にあったことがうかがわれるようです。
岡田さんは、中国における《国》とは、交易の拠点としての商業都市のことをいうのであり、その都市が交易の拠点である以上、都市の中には例外なく市場が開設されていて、そこに出入りする者たちに通行税が課せられ、それが皇帝の収入となった。そして、皇帝とは自ら塩や鉄、絹織物などの生産を独占して国内で販売したり、外国に輸出したりもした。つまり、中国における歴代の皇帝というのは商人の大なるものであった、書いておられます。つまり、中国の皇帝というのは、《定期市の商人団の頭を原形とする古代の王が大きくなったものだから、それ自身が商人であり、金貸しだった》、というのが岡田さんのご見解で、岡田さんのご主張によれば、中国における帝国というのは、各地に建設された交易拠点のネットワークに他ならないのだそうです。
中国北部のあまり降水量が多くなく、また、寒冷な地帯では、麦の粉食、それも水を多量に使わなくて済む饅頭や餃子などが常食され、それよりもいくらかは水が豊富な地域においては、同じ麦の粉でも麺にして汁に入れた麺料理が、そして、温暖で湿潤な地帯では米食が発達したと言います。また、海の近くでは海産物を食材とする料理が発達し、内陸部では、牛や羊、豚などの肉を食材とする料理が発達したようで、料理ひとつをとっても北京、広東、四川と特徴を異にする料理の体系があるわけですが、中国の広大な各地に散在する人たちが普段、日常的に用いる話言葉は、さらに、バラエティーに富んでいて、はなはだしくは、隣村の人間と会話か成立しないこともあるのだそうです。つまり、ひとくちに中国人といっても、普段、口にするものや話言葉をはじめとして非常に異なった文化が混在しているんですね。
これほど、大きな差異を持った人々が曲がりなりにもかろうじて意思を疎通させることができるのは、漢字という象形文字を原形とする表意文字が発達したおかげでしょう。もし、漢字、および漢文によって書き表された文化がなければ、話言葉や習俗が大きく異なる人々は、それぞれ別々に集まって別個の国を作り、別個の文化と歴史を持った別々の民族の集団となった可能性は低くないと思います。
漢字というのは、その発音の仕方がわからなくてもその意味とその用例さえ理解し、記憶できれば、まったく異なる言語を用いる人々でさえ、容易に参加することができる、というものすごく便利なものなんですね。だから、中華にたいして夷と呼ばれた北方の遊牧民である鮮卑という遊牧民は随や唐という王朝を立て、あるいはモンゴル人は元王朝を、女真族は清王朝を建てて広大な領土と多くの漢民族を支配することができたんでしょうね。
中国人というのは、話言葉、生活習慣、社会的慣習が大きく異なりながらも、漢字というきわめて便利なものが存在するがゆえに、かろうじて分裂を免れていると言ってもいいと思います。
現代の中国人を中国人としてまとめ上げているものとは何でしょうか?もちろん、漢字文化とい要素は欠かせないと思いますが、それともうひとつは、中国共産党による産業・経済政策が中国人を豊かにしていることがあげられるだろうと思います。
ゆかしメディアhttp://m.media.yucasee.jp/posts/index/15294によれば、
《クレディ・スイスは世界の富裕層の動向をまとめた「グローバル・ウェルス・レポート2017」を発表した。
同レポートによると、日本の100万ドル以上の資産を持つ富裕層の数は、2016年の301万1000人から30万人以上減り、269万3000人になった。
上位13国中、10以上の国が2016年から2017年にかけて富裕層の数を増やしているなかで、富裕層の数を減らしているのは日本と英国のみで、日本の富裕層人口は昨年と変わらず2位だが、全体におけるその割合は9%から7%へと低下している(なお、昨年の同レポートでは日本の富裕層人口を「282万6000人」と発表しており、2017年版に記載の「2016年の日本の富裕層人口301万1000人」とは差がある。その理由については触れられていない)。
「グローバル・ウェルス・レポート2017」では、富裕層人口の減少理由を「為替レートの下落のみである」としている。
同レポートの2016年版は「富裕層人口が73万8000人増加し、282万6000人になった」としているが、「日本の富裕層人口増加の理由は為替レートによるもののみである」としており、ここ2年の増減は為替レートの変動による、誤解を恐れず言えば「誤差の範囲」となる。
ただし、為替変動の結果でしかないとは、見方を変えれば日本に富が増えていないということだ。同レポートの、日本経済に対する評価は厳しい。「いまだ倦怠期にある」と題し、その原因を安定しない株価と不動産価格、低金利であるとしている。
日本は今も富裕層の数で世界2位に位置しているが、成長を続ける1位アメリカとの差は相当に開いていると、同レポートは伝えている。
富裕層人口のランキングと人数、全富裕層人口における割合は以下の通りだ。
1位 アメリカ 1535万6000人(43%)
2位 日本 269万3000人(7%)
3位 英国 218万9000人(6%)
4位 ドイツ 195万9000人(5%)
5位 中国 195万3000人(5%)
6位 フランス 194万9000人(5%)
7位 イタリア 128万8000人(4%)
8位 オーストラリア 116万人(3%)
9位 カナダ 107万8000人(3%)
10位 韓国 非公開(2%)》
なんだそうで、富裕層に関する限り、日本も中国もその数を増やしたようですね。
一方、中国において貧困層が占める割合、すなわち貧困率はどうかと言うと、世界銀行による系統的国別分析報告書「より包摂的、より持続可能な発展の推進」の中では、「中国は経済の急成長と貧困撲滅で著しい成果を上げており、2018年には極端な貧困率は1%を下回る見込み」と指摘しているそうです。
また、中国国営の新華社通信は2018年2月10日、同国国務院扶貧領導小組の情報として、過去5年間で中国の6853万人が貧困層から抜け出したと伝えているそうです。
《昨年の(中国の)貧困率は3.1%と、2012年の10.2%から大きく下がった。昨年末には、中国国家統計局によると、貧困ライン以下で生活する人は3000万人ほどだった。
2018年、中国政府は1000万人を最貧困層から脱却させ、100の郡で貧困問題を完全に解決することを目的に掲げている。年収が2300元(約4万円)の住人が2%未満の行政単位は「貧困リスト」から外れる。発達から最も遅れている中国西部の諸地区では目標は住民3%に設定されている。
中国政府は中間層構築政策の一環で2020年までに同国の貧困を完全に撲滅することを目標に掲げている》
同様に、Hatena Blogの 「中華IT最新事情 中国を中心にしたアジアのテック最新事情」の2017-11-29の記事、「格差社会ではなくなりつつある中国社会。中間層が厚く」http://tamakino.hatenablog.com/entry/2017/11/29/080000では、以下のように論じられています。
《クレディスイスリサーチが、「Global Wealth Report 2017」を公開した。目立っているのが中国の躍進と日本の凋落だ。中国の躍進ぶりは変化をしてきて、中間層が厚くなり、次第に国内格差が解消されてきていることが見て取れる。
米国と中国の二人勝ち。日本とエジプトの二人負け
世界の富を分析したクレディスイスリサーチのレポートで、目立っているのが中国の躍進と日本の凋落だ。
国別で、富を1000億ドル以上減らしたのは、エジプトと日本の2カ国のみ。増減比率でも、エジプトが突出をして-49%、日本とトルコが-6%となった。一方で、米国、中国、欧州各国は堅実に富を増やしている。
中華IT最新事情
中国を中心にしたアジアのテック最新事情
2017-11-29
格差社会ではなくなりつつある中国社会。中間層が厚く。
クレディスイスリサーチが、「Global Wealth Report 2017」を公開した。目立っているのが中国の躍進と日本の凋落だ。中国の躍進ぶりは変化をしてきて、中間層が厚くなり、次第に国内格差が解消されてきていることが見て取れる。
中間層が分厚くなってきた中国社会
中国が成長を始めて20年になるが、ここ最近、中国の躍進ぶりの中身が違ってきている。
資産の多さで10等分をして、それぞれの階級がどのくらい存在するかを視覚化したグラフを見ると、富の偏在ぶりが見えてくる。例えば、北米は10(富裕層)が突出して多く、1(貧困層)も多い。富の格差が深刻な度合いまで進んでいることがわかる。欧州は、7以上のボリュームが厚く、豊かな人が多い健全な社会であることがわかる。
アフリカやインドは5以下のボリュームが厚く、貧困層が多い。中国もつい最近まではアフリカやインドとよく似た形をしていたが、現在では、5から9の中間層+富裕層のボリュームが厚くなっている。欧州ほど豊かではないものの、中間層の躍進が目覚ましく、国全体で豊かになってきていることが見て取れる。
▲富裕層(10)から貧困層(1)までの国別分布。北米は富裕層と貧困層にきれいに分離した格差社会になっている。中国は意外に中間層が厚い総中流社会へと変化した。
意外に少ない中国の富裕層、意外に多い日本の富裕層
中国と言うと、「ごく少数の大金持ちと多くの貧困者からなる格差社会」というイメージを持たれている方も多いかもしれない。しかし、中国は意外に富裕層(資産100万ドル以上)の数は多くない。
世界の富裕層の割合は、米国人が43%と圧倒的に多いが、中国人は5%と意外に少ない。一方で、日本人は7%もいて、欧州を抑え、米国につぐ第2位の多さだ。
中国の富裕層は195.3万人。日本は269.3万人で、富裕層の数では中国はまだ日本に追いつけていない。ただし、日本は2016年から33.8万人も富裕層が減るという減少傾向が続いているので、うかうかしていると抜かれてしまう(ただし、クレディスイスの予測では、日本の富裕層は2022年に382.1万に増加すると予測されている)。
崩壊しそうでしない中国の成長の秘密は「分厚い中間層」
日本のメディアは、10年以上も前から「今年こそ中国経済は崩壊する」と論評し続けて、中国はその不安を退け、堅実な経済成長をしてきた。その秘密は、格差社会が解消され、中間層が厚い総中流社会へと構造変化してきたことにあるのかもしれない。》
なんだか引用していて、「あ~あ」という溜め息と「何やってんだ!?」という怒りを覚えつつ、脱力してしまうような虚しさを覚えてしまいますね。日本は明らかに経済の舵取りに失敗したんですね。しかも、自分たちの先輩たちが成功に導いてくれた成功方程式を投げ放ってみすみすしなくてもよい、失敗の道を選んでしまったわけです。
もう、ニッポンスゴ~イデスネと自画自賛している場合じゃないんですよね。まことに残念なことですが日本と日本人は、相当に落ちぶれてしまったことは認めなくてはなりません。でも、そういう真摯で謙虚な態度と、だけど、この失敗は間違った経済思想に基づく間違った経済政策を愚かな為政者が選んでしまった結果であって、普通に誠実に働く日本人がダメだったわけではないと思えるなら、やり直せないことはないだろうと思います。
急速に経済力や産業を発展させつつある国々の人々は、「自分たちだってやればできる」という自己肯定感と旺盛なチャレンジ精神を待っているから元気があるわけで、それと比べて現代日本人はどうなのか?ということだろうと思います。
能力的にも資質からしても日本人が劣っているわけではないでしょう。ただ、自己認識において「自分たちはもうダメだ」と思っているんなら、そりゃ、ダメでしょうね。というだけのことだと思います。そのまま、意気地なくダメなままでいいと思うのか?それとも、奮起してダメな自分から脱却しようとする意思が持てるか、すべてはそこにかかっているんじゃないないかと思うんですが、どんなもんでしょうかね?
その昔、日本人は農業のほかろくな工業力もないところから、欧米列強に肩を並べるまでになりましたし、米軍の爆撃によって灰燼に帰した焼け跡から奇跡と言われる復興を成し遂げることもできました。
適切な経済政策さえとられるなら、日本の復興と回復は不可能ではないと思います。最後に平松禎史さんの優れた論考をリブログさせていただきますが、読者各位におかれましては各々自ら信じる理想や信念をお持ちのことと推察いたします。それはそれでよろしい。
ただ、平松さんが提起しておられるような論点、すなわち、アメリカの従属国家であり続けることが日本人にとって必ずしも利益をもたらさなくなった世界の中で、いつハシゴをはずされるとも限らないアメリカの従属国家であり続けることは得策でないだけでなく、もしかすると、アメリカを中国やロシアに替えた形での従属国家体制が継続してしまう可能性すらある、そのことをどう思うのか?というような視点を交えて読んでくださると嬉しいです。
(了)
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