冠詞に関する論文にあるTOEIC受験者正答率41%の問題を紹介します。

【問題】下記の文中の(  )内の語句から適するものを選べ

1) (tiger / a tiger / the tiger) is becoming almost extinct.

              高坂京子『冠詞が映し出す英語の世界』

 

 この問題文の意味は「トラはほとんど絶滅しつつある。」です。この文意から、適するのは「トラ(という動物)は~」のようにトラという動物一般のこと表すthe tigerが正解になります。このような使い方を総称用法といい、かたい表現と説明されます。

 しかし、このとき他の選択肢にある無冠詞のtiger、冠詞を伴ったa tigerはなぜ適さないのでしょうか。トラという動物の一般的な性質を述べるときはthe tigerだけでは、a tigerが適さない理由になりません。次のようにトラという動物の一般的な説明にa tigerという表現を用いることがあるからです。

 

2)The average height of a tiger is usually over 3 feet.

  (トラの平均体高はふつう3feet以上ある)

 

 平均体高のことを説明しているのですから、トラという動物の一般のことついて述べています。用例1と同じくトラという動物について一般的なことを述べているのに、a tigerは用例1で不可で用例2では可なのはなぜでしょう。この理由がわからなければ、総称のtheの使い方が分かったと言えません。

 また、用例1では、問題の選択肢には複数形のtigersがありません。無冠詞(不特定)の複数形で、トラという動物の一般的なことを述べることがあります。

 

3)Tigers are solitary animals.   (トラは孤高の動物だ)

 

  トラという動物一般について言うときに、the tigerとtigersはどちらも使うことができます。その違いとしてthe tigerは硬い表現とされますが、その理由を説明したものは見たことがありません。

 

 次の2つの用例は同じthe tigerという表現が異なる意味で使われています。

4) The tiger is a carnivorous animal. (トラは肉食性の動物です)

 

5) The tiger slowly walked towards us. 

                            (そのトラはゆっくりとこちらに向かって歩いてきた)

 

 この用例(4)と(5)では、同じthe tigerという表現が、一方は「トラという動物」もう一方は「特定の1匹のトラ」という別の意味で使われています。従来のよくある説明「theは1つに特定する」または「特定できるものにtheが付く」では(5)は説明できても、(4)の方に当てはめるには無理があると思います。少なくとも(5)は不十分ではありますが理由を説明しようとはしています。

 (4)を「総称のtheと呼びトラという動物一般に使う」と述べるのは、現象に対して命名しただけで理由については言及は一切ありません。同じくトラという動物一般のことを言うときのtigersとの違いも分かりません。また、なぜtheを使うと硬い表現なのかという理由も分かりません。

 

 以上のように冠詞theを使う明確な理由らしきものがないのは、肝心の冠詞theの文法機能が十分に説明されていないことを反映しています。「特定できる名詞にtheを付ける」というのは、名詞が特定できるかどうかが先に分かって後でtheを付けるということを言っています。つまりtheの機能を説明したものではありません。また、特定できる唯一の友人Brownを指すとき、ふつうはtheは付けません。

 冠詞を適切に使うのは簡単ではありませんが、それなら文法説明は冠詞を使うようになるための参考になるようなものにすべきだと思います。では、これらの表現を使う理由を、冠詞a、theの文法機能としてとらえていきましょう。

 

 現代英語は、機能語が標識となり内容語に文法性を与えます。冠詞aとtheの機能を次のように仮定します。

 

 冠詞aは抽象的な内容語に姿かたちを与え可算化する

 

 冠詞theは複数の選択肢から特定し「他と違う」という意味を付与する

 

 論文にあるTOEIC受験者正答率24%の問題を基に説明します。

【問題】下記の文中の(  )内の語句から適するものを選べ

6)My salad has (apple / an apple / the apple) in it. (高坂)

                       

 選択肢のそれぞれがイメージするものを、順にみていきます。

 appleには冠詞という文法性を示す標識がありません。一般名を示す無標の英単語は抽象的な概念を示します。無冠詞のappleが文中で使われると形がないリンゴつまり、果汁や切り分けられて材料にされたもの等を表します。

 冠詞aは無標のappleに姿かたちを与え可算化します。つまりan appleと表現してはじめて姿かたちのある丸ごと1個のリンゴがイメージできるようになります。

 

 theは前提とする選択肢から選ぶ過程によって意味が異なります。

それは次のような模式図で説明できます。

a. [ apples ] →(an apple)→ the apple  実体のある特定の1個のリンゴ

 

b. [ apple / egg / flour / …] → the apple 料理で使う食材(調理中)

  

 一般的に数あるリンゴの中の1つはan appleです。それを特定するとthe appleになります。「他のリンゴ」と違ってと特定するということです。

 これに対して、材料のtheは「他の種類の食材」と違ってという意味です。例えば、アップルパイを作るときなどは、事前に複数の種類の材料が用意されています。その中から選んで調理していくというイメージです。

 

 (a)は前提として複数のリンゴがまずあって、その中の姿形のある1つのリンゴをan appleと表現し、それを既知情報として特定した結果the appleと表現します。

 (b)は前提としてリンゴをふくむ複数の食材があって、その中からリンゴという食材を選んで特定した結果the appleと表現します。

 このように結果として同じthe appleという特定する表現でも、前提とする選択肢が、(a)のように同種のapplesの中から選ぶ場合と、(b)のようにカテゴリー化した別の種類の中から選ぶ場合では意味合いが変わるというところがポイントです。

 

 基本的にはtheには姿かたちを与える機能はありません。ただし、決定詞を同時に使うことは文法的に許容されないので、このような場合は常識的に判断します。1つの場面が設定されたらその中にある特定のものとして、the appleを1個のリンゴと解してもかまいません。

 

 改めて選択問題になっている用例6について解説します。(6)は「私のサラダの中にはリンゴが入っている」という意味です。

  an appleを選択すると、丸ごと1個のリンゴがサラダの中に入っていることになります。これは常識的にはないでしょう。しかし理屈を言えば、姫リンゴのような小さなリンゴを切り分けずに入れる人がいるかもしれません。世の中広いですから。

  the appleも調理するときの食材としては使います。しかし調理後という文脈に合いません。

 常識的には、サラダには切ったリンゴを入れるということから、決まった形のない不可算扱いされる無冠詞のappleが適することになります。

 

 この論文での正答率が24%と極めて低いのは、辞書によってはappleは可算名詞としか記載されていないものがあるからではないかと思います。くだもの類は、冠詞a、複数語尾-esなどの標識が無い(無標)とき、形が付与されないので、つぶれたり切られたりしたものを意味します。

 同様に無標のdogは姿かたちの無い抽象的な物をイメージするので文脈によっては「犬の肉」などの意味に解されます。a dogとすることで、標識aが無標のdogに姿かたちを与え「1匹の犬」をイメージします。無標の語を可算化にするためには、決定詞などの標識が必要なのです。

 

 では、以上のことをふまえて、動物に使う冠詞について詳しく分析してきます。

まずは、物語『little fox | The Wonderful Wizard of Oz』の中に登場するキャラクターに注目して、冠詞の用法を見ていきましょう。

 

7)Suddenly a lion jumped onto the road and made a terrible roar. 

  With one blow of his paw, the lion sent the Scarecrow spinning and   another blow, he struck the Tim Man down.

 

  (突然、1頭のライオンが道に飛び出してきて、恐ろしい声で咆えました。

   その足の一蹴りで、案山子は竜巻のように回転して飛ばされ、もう一蹴り

   で、ブリキの木こりは打ち倒されてしまいました。」

 

 この場面で、初登場したライオンは、世の中にいくらでもいるライオンの中の不特定の1頭なのでa lionと表現します。その次の文では、この場面に登場した特定のライオンを指すのでthe lionとなっています。このように実体のある1頭の動物を指すthe lionは、もともと複数いるライオンの中から特定したということになります。

 複数のライオンから1頭に特定した過程を模式的に示すと次のようになります。

 

 [  lions  ] →(a lion)→ the lion 実体のある特定の1頭

 

 次の用例は、ドロシー一行がトラに出会う場面です。この中の動物に使われる冠詞に注目してみていきます。

 

8)“Welcome, King of the Beasts,”said a tiger. The tiger described a     spider-like creature as large as an elephant.

     (“ようこそ、百獣の王よ”と1頭のトラが言いました。そのトラは、1頭の象ほ 

   どもある蜘蛛のような生き物のことを話ました。)

 

 この場面で初登場のトラはa tigerで、その後はここにいるそのトラなので特定の1頭を表すthe tigerと表現されています。

  また、雲のような生き物の大きさを説明する例えとして、1頭の象をan elephantと表現しています。これは、実際にこの場面に登場している実体の象ではありません。ごく一般的な象の中の一頭ですが、大きさを例えているので姿形をイメージするように、内容語に具体的な形を与える機能をもつ冠詞aを使っています。

 ここに出てくる動物を模式的に示しておきます。

 

 [ elephnats ] → an elephant  不特定の1頭の象(姿形をイメージ)

 

 [ tigers ] →(a tiger)→ the tiger  実態のある特定の1頭

 

 このように、冠詞の使い方は、必ずしも規則だけで決まるのではなく、文脈に適する表現が選ばれるのです。だから、文法書の一般的な説明だけでは不十分で、実践で身に着けていく方がいいわけです。

 

 次に見ていくのは、『HANDBOOK ON WILD AND ZOO ANIMALS』というネット上で公開されている動物学の書籍です。専門的な本なので、象やキリンやパンダなど多くの動物を扱っていますが、今回はそのうちのチーター、ライオン、トラについての記述から主な項目を抜き出しています。

 その項目は、動物学名(Zoological name)、分布(Distribution)、生息環境(Habitat)、身体的特徴(Physical feature)4つです。

 大事なのは、本全体が1つの大きな文脈になっていることです。疑似的に本を読んでるような感覚で見てもらえるように、初めにすべての英文を引用し、後で詳しく解説します。

 

 Cheetah:

Zoological name: The zoological name of cheetah is Acinonyx jubatus. There are mainly two subspecies – the African cheetah and the Asiatic cheetah.

 

Distribution: The fastest land animal, the cheetah is found in Africa, South Asia and Middle East. In India, the last cheetah in the wild was found in 1947.

 

Habitat: They inhabit in most habitats such as open woodlands, grasslands, scrub and open plains.

 

Physical feature: A cheetah measures about 7 ft in length including tail. The body weight various from 50 to 80kg.

 

Lion:

Zoological name: The zoological name of lion is Panthera leo

There are two sub species-the Asiatic lion and the African lion.

 

Distribution: Lions are found in Africa and Asia. The Asiatic lions are now only confined to Gir forest of Gujarat state in India.

 

Habitat: Lions prefer to live in open grasslands.

 

Physical feature: An adult lion may reach up to an average length of 9ft including tail and weighs up to 240㎏. It stands 4ft at the shoulder.

 

Tiger:

Zoological name: Panthera tigris is the zoological name of tiger. Among eight recognized sub-species, three have become extinct (the Caspian tiger, the Bali tiger and the Javan tiger).

 

Distribution: Tigers are distributed solely in Asia.

 

Habitat: Their habitats include tropical rain forest, mangrove swamps, snow-covered coniferous and deciduous forests, scrub and grasslands.

 

Physical feature: The average of a tiger (head to tail tip) ranges from 9 ft 6 inches to 10 ft 3 inches and it stands 3 ft to 3 ft 6 inches high at shoulder.

 

    Ajit Kumar Santra『HANDBOOK ON WILD AND ZOO ANIMALS』2008

 

 この中から、cheetah、lion、 tigerに記述を抜き出して対比しながら、冠詞の使い方を見ていきます。

 まずは、動物学名(zoological name)から、それぞれを抜き出します。

 

 the zoological name of cheetah

 the zoological name of lion

 the zoological name of tiger

 

 one of themは「それらのうちの1つを意味し、some of themは「それらのうちのいくつか」を意味します。X of themは「themの中から選び出す」ということを示す構造になっています。

 themを複数ある選択肢として[A / B / C / …]のように表すと、X of [A / B / C / …]の型になります。上に抜き出した、動物学名を、この型にまとめます。

 the zoological name of [cheetah / lion / tiger]

 

 単文で出てくるthe zoological name of cheetahだけでは分かりにくいですが、本全体の中での記述として見れば、[cheetah / lion / tiger]が選択肢になっていることが分かります。このtheは[ ]内の選択肢から特定したことを示しているのです。

  このようにX of A の型は、[A / B / C / …]のように選択肢が想定される場合、theが先行します。theのコア「複数の選択肢から特定する」と合致します。

 

 このような構造のofで限定した句ではしばしばtheが用いられます。

  Poseidon is the god of the sea.

  the united states of America

 

 次に、動物学名の亜種(subs species) を、それぞれ抜き出します。

 

 the African cheetah and the Asiatic cheetah

 the Asiatic lion and the African lion

 the Caspian tiger, the Bali tiger and the Javan tiger

 

 このそれぞれを、選択肢が分かるように、まとめます。

 

 the [African / Asiatic] cheetah

 the [Asiatic / African] lion

 the [Caspian / Bali / Javan] tiger

 

 このtheは、[亜種A / 亜種B / 亜種C /…] 種のように[ ]内の同種のカテゴリーの選択肢(亜種)から特定していることを示していると考えられます。theのコア「複数の選択肢から特定する」は、ここでも変わらず一貫しています。

 

 これを一般化すると、[the+形容詞+名詞]という型になります。この構造の句は、形容詞(修飾語)A、B、C、…のように選択肢が想定されると見ることができます。このような構造で、最上級としばしば共起するのも選択肢を想定した場合です。

 例えば、次の2文は冠詞の有無による意味の違いの例でよく比較されます。

 

9)This lake is the deepest here. 

 

10)This lake is deepest here.

 

  用例9の意味は「この辺りの地域ではこの湖が最も深い」です。theが名詞を後続することからthe deepest oneを意図しています。oneを具体的に言えばlakeです。つまりtheはその地域にある複数の湖という選択肢を想定し、他の湖との対比の中から選んで特定したことを示しているのです。

 用例10の意味は「この湖ではこの地点が最も深い」です。他の湖という選択肢は想定されていません。もともと選択肢の無い唯一のものに対比を示すtheは不要です。選択肢が想定されない唯一の創造神Godが無冠詞なのと同じです。

 

 実際に使われることばは、規則で厳密に決まっているというよりも人の語感によるのです。一般の文法書では、感覚とか語感とかを軽視しがちなのは、規範文法の規則を基にしているからでしょう。表現の揺れをきらうのです。

 形容詞の最上級は「限定できる」という条件だけでは、theの有無は説明できません。対比の意識が有るか無いかという感覚によって決まると考えたほうが自然です。決まりというより他の選択肢を意識し対比する感覚です。

 

 次に、分布(Distribution)から抜き出します。

 

 The cheetah is found in Africa, South Asia and Middle East.

 

 Lions are found in Africa and Asia.

 

 Tigers are distributed solely in Asia.

 

 この3つの用例は、いずれも総称「~という動物」を示しています。the cheetahは、[cheetah / lion / tiger / …]から特定した「(他でもない)チーター(という動物)」を表しています。

 この本は多くの動物を取り上げて説明している専門書です。動物というカテゴリーを想定して、その中から1つ1つ種類を特定して説明するという体裁を取ります。これは他の専門書でも同じです。この種の本では、カテゴリー化した種類の中から選択し他と違う特徴を述べることになります。だから「他と違って」というtheがたようされることになります。theを使う総称が、かたい表現とされるのは、このようにカテゴリー化された専門書にtheが現れやすいということからでしょう。

 

 あと2つの用例では、lions、tigersと複数のSを使っています。アフリカだとアジアだとか地域の分布を表しているので、複数の個体が各地に散って棲んでいる様子を表す複数のSという機能辞を選んでいます。

 このように対比すると、総称を表すとき、文法的に使い分けが決まっているわけではなく、任意であることが分かります。総称を表すtheと複数は、どちらを使ってもいいということです。

 ニュアンスの違いはあるでしょう。theを使う場合は、他との対比で抽象的なイメージです。複数で表現すると具体的な姿かたちがイメージされます。この抽象性と具象性の違いも、かたいという印象に関係していると思います。

 

 今度は、生息環境(Habitat)から抜き出します。

They inhabit in most habitats such as open woodlands, grasslands, scrub and open plains.

 

Lions prefer to live in open grasslands.

 

Their habitats include tropical rain forest, mangrove swamps, snow-covered coniferous and deciduous forests, scrub and grasslands

 

(チーターのほとんどは、開けた雑木林や草原や草地や広い平地のようなところに住んでいます。)

(ライオンは開けた草原に住むのを好みます。)

(トラが生息するのは、熱帯雨林、マングローブの沼地、雪で覆われた針葉樹林、落葉樹の森、草地、草原です)

 

 ここでは、チーターはthey、ライオンはlions、トラはtheirとなっていて、いずれも複数が用いられています。ここでは、複数の個体が各環境で生息している様子を表すために、姿かたちをイメージさせる複数を使っていると考えられます。

 

 最後に身体的特徴(Physical feature)から抜き出します。

 A cheetah measures about 7 ft in length including tail. The body weight various from 50 to 80kg.

 

 An adult lion may reach up to an average length of 9ft including tail and weighs up to 240㎏. It stands 4ft at the shoulder.

 

 The average of a tiger (head to tail tip) ranges from 9 ft 6 inches to 10 ft 3 inches and it stands 3 ft to 3 ft 6 inches high at shoulder.

 

(チーターは、尾を含めて体長約7フィートです。その体重は50から80kgと幅があります。)

(大人のライオンは、尾までの体長は平均9フィートで、体重は240kgあります。肩までの体高は4フィートです。)

(平均的なトラは、頭から尾までの体長は9フィート6インチから10フィートインチで、肩までの体高は3フィートから3フィート6インチあります。)

 

 身体的特徴では、いずれも、機能語aを先行させています。個体としての大きさとか重さのことを言うのですから、aを先行させて一頭の姿かたちをイメージさせる、この選択は納得ですね。

 

 以上みてきたように、実際に使われる言葉は、文法規則を基に選ぶというより、文脈に応じて使い分けます。ことばは人にイメージを伝えるものなので、もっとも効果的な表現を選択するの自然なことです。同じ総称でも、冠詞theは他とは違う特徴を言うという感覚、冠詞aや複数-sは姿かたちをイメージとして適するものを選択するということです。

 

 今回、検討してきた決定詞theの使い方について、確認しておきます。

 1つは、theそのものには数を限定する機能、形あるものとして内容語を可算化する機能はないということです。もう1つは話題に唐突に出てくるものではなく、前提として既知の情報があるということです。この前提条件が重要です。

 the tigerが個別の具体的な1個体を指したり、抽象的な概念である総称を指したりするのは、theそのもの機能だけではなく、前提条件の既知情報と文脈で決まると考えられます。

 前提条件となる複数の選択肢から特定することを模式で示すと、次のようになります。

 

 [ tigers ] →(a tiger)→ the tiger "他のトラとは違う"特定の1頭のトラ

 

 [ cheetah / lion / tiger / … ] →the tiger "他の動物とは違う"トラという種

  

 このように同種類のものがカテゴリー化された文脈の中ので、それぞれを特定して対比するときにtheを使うことはよくあります。

 

11)The giant panda is sometimes called bamboo bear.

               『Hand Book on Wild and Zoo Animals』

  (ジャイアントパンダは、バンブーベアーと呼ばれることがあります。)

 

12)The northern white rhinoceros is one of the most endangered 

       animals in the world.

                  『SANDIEGO ZOO SAFARI PARK

  (北シロサイは、世界でもっとも絶滅が危惧される種の1つです。)

 

 用例11は、動物園学に関する専門書で、用例12は動物園のパンフレットです。これらは、いずれも複数の動物が紹介されています。選択肢としての動物が挙げてあるので、他の動物と対比する表現として、よくtheを用いられるのです。

 

 もちろん、動物に限らず、カテゴリー化されたものを取り上げる文脈ではtheがよく使われます。

 

13)Dorothy had many questions, but the Good Witch kissed her on

      the forehead just then.

           『little fox | The Wonderful Wizard of Oz』

  (ドロシーには、たくさん聞きたいことがありましたが、ちょうどその時、良い 

       魔女は彼女のおでこにキスをしました。)

 

14)The skin is composed of two layers.

        『The Human Body ―English―How and Why Series

      「皮膚は、2つの層から構成されている。」

  

  用例13はkiss her on the foreheadという型ですが、これはよく文法書にで聞きます。catch someone by the arm「(人の)腕をつかむ」というような例です。

 このように人体の部分の1つ1つにtheがよく使われるのは、人の皮膚、骨、目、耳(Human body[skin / bones / eyes / ears /……])などを想定しているからでしょう。用例14のような人も構造を説明した本で使われるのは動物と同じです。

 用例13のような表現は、社会的なコードとして慣用されているtheということです。

 

 英語には、社会的にコードされた同種のカテゴリーを前提として、その中の1つを特定してtheを使う例が数多くあります。これらは慣用的なものと言えます。

 

 楽器[guitar / piano / drums / … ] → play the drums

 

  方角 [north / south / east / west] → in the west

 

  家事 [dishes / laundry / shopping / ……] → do the dishes

 

   時間帯[moring / afternoon /evening ] → in the morning

 

   重さの単位[ kilogram/  pound/ ton /...] → by the pound

 

   神の創造物[sun / moon / sky / sea / … ]  → in the sky

 

 いずれも同種類のものをカテゴリーとして、そこから1つを特定するととらえると、すべてtheの一貫した原理で説明できます。このように同種のカテゴリーとして社会的コードになっているものは、他にもまだあります。単位では長さや時間など、他にも大・中・小とか過去・現在・未来など、それらはすべてtheのコアから生まれて慣用になったものです。

 

 冠詞の有無は規則的に慣習として決まるのが普通です。例えばあるシーンで家の食堂が出てきて、家族に「塩をとって」と言うときにはPass me the solt, please.のようにふつうは冠詞theを使います。常識的にはこの家の塩は既知のものだからです。

 しかし、冠詞theはいつも規則に従って決まるとは限りません。話し手と聞き手の間で既知情報であることが必要ですが、既知情報であってもtheを用いるか用いないかは任意の場合もあります。固有名の場合は既知情報で特定できる場合でもふつうはtheを使いません。ただし、選択肢を意識して「他とは違って」と特別感を出したいときはtheを使うこともあります。固有名にtheを使うかどうかは規則的に決まるのではなく任意です。

 

 最後に面白い例を1つ紹介します。このブログではよくアニメの用例を紹介します。その理由の1つは一般に広く公開されたシナリオのなる作品はチェックが何重にもされていると考えられるからです。

 Peppa Pigもよく取り上げますが。同じ話のアニメと絵本を比べていた時みつけたのですが、全く同じ場面で冠詞の有無が違うのです。

 

 

 

 アニメではオープニングとラストシーンでどちらもthe school sports dayと冠詞theを使った表現になっています。

 

 それに対して絵本ではオープニングもラストシーンもschoo; sports dayと無冠詞で表現されています。 

 

Today is school sports day.――Peppa Pig storybooks | Sports Day

 

“I love school sports day.” snorts Peppa,“especially when I win a prize!”

 ――Peppa Pig storybooks | Sports Day

 

 Peppa Pigを見ている人を対象に想定しているので、School Sports Dayと言えば、Peppatたちの運動会であることは明白ですから他の学校の運動会と区別して特定する必要はありません。複数の選択肢を想定しない唯一のものには固有名と同じでtheを使う必要はないわけです。しかし、Peppaたちの他の学校行事、例えば音楽会とか演劇会などを想定すれば、他でもないaportsの日ということはあり得るでしょう。

 

 もちろんCan I have time?(時間を頂戴)とCan I have the time?(時間を教えて)のように、冠詞theの有無によって意味が異なる場合には注意が必要です。また、よく知られていることですが社会的なコードであっても英語と米語で冠詞の有無が異なることがあります。

 

「I was visiting my husband in hospital are different (AmE speakers would always say in the hospital, without implying any prior mention of a specific hospital).

Rodney Huddleston他『A Student's Introduction To English Grammar』Second edition 2022

(私は病院で夫を訪ねていましたというような単純なフレーズですら異なります(アメリカ英語話者は、特定の病院に事前に言及することなく、常に「in the hospital」と言います)

 

 文法は言葉の法則と社会的コードを解説するものですが、それは絶対ではありません。言葉は慣用によって決まるときも、また選択的に決める時もあります。語感は人によって異なるということもあります。だから必ず1つの答えがあるとは限りません。

 冠詞の習得は簡単ではありませんが、規則ではなくtheの感覚として体系的にとらえて多くの用例を通して身に着けて行くといいと思います。英語のネイティブも、幼少期に多くの表現から抽象化して文法感覚をつかみます。実践の中から文法感覚をつかむのは、言葉の習得の仕方として自然なことなのですから。