<血盟ニュルンベルグの本城にて>


「何事じゃ!」
窓下の騒がしさに、沙羅夜(サラヤ)がゆっくりと降りて来た。

顔を上げると大きな獣に跨ったモノトーンの鎧の男が
城内で我軍の兵に囲まれている。  


既に辺りは夜の闇に包まれていた。
壁に灯る松明の火が、微かに揺れている。

「だから、ことみ、止まれって言ったろ。

 なんで城門の中まで・・」  
パックラは頭を掻いた。
最近、ストライダーのことみが反抗期で言うことを聞かない。

「沙羅夜様、これを」  
荷車にのっている2つの亡骸は、既に布が外されて表に晒されていた。
「これは先刻、城内で暴れたシュテルンを届けに行ったものたちで御座います」

なにぃ、・・なぜにこないな惨いことを・・」  
沙羅夜は、大きな獣の上の痩せた男を睨んだ。

「ごめんなさい。これは事故で・・・」  
と、パックラはことみから降りると頭をぺこりと下げた。

「謝って済むとでも思うておるのか」
「でしょうねぇ」と半ば観念した顔で
「やっぱり無事には済まないですよねぇ」と言った。  

その不真面目な態度に「貴様ぁ~!」と血気盛んな兵が

剣を抜いて挑み掛かった。

  
 

パックラはその兵には背を向けたままで、

ことみに巻かれた荷車に繋がる綱を解いている。   
その兵の勢いつられて周りの兵も剣を抜いて、

パックラへ四方から襲い掛かった。  

最初に挑みかかった兵の剣が、パックラの頭上に振り翳されたとき、  
咄嗟にパックラは振り返り、呪文「スリープ」を唱えた。

早い。  


スリープ、スリープ、・・呪文の連呼に

挑みかかった5人の兵は、剣を振り翳したままで止まってしまった。  

パックラは更に続けて、呪文「シャドー フレ・・

「待てぃ!」
それを沙羅夜が制した。
パックラは振り返って、沙羅夜に顔を向けた。

「うぬの魔法が炸裂すると、我兵もタダでは済むまい。

 どうじゃ、ここは取引をしないかぇ」


「取引?」パックラは首を傾げた。

「そうじゃ、おぬしがここで喉を斬って自害すれば、

 今回の事は水に流そう」


「自害・・・」
「そしてうぬらの仲間を追うのもやめる。どうじゃ」


「ホントにこれ以上・・・の」
「ああ、この四天王が1人、沙羅夜が約束する」


「・・・分かりました。四天王の方が言うのなら大丈夫ですね。
 自分はここで自害しますよ」  
パックラは魔法剣を抜くと、自分の喉元に剣の切っ先を当てた。



「あぁはははw」  
いきなり声を上げて笑い出したのは、沙羅夜自身だった。

 

「うぬは演技がヘタじゃなぁ~、その目が自害をする目か」  

 

パックラは悪戯そうな目つきで、
「やっぱりバレちゃいましたか。
 ぱっくが自害なんかするわけないでしょ」  
と、魔法剣を喉からおろした。

「なんで、あたいの話がウソだと」
沙羅夜の目は、まだ微かに笑っている。

「この自分の命と引き換えに、FREEDOMを助けるなんて
 ぜんぜん釣り合いが取れませんよ」  

(パックラは話しながら、城門に近い敵兵を後目で数えていた)


「それに、うちのクランは、自分の死よりも

 仲間の死をものすごく悲しむんです」  
(あの門に近い兵に範囲魔法をぶち込んで、敵兵が怯んだ隙に  
 ことみの首につかまって外の闇に紛れるかな・・)


「だから、ぼくは死ねないんですよ」
パックラは決めた!腕に力が入った。  

素早い動きで後ろの門に振り返り、
魔法剣を掲げて、呪文「テンペス・・  と、

そのときに、自分の背中に何かがぶつかってきた。
パックラは前のめりに少しよろけた。

「な・・なんだ?!」
パックラが慌てて振り返ると、その胸元に

沙羅夜の細い背中が入り込んできた。早い・・

「あたいの目の前で、我がかわいい兵を倒されるのは困るねぇ~」  
沙羅夜がパックラの胸に、自分の背を任せるように、

少し甘えた声で言う。

 

パックラの魔法剣を持った右腕は、自分の胸の中で背を向けたまま、
もたれ掛かっている沙羅夜の右手に、しっかりと掴れている。
(上がらない。すごい力だ・・)

「さぁ~て、この先はどうしようかねぇ~」
沙羅夜の密着した身体と、女の妖しい香がする。

「その空いている左手で、背に隠し持った小刀を抜いて、
 あたいの喉を斬ってみるかぇ」  
沙羅夜がパックラに身を任せたまま、少し顎をしゃくり上げて見せた。

  
後ろから首筋越しに見る沙羅夜の横顔には、乱れ髪が額に掛かり、

相当いい女である。
(こんな格好をにいやんに見られたら、・・)

パックラは少し困った顔をした。  
 

(まずは沙羅夜を突き飛ばして、少し空いた空間で主砲の魔法を・・)
「うっ・・」

急にパックラは目の前が暗くなり、力が抜けて膝が落ちた・・

「ん?!」
沙羅夜は素早く振り返って、パックラの腰に腕を回すと抱えた。

「うぬは病気なのか?」
パックラが、沙羅夜の細い腕の中で微かに頷く。

顔色が青い。魔法剣が手からすり落ちた。

パックラは、もう自分の足で立っている事も出来なかった。

「こんな身体のものを1人で、敵陣へ送り込むなんて、
 あんたの将はどうしようもない奴だねぇ」


「そうですよねぇ・・」

パックラが目を閉じたままで、消え入る声で同意する。

「にいやんは楽な事しかしないで、カッコばっかりつけていて、  
 面倒くさい事や汗かくような事は、ゆたとかみんなにやらせるんですよ」  
沙羅夜はその話を聞きながら、首を傾げた。
その言葉には、言っている事とは裏腹に、信頼関係すら感じる。

「だけど、なんでかな、にいやんの傍にいると、

 こっちまでカッコつけて、キメなくっちゃって思ちゃう・・」

「うぬは、そんな身体で、死にに来たのか?」  
パックラは遠くなる意識の中で、自分の死を知った仲間のことを

考えはじめていた・・
「いえ、・・・けど、・・もう、ダメかも 

 ・・みんな、にいやん、ごめ・」

沙羅夜の腕の中で、気を失った。 


パックラが乗ってきたことみは、あるじの異変に気付き、

すごい勢いで門兵を吹き飛ばすと、城外の闇へ消えていった。


パックラが、消え入る意識の中で最後に聞いた声は、

沙羅夜がbuff系のレイ(知雀玲)と呼ぶ声だった。

「これも世迷言かねぇ~。まったく世話の焼ける・・」 

 
沙羅夜は、自分の腕の中で意識の無いパックラの顔を見ながら呟いた。

その顔は、どこまでも静かで穏やかだった。

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