実は、土師氏と秦氏は同一氏族の理由 | 日本の歴史と日本人のルーツ

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渡来系氏族の土師氏(ハジシ)は、実は秦氏(ハタシ)とであった。秦氏が大陸から渡来したが、土師氏は別の渡来氏族と誤解していた。

秦氏は総称で、土師氏、その他の同族と見られた氏族は渡来前からの部族的な違いか、単なる名前の違いであろう。また、入植後に地域や時期の違いから支族が派生していったのであろう。いつの間にか秦氏の名前が目立たなくなった理由などが理解しやすい。また、土師については以下の様に深い意味があった。


理由

1 「土師=ハジ」
を古代ヘブライ語で「聖地巡礼を成し遂げた者」と言う説

2 土師とは古代ヘブライ語で「裁く者」という意味で、古代イスラエルの行政指導者と言う説

3 土師とは古代イスラエルで自然発生的な(神が選んだ)リーダーで、裁判を行って人々の問題を解決していた。戦いを率いることもあった。と言う説

ハタは、ヘブライ語で「かき集めた者」を意味する。つまり、秦氏とは、大陸のヘブライ人をかき集めた人々の総称。と言う説

秦(ハダ)氏がイスラエル民族のユダ族である決定的な理由は「秦」の読みハダにある。「ユダ族」を意味する「(ヤ)ハダ」という発音を当てた。と言う説

6 訓読みで秦、幡、長谷、土師はそれぞれハダ(ハタ)、ハタ、ハセ、ハジ(ハニ)と一般的に読むが、ハタ、ハジを共にハセと読むことがある。また、秦はハタ、ハダ、バタ、ハセと読むことがある。読みの違いは秦氏(ハタシ)の中の部族の違いや、発音の転訛などで、皆、秦氏の一員と考えた方が良い。

秦氏建立と推測される奈良の長谷寺も土師氏の氏寺の土師寺(道明寺)も共に十一面観世音菩薩が本尊である。秦氏も十一面観世音菩薩を信仰していた。

8 聖書には士師記(しし)記と題された記事があるが、検索すると、士師ではなくて、土師(はじ)と記す場合もある。長年牧師をした人でさえ、士師と記したり土師と記したりする。鉱山開発、冶金、土器製作、古墳築造などハイテクは神事であり、祭り事(政治)だからである。

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参考


以上の説の出処であるが、「土師 ヘブライ」をグーグル検索した。その他、本ブログでは、各種日本語とヘブライを組みにしてグーグル検索して結果を得た。日ユダヤ同祖論を信奉している訳ではないが、古代ヘブライ語との関連で検索すると、腑に落ちる結果が見出され、これを元に現実の疑問に応用すると目覚ましい程、自説に好都合な結果が得られた。秦氏が古代ユダヤ系と言う主張をする程の根拠は無いが、支配的なリーダー、学者、又は技術者が古代ユダヤ系とか、祭り事を行なう呪術師が古代ユダヤ系と言うことはあったと思うようになった。