HITOTSU学大好き!zakkyのブログ
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2018年04月12日(木) 18時00分00秒

人間はどこから観ているのでしょうか?

テーマ:観点の問題から始まる

実は物語風にしてお伝えしております観点のお話。引き続いて今日のテーマは、タイトルの通り、「人間はどこから観ているのでしょうか?」でございます。

人間、です。

私も人間で、あなたも人間で、お父さんやお母さんや、あの人も、その人も人間です。ここでいう人間というのは、人類といったような幅広い意味合いを持つような、そんな人間です。

誰か特別な人という訳ではなく、Aさんも、Bさんも、Cさんも、75億人いる地球人類全ても、今までに生まれては死んでいった人たちも含めて、のタイトルです。

「人間はどこから観ているのでしょうか?」

見ているのですから、目で見ています。目を閉じたら見ている景色は消えたように見えますし、目を開けたら見ている景色は現れたように見えます。

目に損傷が起きたら、
見えませんね。

目が正常でしたら可視光線を目がとらえてみているんですが、捉えた可視光線は目をとおして脳に情報が伝達されます。

脳に損傷が起きたら、
これも見えませんね。

或いは損傷が起きたなりのものが見えます。

人間は、目を使って脳で見ています。

その様にして、目以外にも耳を使ったり、鼻を使ったり、舌や皮膚を使って、脳で見ています。五感覚という言葉を聞いたことがあるかと思います。耳・目・鼻・舌・皮膚がもつ感覚のことで、ここで情報を受け取り脳へ伝達し、脳で見ているんですね。

人間が何かを見るときには、人間の五感覚脳が働いています。五感覚脳を持ち合わせているのは、この地球上には、イヌやネコもいますし、その他、多くの存在が五感覚脳を持ち合わせていますね。

人間は、人間としての五感覚脳によって見ていますので、ネコの五感覚脳によって見える世界と、イヌの五感覚脳によって見える世界と、違う世界を見ていることになります。

人間であれば誰もが皆んな、
人間の五感覚脳から、

見ています。

2018年04月11日(水) 18時00分00秒

観点。それはそれは深い

テーマ:観点の問題から始まる

どう見えているかや、どう思っているかなどは、人間関係を築く上であったり、人と何か作業をする上であったり、複数人で何かに取り組む際にはととても大切なことだと思います。

ですから、

このようにしよう、あのようにしよう、という話だけをするよりも、このように見えていますだとか、このように思っていますだとか、そうしたことの共有を時折、はさんでいくことは物事を進める上ではとても大切なことですね。

仕事でも恋愛でも家庭環境を築く上でも。

ですが、ここにもう一つ加えるとよいのが観点です。どう見えているか、どう思っているか、なども観点の内に入るかと思いますが、ここでいう観点は、更に深いところを指しています。

どうして、その様に見えているのでしょうか?
どうして、その様に思っているのでしょうか?

観点があるから、その様に見えているし、その様に思っています。観点がなければ、その様にも見えませんし、その様には思えません。

観点は、どこから観ているかという自分の立ち位置です。自分がその立ち位置に立って、見るときにはその様に見えますし、更に、そこから始まるから、その様に思えたりするんですね。

先日の例にもありましたが、

ウンコを見ているハエがいますし、
ハエを見ているカエルがいますし、
カエルを見ているヘビがいますし、
ヘビを見ているタカがおりますし、
タカを見ている人間までいますし、

タカを射抜こうと弓を構えている意識の状態がありますが、その意識の状態を見ている無意識もありますし、更にはその無意識の状態までを見ている何かまでがありますし。

自分の立ち位置をどこに置いているかによって見えているものは全然違ってくる訳ですね。

スポーツは主に体を動かす競技ですが、スポーツも突き詰めていくと体を動かす主体は何なのかとい問いに行きつくそうです。

それが意識です。

意識を動かそうとすると、更にその意識を見ている何かに自分を置いておかないと意識を自由に動かせません。どの世界も、プロになればなるほど、意識を管理することを重要視しますが、プロの中の更なるプロは、意識の状態そのものよりも無意識の状態を整えることに取り組んでいます。

自分の立ち位置がどこなのか?
どこから観ているのか?

それが観点です。

日ごろ自分の体を、その様に動かして、その様な姿勢を維持して、、、といったことに多くの人は関心がなかろうかと思います。そのことを意識するよりも更に深いところにあるのが観点です。

2018年04月10日(火) 18時00分00秒

観術から見た観点という意味

テーマ:観点の問題から始まる

以前、本ブログの記事で、『観点とは、どこを見ているか、、、ではありません』というタイトルで書いたことがあります。どこを見ているかだけではないのでしたら、一体どういう意味合いだったと考えれば良いのでしょうか?

今日はそれに触れたいと思います。

先日、観点とはどこを見るかという切り口に加えて、どこから観ているかという切り口も組み入れた意味合いを帯びていることをお伝えしました。

どこから観ているのでしょうか?

ここに分かりやすい話があります。
よくNohさんが話すことです。

ウンコを見ているハエを見ているカエルを

如何でしたでしょうか?
何を思われたでしょうか?

食事を食べようとする存在と
今にも食べられそうな存在と

2種類があったと思いますが、この話に登場しているウンコはもとより、その後に登場してくるハエも、カエルも、ヘビも、タカも、皆んながみんな別の存在に狙われていました。タカは人間に食べられるかどうかは別としまして、自らの自由が脅かされているという意味ではどの存在も同じ危機的状況にありました。

ハエは、ウンコを見ている時は自分が食事をする側でしたが、ハエを見ている存在が他にいるということです。カエルから見たらハエも食べられてしまう側です。

どこから観ているかという切り口を紹介している中での話ですが、何か感じられることがありましたでしょうか?

この話からも見て取れそうですね。
まさにどこから見ているか、です。

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