ミュージシャンに転職 | スガ シカオという生き方 ~history of his way~

スガ シカオという生き方 ~history of his way~

1997年デビュー、2011年フリーランスとなった音楽侍スガシカオさんの記録。
本名:菅 止戈男。戈(ほこ)を止める=争いを止めることが「武」の本義であるという孔子の著から取られた名前に込められた思い、それに恥じない生き方の足跡。


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総合転職「サイトマイナビ転職」の毎日新聞 2007年4月17日全面広告
$スガ シカオという生き方 ~history of his way~

転職って広告が言うほどカンタンじゃない。

仕事はうまくいっていた。
それでもやりたいことがあった。
辞表を書いたのが28歳。
サラリーマン時代に貯めた100万円を手に、
家に独りこもって曲作りに没頭した。
自分は天才だと信じる心と、もしかしたら
ダメかもしれないという心の間で揺れた。
それでも曲を書き続けたのは
自分には音楽しかなかったから、
30歳でデビュー。業界の常識では考えられない
遅すぎるデビューと言われた。
あれから10年。
僕は歌う。君は? スガシカオ



総合転職「サイトマイナビ転職」の毎日新聞 2007年4月18日全面広告

$スガ シカオという生き方 ~history of his way~

なんでもできると思っているうちは、なんにもできないよ。

あまり夢をつぶすようなことは言いたくないけど。
今まで自分がやってきたことにしか
未来はないんじゃないかな。
だから、小さなことしかできていなければ
それを積み重ねて大きくしていけばいい。


ア-ティストに転職した男 スガシカオ

総合転職「サイトマイナビ転職」の毎日新聞 2007年4月19日全面広告

$スガ シカオという生き方 ~history of his way~

ほんとの勇気って、自分を大事にしすぎないこと。

自分のアイデアをかわいがりすぎるな。
そうサラリーマン時代の上司に言われたんです。
自分の作品をかわいがりすぎると、
どうしても客観的に見えなくなってしまうから。
かなり難しいことですけど。


ア-ティストに転職した男 スガシカオ

総合転職「サイトマイナビ転職」の毎日新聞 2007年4月20日全面広告

$スガ シカオという生き方 ~history of his way~

ミュージシャンになりたいと願っていたら、ミュージシャンになれなかった。

どんな職業につきたいかではなく、どんな風に生きたいか。
そこを考えて転職したほうがいいと思う。
僕も、ただミュージシャンになりたいと願っていたら
失敗したはず。
より多くの人の心に何か残したいという想いは、
会社員の頃とブレていなかった。


ア-ティストに転職した男 スガシカオ


2007年これらのメッセージとともに人材情報サービス「マイナビ転職」のCMに「ミュージシャンに転職した男」として登場。

業界の常識では考えられない30歳という年齢でデビュー。根拠のない自信と諦めない気持ちで業界の常識を覆したスガシカオ。

テレビのCM曲として使われたのが、アルバム「PARADE」収録曲 「HOP STEP DIVE」

この曲は、Mr.Childrenの桜井和寿さんに向けて作られた曲でもある。

スガ「丁度このアルバム製作時に、桜井くんが、もの凄く落ちこんでいて、桜井くんに今言える応援歌があるとしたらどんなのがあるかなって言う思いで作った曲なんです。
僕がスランプの時に「HERO」に救われたって言うのもあって、何かそういうのがあればいいなって思って。」

桜井「でも、凹んでるのって忘れない?僕はホント、すぐ忘れちゃって。」
スガ「おいおいおい、あんだけ心配させといて!(笑)」


スガシカオの楽曲史上初の、鍵盤楽器が入らない楽曲で、セルフアレンジに拘っていたスガシカオが、この曲のプロデュースは、東京事変の亀田誠治さんに全てまかせロックテイストに仕上げてもらったのは、Mr.Childrenを意識したいきさつがあったからかもしれないです。

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