今出させていただいている『有田哲平の夢なら醒めないで』という番組があるのですが、その中である女性ゲストが好きな男性のタイプとして「銀杏(ぎんなん)の皮の剥き方」と言っていて、その台詞がとても強く残っています。

 

その番組では「どういうシチュエーションで相手にときめくか」とか、そういうのを再現VTRでやるのですが、もちろん胸キュンする王道として「二人きりになったときに思ったよりも優しく接してくれた」とか色々なパターンがあるのですが、「銀杏の皮の剥き方」ってすごいなと思ったのです。そして、そういうことを言う感性って本当にすごいとも思ってしまって。

 

銀杏ってピスタチオと違って、皮つきのまま出されると熱いし、でも中身も熱いうちに食べないとおいしくない。だから相手のために必死に剥いてあげる。それが短気な人だったら「自分でやれよ」と突っぱねてしまうだろうし、相手よりも自分のことが大事な人でも、多少乱暴な剥き方になると思うのです。

 

そして、自分が子どもだった時のことを思い出して欲しいのですが、子どもの頃、具合が悪くなったときにお母さんとかお祖母ちゃんでも良いのですが、果物を剥いてくれたりしましたよね。

 

果物なんて自分で皮を剥いて食べられるんだけど、誰かに剥いてもらうと心に染みるやさしさを感じる。

 

「やろうと思えば自分でできるんだけど、相手のためにやってあげられる小さなやさしさ」

 

それが何かこの銀杏の皮のエピソードに包まれている気がしたのです。

 

季節のものを一緒に食べに行く。

 

それは大がかりな刺激でもないし、地味なことなのかも知れないけど、もしかしたら「一生の記憶に残ること」って、そういう小さな範囲の、小さなやさしさが詰まったものなのかなぁと思いました。おわり。