相手にどう思われているか?たまらなく気になるアナタへ・・ | 自分に優しい自分軸の見つけ方

自分に優しい自分軸の見つけ方

がんばってもいい、がんばらなくてもいい
自分を大切にする生き方のヒント♡

唐突な自己紹介ですが、かなりアナログです(笑)

(つまり、機械音痴!)


急にテレビが映らなくなった!パソコンがウンともスンとも言わない!とかとかの緊急事態のときに、説明書を熟読しながら、自分なりにやりきって、もうどうしようもない!の時に、問い合わせ先へ電話!ということも度々。


今日も、スマホの待ち受け画面がいつもと違う!変な線がでてくる!ということで、携帯屋さんにお世話になりました。


機械音痴なだけに、電話のやりとりも、音痴なまま「ホームに戻るって、どこを?」とか、「変な画面がでてきたんですけど」とかとか、ひと手間もふた手間もいただいてしまうのですが、根気よく親切丁寧にサポートしていただき、おかげで無事解決!!


お仕事といえばそうかもですが、きっと他の方よりも手間も面倒も時間もかかっているはずなのに、親切丁寧、根気強く、サポートしていただき、電話なのに頭をさげながらお礼をお伝えしてしまう程の感謝の気持ち満タン。



周りの方からよく聞くのは、問い合わせをして、役に立たなかった!苛々した!などなどという話を聞いたりもしますが


わたしは、そのような思いをしたことは、記憶の限りで一度もなくて、たまたまイイ人に恵まれた!ラッキーだった!だけでもないような気がしていました。



自分を振り返ってみると、キーワードは「恥も外聞もない」。


ほんとうに困っている!どうにか解決したい!のですから、相手にどう思われる?とか、相手のことをどう思っているとか?は、よぎることもなく必死で、なりふりかまっていられないのです。



普段の自分を観てみると、相手にどう思われるか?を、気になって仕方ないし、相手の言動にいちいち反応して揺さぶられている。

(揺さぶっているのは自分なのですが・・(笑))


相手が、自分のことをどう思っているか?

自分が、相手にどう思われているか?

主語に違いはあるものの、どちらも相手次第ということになります。


自分の人生を相手に預けているようなもので、その度に一喜一憂しているのは、相手のせいではなく、自分の思考の中にあることに腑に落ちました。


そもそも、相手にどう思われているか?と、相手にどう言われたか?は、思考と事実という違いがあって、一喜一憂している自分は、思考を事実として思い込んで決めつけていた。



自分の人生は素晴らしい!と、胸を張るまでではなかったとしても、

だとしても、自分の人生を誰かに預けて生きることは、不安定で、生き苦しいです。


自分なのに自分じゃないというという違和感は、自己肯定や自己承認を傷つけ続けます。



こんなことを思っているうちに、相手からどう思われているか?を気にしてしていることが、超勿体ない!と、思えてきました。


永遠のテーマだと思っていたけど、永遠ではなかったみたい(笑)



自分の人生を進むもう!!

ゴー!ゴーーーーーー!自分!!

ゴー!ゴーーーーーー!あたなも!!