今日は、人にゆずる!と、欲しいものを手に入れる!の深い関係性を、さらに「ぐぐぐぐぐっ!」と、突っ込みます。
昨日のブログゆずる~学び方や成長のペースは人それぞれの巻 に登場した
お友達から「かして~」と言われると、「いいよ~」と、子どもの人気キャラクターしまじろうの様な娘。
「譲る」を実践しながら、お友達のありがとう!をとおして、自分も嬉しい気持ちになったり、譲ることはいいこと!というマニアルを、ひとつひとつ超えて、自分のモノにしているようでした。
これは、これで、たしかに素晴らしいことだと思うのですが
それとは別に!
自分が本当に使いたいものまで譲ったり、突然奪われることがあっても、うつむいたまま何も言えずにいるのです。
「自分の気持ちを言っていいんだよ。」と、さりげなく促しても
「いい・・・。大丈夫・・。」と言って、母の私には「自分さえ我慢したらいい」と、欲しいものを手放しているように映ります。
長女で育ってきた私も「お姉ちゃんなんだから!」を通して、娘の心境や行動が、わからなくもありませんが
欲しいものは「欲しい!」と、言葉にしないと、相手に伝わらないないのです。
もっと言うなら!
相手に伝える、伝わるどうこうの前に
欲しいものを手に入れてもOK!という、自分自身への許可が出せなくなり
欲しいものを手に入りそうになると「手に入れていいんだろうか?」と。躊躇や罪悪感も生まれてきたりもします。
さらに言うなら!
欲しいものを手に入れるに値しない自分!というように、自己否定にもつながります。
自分が心の底から本当に欲しいもや大切にしているものは例外か?といったら、そうではないようで、繰り返されれてきたいつもの思考に入りがちです。
欲しいものは欲しいと言っていい!
欲しいものを手に入れていい!
・・・のベースにあるのは、自己への許可、自己肯定、自己承認で、
実は、自分自身で創っていくことは、並み居大抵のことではありません。
先にも書きましたが、これまで繰り返されきた思考は、変化することを必死で食い止めようとしますから。
こんなに変わりたいのに、なぜか、変われない!のも、その1つです。
だから、言いたい!
あなたは、欲しいものを手に入れていいんだよ。
あなたは、欲しいものを手に入れるに十分値するあなたなんだよ。
何度も言うよ。
何度も伝えるよ。
あなたは、あなたが生きたいように生きていいんだよ。
わたしは、いつも、望んでいるよ。
いつもいつも、一緒にいるよ。
