稀有な人生 | 小林茂子オフィシャルブログ「生きてみよ、ツマラナイと思うけど」Powered by Ameba

稀有な人生

私は富士銀行で鳥越支店に配属された。

仕事は主に支店に回ってくる小切手と現金の帯封だった。

慣れない手つきで100万円の束を作る。

日常変わることない日々だった。

一心不乱に束を作っているとわずかに支店のざわめきを感じた。

とはいえ、私は支店長も入れない囲いの中だった。

しばしざわめきは、囁きに変わった。

すると課長が飛んで来て「君にご用のあるらしいお客様が店頭に」

私は鳥越に知り合いはいない。

しかし連れられて店頭に出て驚いた。

黒紋付きという正装で柳家小さんが立っていた。

黒紋付きも異様なら、テレビコマーシャルに出ている人も異様だった。

皆息を潜めている。

しかし全員の視線は私と小さんに向けられている。

私を見つけると小さんは、嬉しそうに懐から袂から巾着から100万円の束をカウンターに積み上げた。

当時の私の給料は税込3万円だった。

次々に積み上げる100万円の束と黒紋付きとコマーシャルに出ている人。

数人の客も何十人の銀行員も固唾を飲む。

そんな中小さんは私に「茂子、どうして欲しい!?」と尋ねた。

新入行員の私は人々の視線を浴びながら「帰って」と言った。

今でこそ咄家という仕事に誇りを持てるが18歳の私には黒紋付きを着ていようが、落語協会会長だろうが恥ずかしかった。

帰って…と言う私に仰天したのは課長だった。

すぐさま支店長室へ小さんは、一千万は楽に越す札束と一緒に消えて行った。

後に残された私には「ねぇあの人知り合い!?」と言うたくさんの質問が残された。

私は「知らない」と答えた。

そんな嘘はまかり通らなかったが私は沈黙で周りを拒絶した。

まだその頃銀行は、お客様に定期預金を積んでもらい融資をするという健全体質だった。
1時間はいただろうか。

「おい茂子、よく皆さんに頼んでおいたからな!!」と言う言葉を残し小さんは支店長達に見送られ帰って行った。

そのすぐ後私は支店長室へ呼ばれ「多額な預金の上小切手までお作り戴いた…以後は立派なお客様だ。帰って欲しい等と言わないように」

預金はわかるが小切手とは考えた…またちょいちょい来るつもりなのだろう。

私は肩を落とした。

一般人に溶け込むつもりが浮き出てしまった。

「あの人テレビコマーシャルに出ている人が保証人なんだって」

「すごいね!テレビに出ている人。」

そしてそのすぐ後に私も「木島則夫モーニングショー」に出た。

一般人に紛れられない人生のほんのさわりだ。