血の系譜 (弟の逃亡)
8月は夏休みで明るい母子家庭が弟の離婚で曇った母子家庭になっている。
弟を脅かし金を出させて夏休み母を連れ、北海道へ行った。
旅慣れぬ母とうるさい子供達、修行僧のように何があっても母の機嫌を直す事が目的だったから我慢した。
母も北海道の大地と涼しさで頭も冷え怒りもおさまり機嫌も良くなった。
幼稚園も学校も始まり、ホッとしたのもつかの間。
弟の事務所に税務署が入るという。
税理士に言われ帳簿と領収書を整える中、電話が入った。
日刊スポーツの記者からだった。
『もう待てませんから書きますよ』
『何を?』
『三木助さんの離婚ですよ』
我が家は弟の離婚は一段落して、来たる税務署に向け闘いの火蓋が切られようとしているのに何故今頃。
『明日の新聞記事にしますから』
と言って切られた。
弟に連絡すると
『らしいね!俺ちょっと浜松に行くわ』
浜松の仕事は4日後なのにも関わらず
『浜松?』
『うん、後宜しくね!』
てっきり私は後宜しくは税務署の事だと思った。
弟にはお金の管理が出来ない。
私は彼の事務所の経理も兼ねていた。
後で解った事だが車検費用は新車を買うのと同じ費用がかかると弟に教わり、つねに2年ごとに車を買い変えていた。
車検費用は新車を買うのとは雲泥の差があるのを知ったのは弟の死後だったから、あまりたいしたことのない経理だった。
しかし税務署とは闘う気合い充分だったから
『後は任せて』
と送り出したが任された内容は違うものだった。
その頃まだ私はワイドショーの恐ろしさを知らなかった。