そして恋が降ってきた【後編】

<第二十三章>決戦の時

 

 

マンションのインターフォンの前に立ち、

呼び出しを押す。

ロックが解除され、博之とトモコの二人は

健太の待つ部屋へと向かった。

 

『岡村』と書かれた

表札を見つける。

チャイムを鳴らすと、トオルとユキエが出てきた。

 

トモコは内心“やっぱり”と思う。

ユキエは昔、トオルの通っていた大学で見かけた少女だった。

当時から二人はお似合いだった。

 

あの時のトモコの目には

今の二人の姿が

見えていたのだと思うと、

少し切ない気持ちが蘇ってくる。

 

あの時、自分が諦めた未来を

見た気がしたのだ。

 

だが今は、感傷に浸っている場合ではなかった。

 

「こんばんは、ユキエさん。

健太がお世話になってます。」

 

「トモコさんですね、はじめまして。」

と、ユキエが応えた。

 

「玄関先じゃなんなんで、上がってください。」

「お邪魔します。」

二人が中に入ると、

健太がトモコに向かって走ってきて、

そして彼女に抱きついた。

 

「お母ちゃん。ヒロさんも来てくれてよかった。」

「!?」

トモコが目を丸くする。

博之も解せない顔をした。

 

リビングに通されると、

ソファに座るよう勧められ、

ユキエが二人にお茶を出した。

 

 

 

「今日うかがったのは、他でもない

健太くんの件です。」

博之が切り出した。

 

「トモコさんにとって、

自分の命よりも大事な健太くんの事です。

彼の幸せを考えれば、岡村さんのところで暮らすのが

一番良いのではないかと、ずっと悩んでました。

健太がお父さんに会いたがっていたのにも

気付かないダメな母親だと

自分を責めていたんです。」

 

彼が一息に言うと、お茶を飲み干した。

ユキエがすかさず注ぎ足す。

 

健太の目に、涙が浮かんでいた。

 

「だけど、どうしても

健太と離れて暮らすのは、無理です。」

トモコが搾り出すように、言った。

 

「健太が無事に大人になるまでは、私の元で

育てたいんです。

それが私のわがままだとしても、

もう大事な人と離れて暮らすことは、できない。」

 

トオルの胸が苦しくなった。

健太の言っていた意味が分かる。

 

“悪役は、辛いぜ”

内心そう思っていた。

 

でも、それからはもうすぐ解放されるはずだった。

 

トオルはユキエに目配せをする。

彼女が一通の封筒を持って、博之に手渡した。

 

「健太くんを、諦めるのは

この書類にサインをしてもらうのが、条件です。

その覚悟を持たないのなら、

あなたはこの話に口を出さないでください。」

 

冷酷な口調で、トオルが博之に言う。

 

“よし、これで助演男優賞はいただきだ。”

 

博之とトモコは二人で顔を見合わせると、

彼がゆっくりと、封筒の中身を引っ張り出した。

 

 

 

 

 

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