いばら姫LOVE AGAIN 

<第十二章>急接近

 

 

夕方、会社帰りだろうか?

また内藤くんがやってきた。

 

彼のことを嫌いなわけではないが、

なぜ彼が雅に執着するのかが、

彼女には分からなかった。

 

彼は手土産に

アップルパイを持ってきてくれていた。

 

「ありがとう。」

彼女がそう言うと、

彼は雅に謝った。

 

「昨日は、すみませんでした。

まだ意識が戻ったばかりなのに。」

 

・・・・・そういう問題でもない気がするが、

せっかく謝ってくれているので、

素直にその気持ちを受け取る事にした。

 

「気にしてないから、大丈夫よ。」

 

一瞬間が空く。

 

「・・・・ああ、もう。少しは気にしてくださいよ。」

 

内藤くんが、ため息をつきながら言った。

「すみません、こんな事言うつもりじゃなかったんですけど。

山中さん、鈍すぎます。」

 

「はあ?」

 

「俺、山中さんの事、ずっと好きだったんです。」

また内藤くんが、近い距離に詰めてきた。

 

雅は彼に見えないように、

ナースコールボタンを隠し持つ。

 

「それは、昨日聞いてなんとなく分かった。」

「そんな俺に、旦那さんの悩みを聞かせてたんですよ?貴女は。」

 

「そうなの?」

それは思い出せない。

都合悪くて消えているのか、

夫関連の記憶がごっそり抜けているのか?

 

おそらく後者だろうと、雅は思った。

 

「・・・・あの、これ弟にしか言ってないんだけどね。」

雅が口を開いた。

「その旦那さんにまつわる記憶だけが、無いの。」

 

「へ?」

鳩が豆鉄砲を食らったような顔だった。

 

「ごっそり抜けてるの。旦那さん関連の話だけ。」

 

それを聞くと、

内藤くんが少し難しい顔になった。

 

「それはつまり・・・・“忘れてしまいたいから。”では無いんですかね?」

「何を?」

「旦那さんの事に関する記憶が、

辛くて忘れてしまいたいことだったんじゃ?」

 

そう言って、彼は雅を抱きしめた。

ふんわりと、ブルガリが香った。

 

「あ、いい香り。」

思わず言うと、彼の腕の力が強くなった。

 

「山中さんも、シャンプーのいい香りがします。」

内藤くんが、至近距離で彼女を見つめた。

 

その色素の薄い瞳に、釘付けになる。

綺麗な顔だなと思った。

 

「ねえ、旦那さんのことを忘れてしまったのなら、

俺の事、見てくれませんか?」

彼の顔が近づいてくる。

 

心なしか彼の目の色が、変わった気がした。

 

“これは、まずい。”

 

彼女はそう思い、

「ダメッ!」と言いながら、

ナースコールのボタンを押した。

 

 

 

 

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