パラリンピックが終わりました。

私はオリパラをコロナ感染防止の視点から反対していましたが、

外国からの選手たちなどに大きな感染もなかったのがなによりだったと安堵しています。

どの選手たちも素晴らしい結果を出したと思います。

私はランクとか数値とか表彰とかにはまったく関心がなく、どうでもいいことです。

どこの国が買ったとか、誰が新記録を出しとか、金メダルを噛んだとかはがれたとか、

そういうことはやりたい人がやっていればよいことだと思います。

 

障がいがある方たちが活躍する姿を見て、

五体満足である自分が、走ることも、泳ぐことも、

なにもかもできないということに、

改めて驚く次第です。

私はもっともっと努力しなくてはいけないということなのでしょうか。

 

針仕事でさえもうまくできない私がいつも思い出すのは

中村久子さんと言う人のことです。

赤ちゃんのころに手足の先が壊死する病気になって、

親がハサミで手足を切りおとしてしまいます。

その後押入れのなかで監禁して育てられますが、

それでも、手足がなくても他の人と同じようにと躾られ、

ヤクザに売られていった「みせもの小屋」では

見事な習字を披露するようになり、

手指がないのに恐ろしく細かいレース編みの人形の服を編んだりするようになります。


私は中村久子さんが実際に編んだセーターや人形の着物などが展示してあるという

飛騨高山の高山別院まで行ったことがありますが、

それはそれはひそやかに展示してあり、

中村さんの壮絶な人生と素晴らしい作品の数々の裏に、反社会的な人たちがいたことも

公にできないことなのだろうかなどとも思ってしまいました。

 

中村さんは見世物小屋で働いていましたが、

独立します。

独立精神はすごくて、3度も結婚して、お子さんもいます。

 

中村久子さんのHPには、彼女の語録が紹介されていますので、転載させていただきます。

 

『人生に絶望なし如何なる人生にも決して絶望はない』

『手足なき身なしあれども生かされる今の命の尊かり』

『手はなくも足はなくともみ仏のそでにくるまる身は安きかな』

『「貧困・差別・別離」から、「労働・結婚・子育て・学び・感動」を生み出し私を救ったのは両手両足のないことからでした。両手両足のないことに感謝しています。』

『「精神一到何事不成」この文字こそは、世に稀な不具の身でありながら私をして、たとえまがりなりにも、苦難の連続にいどみつつ世の荒波と闘って今日あらしめた母の教えに心から感謝しております。』

『私を軽蔑し、私を酷使した方々でさえも

いまになって思えば、

私という人間をつくりあげるために

力を貸してくださった方々だとそう感じているのです』