記者クラブのジャーナリストが、
フィンランドに視察に行ったそうです。

フィンランドでは低所得者を対象としたベーシックインカムを実施。
約7万円の支給があります。

でも、7万円では充分ではないので、
みんな働くそうですが、
でも、基本的な生活はできるため、
仕事を選ぶことができるのだそうです。


ここで、ちょっと考えました。

7万円しゃなくて、毎月50万円の収入があったらとうするだろうって。

当然、仕事をしなくなる人がいるでしょう。
毎日ゴロゴロしているとか、
贅沢なランチ三昧とか?

でも、結局は、どこかで、何かのお金を使うわけで、そのお金は循環していくのではないでしょうか?

日本のある会社で、「やりたいことしかやらない」「やりたくないことはやらない」というルールで、好きなときに出社して、好きなときに休んでいいというスタイルにしたら、生産性があがったという事例があります。

もっとも、すべての仕事がそうなるわけではなく、ルールや規律を守る仕事もなくなることはないでしょうが、未来には、単純作業はロボットに取って代わられるとも言われていますから、働き方も多様になることは間違ありません。

「もし、毎月50万円あったら」と考えたとき、
仕事のやり方や、日常の過ごし方がかわるでしょうか。

たとえば、仕事を頼まれたときに「いくらか」ということを一番最初に考える人がいます。

それはそれでひとつの考え方です。

でも、「お金がもらえるから、それ相応の仕事をする」というのは、ご褒美目当てに芸をする犬となんら変わらないのではないでしょうか?

「仕事」に対する考え方と目標が対価で評価されるということはわかりやすい一方で、対価や評価が見えないものがないがしろになることもあります。

医療や文化が発達した現代では、どんな人であれ、生きていく権利が認められています。

本当にやりたいことをやって生きていこうと考えたときに、安定収入のないことが不安材料にならなかったら、もっともっと、夢が広がるのではないでしょうか?

そんなことを考え、高額ベーシックインカム実験都市とかできないかなあと思いました。