価値観の違い | わたら瀬店長のブログ
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価値観の違い

『価値観の相異です』よくゴシップの離婚原因で語られる言葉。

しかし、よく考えてみて下さい。"価値観"とは自己を形成する要因の非常に要の役割をしているということを。
つまり、それは人それぞれ
十人十色ということです。
また、それが似ているから番になるかというと意外とそうでもなし。
逆にそれぞれが反対の方が、まるでジグソーパズルのようにちょうど組み合ったりする。

その意味で価値観の相異を、
受け入れるか受け入れないか、
これが人を巡る関係性を構築していく中でとても重要となってくるでしょう。

ある人がそれに「価値がある」としたとき、「ゴミと同じだ」と感じる人もいる。
買うときには大金をはたいて手に入れたのに、今やお蔵入りで全く使わないモノ、その人にとってはもはや価値はないのも、他人の手に渡ればまた価値が。
といった様に物事の価値観は多様な広がりを見せ、さらにそれが等価交換できないものであったりします。

わらしべ長者 というおとぎ話をご存知でしょうか。
主人公は物物交換によって

藁しべ→アブが結び付けられた藁しべ→蜜柑→反物→馬→屋敷

という富を得ることになりました。

つまり、ただの藁しべがお屋敷に変わってしまうというお話。
一般的には藁しべが屋敷に転じるという、この価値の交換は不釣り合いに感じます。

しかしここでようやく「価値」とは何か
という哲学的な問いに触れることになります。

そもそも等価交換という概念は、この問いに照らした時に成立しません。
この意味での「価」は資本原理に基づいた貨幣価値、つまりお金です。

なぜならば、この価値観の、「違い」によって、先の主人公は偶然にもまるで錬金術のような技をやってのけたのです。

価値とは常に多様性があり、人によって様々に変化する、という前提では等価交換という定義は存在しません。

また、それを巧みに利用して"あがり"を得るということがいわゆる商売であったりします。

ただ、商売においては顧客と商売主との「等価交換」が前提であります。

商売主が100円で仕入れたトマトを、冷蔵庫でよく冷やして綺麗に切り分けて盛り付ける。
顧客はそれを300円で購入する。

これはこれで、顧客にとっては
等価交換なわけです。
まるでマルクス、ケインズの様相を呈してきましたが

人が、価値を感じるものを、ことを生み出すことは容易ではありません。
そしてその違いを認める。
さらには、それを持続させること。


その意味で、故野村監督の様な夫婦像や、何百年も続いている老舗旅館、伝統文化、芸能
はやはり尊いのだろうと。
ちなみにコレは私の価値観。

わたら瀬も頑張ります。

わたら瀬店長//