ジジの一言

ジジの一言

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小豆島霊場 第80番札所【 子安観音寺 】にて 無病息災 無事成長の お加持をしています

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【 大本山 小豆島大観音 仏歯寺 】
ジジの 一言です



巨星 墜つ

2021年 午前 11時 24分 [若大将シリーズ]や[北の国から]などで名役を演じた 国民的大スターが老衰のためにお浄土に旅立ちました。

「 えっ 88才!」

[ 若大将シリーズ ]では 青大将役を演じ 若き日 わたしも 映画館で 当人になった気持ちで 手に汗で観ていましたから 大スターは 逝去 88才と言われても 永遠の 若大将であり 青大将なのです。


ご本人の事を 綴った ご遺族の方からの メッセージがありましたが お亡くなりになる瞬間まで前向きで わたしたち 遺されたものの 血となり活力となると 思いますので ちょっと 紹介させて頂きます。

【 故人は 最期の日まで みなさまの 励ましを支えに 前向きに生きる気力と 周囲への感謝を 持ち続けていました。

出演させていただいた作品を通して 故人を思い出して 頂くとこがあれば 幸甚に存じます 】
            遺族

「 一緒にいるだけで 楽しい気持ちになる素敵な俳優さんだった。あんな 日本人がいた事を 誇りに思う 」
            映画監督


ご遺族のメッセージは 最期の最後まで ポジティブに 生きる気力を保ち ファンや 皆さま 其々に 感謝をしながら 旅立っていったと 書かれていました。



還暦や 古希を迎えて「 ああ 家も建ったし 家族も 一人前になって みんな 出ていった。会社も 定年になって これから 何に励み どうしたら良いか 分からない 」と 真剣に 考えている 団塊の世代の方も 多い事でしょう。

此処で 残された時間を 如何に 有効に使うか?このまま 無為に 死に向かっていくのは 大きな差が できますね。

人生には 退職という 言葉はありません。
1日 1番 、人生の先輩が 残してくれた 最後の総仕上げをするには 最早 時間もないのです。



わたしは 小豆島のシンボルとして [小豆島大観音]を 建立させて頂きました。

その落慶法要の 数年前に 大観音の近くに テニスコートが 19面もあるような 巨大リゾートホテルが 建ちました。

社長は 子安観音寺の 近くの地区のご出身で 島外で 大成功をなさり 会社を幾つか持っていて「 人生の 終焉を前にして 島の人たちに ご恩返しがしたい 」と 発願なさったのです。

もう とっくに 他界なさっていますが その時の 社長のお年は 満70才でした。

「 わたしの息子と 同じくらいの年齢の 住職が島のために 大観音を建立するのは 嬉しい 」と我が子のように 可愛がってくださったのは 言うまでもありません。


30年の時間と空間の中に 歴史の変遷があり
めでたい事に この度、新しい会社が 引き継ぐことになりました。

やはり 小豆島出身の社長で 単身 島を出て 苦労に苦労を重ね 今の 礎を築いたのでした。

社長は 皆さんに 申します。

「 苦労に苦労を重ね皆んなで築き上げた 3社か4社ある 会社は 息子が 引き継いでやってくれることとなりました。

尽きましては 残された人生を わたしを 生み 育て 育んでくれた 島の人々の為に 尽くそうと思う 」

ホテルに 行ってみますれば その一角に ハンモックやブランコがあり 憩いの場として 生まれ変わっているようです。

そして その社長も 72才です。



みなさん どうですか ?
定年退職して ホッとした 今、何かをしようかと思いますか 。


島の同級生は くる日もくる日も 釣り三昧という人も います。 

小さな 畑で 収穫を楽しんでいる人もいます。

昔楽しんでいた 楽器を 練習して 子供や孫たちとセッションを組んでいる 人がいます。

そして「 邪魔になる 粗大ゴミ 」と 言われながらも 何もしないで お家で ゴロゴロしている人がいます。



終着点は はっきりと 見えているのです。

立ち止まった 今、進むか 止まるか 退くかで、180度 変わってきます。



女あり ふたりゆく

若きは うるわし

老いたるは なお うるわし
ホイットマン

       村垣 慧晃 合掌🙏