ジジの一言

ジジの一言

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小豆島八十八ヶ所霊場 第81番札所
《 恵門ノ不動 》の 前本尊さんです

【 大本山 小豆島大観音 仏歯寺 】
ジジの 一言です

画面を クリックして 是非 ご覧になってくださいね



いろんな 経緯の中で お釈迦さんが 十方世界といって ありとあらゆる所で お釈迦さんの分身として 教化している 仏さんを 1ヶ所に呼び寄せて 説法する事に なりました。

お釈迦さん 自ら 密厳国土 壇上を 隅々まで清浄にし「 今や 遅し 」と 待っていたのですが 余りにも 分身の仏さんの 数が 多くて 壇上から 溢れてしまう始末です。

東京ドームの 何千倍もある 道場に 入れきれないで 場外にまで 長蛇の列ができているのですね。



[ 分身 ]と 申しても ピンと こないでしょうが 恵門ノ不動の[ 願文 ]の中で 不動明王さんの 紹介を このように 書かれています。

( お不動明王さん ) は 大日如来の 分身であって 5人いる 明王さんの中の リーダーである。

お身体は 青黒く 背中には 迦楼羅焔 ( 炎 ) が 燃えさかっている。

わたしたちは 常に 貪欲になってみたり 思い通りにならなかったら 怒ってみたり スネてみたり グチグチと 愚痴ばかり 言ったりしますが これは わたしたちの 煩悩からくる性なのです。

96種の悪と いいますが わたしたちが 持っている ありとあらゆる 悪いもの全てを 背中に 抱いている[焔]によって 悉く 焼き尽くして しまいます。

わたしたちは 身も心も 清浄になるのです。

お不動明王さんは 怖い顔をして 刀と羂索 ( なわ ) を 持っていて わたしたちの 心の乱れ 行動のみだれ 考え方の乱れを 修正して くれますが 実は 大日如来の 分身であって お心は 大日如来 そのもの なのです。

[ 分身 ]
分かって 頂けたでしょうか?

そして 今回の 大集会は[智慧や慈悲]を 授けようとおもうと お観音さんに [知恵や学問]を授けるには 文殊さんにと 変幻している ご分身 たちが 集まってきたのです。

これを みて 弥勒さんが お釈迦さんに 質問します。

「 お覚りを開かれて 5O年ぐらいしか 経たないのに どうして こんなに 大勢の人たちを 教化したのですか 」と。

それは そうでしょう。

わたし事ですが 住職 在任期間中の 50年間で 500人以上の 方を 出家得度して お釈迦さんの そして お大師さんの 子供として お導きをさせて頂きましたが それでも 多いほうです。

これだけ 大勢の弟子たちが 集まってくると 弥勒菩薩さんの 質問も 分かるような気がします。



お釈迦さんの 答弁が 始まります。

「 みなさんは わたしが 釈迦族の王子の位と 妻子をも捨てて 城を出て 6年間 難行苦行の末 35歳の時に ブッダガヤの 菩提樹の下に座し 無常の覚りを得たのだと 思っているだろうが 実は そうではないのす。 

勿論 それには 間違いないのですが わたしが 覚りを得たのは それよりも 気が遠くなるくらい 遠い遠い昔から 計り知れない 歳月が 流れているのです 」


“ 汝ら あきらかに聴け 如来秘密神通の力を “ と その歳月が 果てしない 悠久の昔かを 語られるのです。


「 本来は わたしの 身体と心は 大空 宇宙の中で 覚りを得た【 真理 】そのものなのです。

【 真理 】を 覚り 真理を説くとこで 苦しむ衆生を 助けようと 誓い 色んな 仏菩薩に 変化して その対象者に応じて 色んな姿で現れ 苦しむ人を 救う 働きをしました。

そして 同じ 衆生を救うにしても 衆生が はっきりと 分かる姿として 出現したのが 現在の 姿なのです。


これを【 三身 即一 】と いいます 。

三身即一の仏である わたしは こう 誓いました。

【 我 常に この沙婆世界にあって 説法 教化する 】

[ 常に ]とは いかなる時にも 永劫の昔から 永劫の未来に向かって いつでも という事ですね。

という事は「 この 今 」と 言うことです。
今 こうして生きている 生活させて頂いている「 いま 」という ことです。



わたしたちは お釈迦さんに 助けられ お釈迦さんは わたしたちを 助け続けます。

弘法大師[ 空海 ]も「 おとうさん おかあさん 助けて 」という 声を聴くと 直ぐに 駆けつけると 言われています。

苦しいとき 悲しいとき 嬉しいとき 楽しいとき 是非 御手に縋って お陰を受けてくださいね。
村垣 慧晃 合掌