一話に前置きを加筆しました。
そちらをお読みのうえ、お話しを読んでくださいませ。
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そちらをお読みのうえ、お話しを読んでくださいませ。
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隊の解放と引き換えに己を差し出そうとしたメヒを仲間達は押込めるように引き止め、皆で強引に宮外へ逃した。
皆の有無を言わさぬ動きに逆らえず自由の身になったメヒだったが、既にもう心は決まっていた。
過酷な戦に多くの兄弟子達が命を絶たれ、消えていった。その想いを無駄にせんと歯を食いしばりながら生き残り、若くして部隊長という重責を任された娘が出した答えであった。
師父は最後にヨンに託した。
王に仕えよ。隊を守れと。
命をかけて、それを託した。
ヨンはメヒを迎えに来ると言った。
それは師父の命令に背く事だ。王を捨てる事は許されない。
もし、ヨンと二人逃げ延びて、何処かでひっそり暮らせたら。
ヨンは笑って暮らせるだろうか。
隊は汚名を被せられ、武士の道を捨て、師父の命に背き…心を失わずにいられるだろうか。
死をもって詫びたい。
命に代えて、仲間を、ヨンを、ヨンの心を守りたい。
私が捨てなければ、ヨンは私を捨てられないだろう。
一生重い荷物として、私を背負っていくだろう。そして武士としての大事な誇りを失い、心を失っていくだろう。
「私ならもう大丈夫。少し一人で外の空気を吸ってきたいの」
心配気にメヒの様子を伺う妹弟子にそう笑顔で応えると、自然と足があの山へと向かった。
ヨンとの思い出の場所。
ここを墓場にするなんて、ヨンは怒るだろうな。
でもヨンを思いながら命を終わらせたいという、最後の我儘を許してほしい。
ヨンの心を守りたいと言いながら、真逆の事をしようとしている自分に自嘲する。
丘の上に立ち、遥かに広がる山脈を前にすると、自分の存在が塵のように軽く感じた。
ごめんね。
ただ、あなたを守りたかった。
鞭を枝にかける間際、師父が自ら命を捨てた心地が少しだけ分かった気がした。
ただ、守りたかった。
大事なものを守りたかった。
命に代えて。
ほんの僅か、ヨンの気配が漂ってくる。
まだ此処へ辿り着くには時間がかかるだろう。
メヒは鞭を放った。
散った紅葉が空へ舞った。
◇◇◇◇
「ウンス、おい!ウンス?」
ヨンの声がする。瞼を開けると逞しい腕に囲われた自分がいる。
「……ああ、やっぱり夢だった」
頬をぐっしょりと濡らしたウンスに気づくと、ヨンは驚いてウンスを揺さぶり、声をかけた。
それでもなかなか起きずに、ずっとうなされていたらしい。
「如何しました」
ヨンが険しい瞳で、ひどく案ずるようにウンスを覗き見ている。
「メヒさんの…メヒさんの夢を見たの」
ウンスが夢の一部始終を話すと、ヨンは大きく目を見張った。
「それでね…最後に…」
「最後になんです」
「守りたかったんだって…あなたを。メヒさんも…あなたの隊長さんも。
みんなをただ、守りたかっただけなんだって」
再び込み上げ泣きじゃくりだすウンスを、ヨンは抱き抱えると幾度も幾度も背中をさすった。
それはウンスだけでなく、己の気持ちを落ち着ける為かもしれなかった。
何故死へ逃げたのか。何故自分を置いていったのか。
恨みに似た思いを抱いた事もある。
しかし今はもう、そんな気持ちになった事すら忘れていた。
散っていった仲間達。みな似た者同士だった。互いを家族と思い、仲間の為なら命なぞ惜しくもなかった。
大事なものを守る為に身を捧げる。そんなことが当たり前の、堅物で不器用な武士の集団だった。
……みな、同じだった。
ウンスを想いながら、キ・チョルを道連れに命を終わらせようとしたあの時の自分も。
「ごめんねって…ごめんねって…言ってた。メヒさん」
しゃくり上げる涙が喉に詰まり、ウンスの声が震える。
「ああ、分かった。無理して喋らなくていい」
背中をさする手を緩めると、ヨンは再び目の前の白い体を抱き締めた。
ウンスに向かってなのか、メヒや師父に向かってなのかわからない。
が、どうしても言いたい言葉が一つ、口から溢れる。
「……ありがとう」
すると、いつの日かウンスに照らされ、雪解けしたはずの心の湖の奥深く、
ヨンにもわからぬ程深い深い奥底にあった、一欠片の小さな氷がふわりと溶けた。
同時にウンスの体から力が抜ける。
ぐすり、と鼻をすする妻に、
「ありがとう…ウンス」
もう一度声をかけると、涙に冷えた白い頬を親指で拭い、そっと温めるように頬を重ねた。
終
天に散った月達の、切なる想い。
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16/09/02 追記
ヨンは仲間に捨てられたんじゃなくて、ヨンに命をかけてもいい程愛されてたんだという事、その想いがヨンに届いたというイメージで描きたかったのですが、今読み返すと「暗い印象だけしか残らない方も多いかもな…」と思いました。
(最後の「切なる想い=大事な人を守りたい」という意味です)
読んでる方をただ嫌な気分させてしまったのなら、それは私にとっても凄く悲しいことです。そんな気分にさせたい為に書いているのでは無いこと、ご理解いただけたらと願います。
私の書き方が不十分なせいで暗い気分にさせてしまっていたら、本当に申し訳ありません。
お話しの趣旨、わかるよ〜。と、理解を示してくださった方々、
込めた思いが伝わっている方も沢山いると知れて、救われました。
今でもそれがずっと心の支えになっています。本当にありがとうございました。
ただの素人が書いている拙いお話しですが、そんなお話しでも読む方達を明るい気分にも暗い気分にもさせちゃったりするんですよね。
今改めてそれに気づいて、省みています。
…なんか、真面目に語ってすみません(笑)
こんな私ですが、今後ともどうぞよろしくお願いします!
しん