眺める月は一つ 第十話 〜再会〜溢れ、流れ出す | 信の虹 ー신의 nijiー

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ここは韓国ドラマ「信義」の登場人物をお借りして楽しんでいる個人の趣味の場です。
主に二次小説がメインです。ちま(画像)の世界も大好きです。
もしも私個人の空想の産物に共感してくださる方がいらっしゃったら、
どうぞお付き合いください^ ^


「如何しました」

ウンスの叫び声を聞いて、すぐさまウンギュが部屋へ駆けつけて来た。

ウンスを抱きかかえるヨンを見ると、今度はウンスへ目線を移し、
「大丈夫ですか」
と、声をかける。
まるで、"まさかこの方を力尽くで…"と案ずるような目をしている。

ウンスは慌ててヨンの腕から降りると、
「い、いいえ、何でもないんです。ご心配なく。ね、あなた」
と、ヨンの衣の裾を握った。

「あ、ああ」
と、ぎこちなく応えるヨンをウンギュは少し訝しげに見遣りながらも、

「何かありましたら、すぐにお呼びください」
と、明らかにウンスの方だけに告げ、部屋を後にした。

ウンギュの足音が聞こえなくなるまで、黙って二人で部屋に立ち尽くしていたが、
先にウンスが吹き出すように笑い出した。
「やだ、ウンギュさんたら絶対、あなたが私の事襲ったんじゃないかって疑ってたわ」

「イムジャが大声を出すからです」
ばつが悪そうにヨンが言う。

「だって、急に足元に現れたら驚くわよ。なんでまた、あんなところに居たのよ?」
そう笑いながら、肩を叩こうとするウンスの手を捕まえて、ヨンは言った。

「一人にさせるのは、不安だったので」
医仙が戻ってきた事をまだ誰も知らぬとはいえ、いつも危険に晒されていたウンスを一人にしては置けなかった。
いや、少しでも離れていたくなかったのかも知れない。
消えて無くなる幻ではない事を、気配を感じる事で確かめていたかったのだ。

「それに」
ウンスの手を捉えたまま、ヨンは続けた。
「さっきのは何です?」

「何って?」

「俺のことを"あなた"とは」

「あなたはあなたよ。べつに普通の言い方じゃない…
あ、そっか、でもさっきのはほら、あなたが疑われてたから。
嫌疑を晴らそうと思ってちょっと恋人風に、"あなた"ってね」
思い出して笑いが顔に浮き出るウンスを気にせずに、ヨンは胸の中へ引き寄せた。

「え?」
不意に抱き寄せられ戸惑うウンスに、

「俺は四年前と同じ想いです。…ずっとずっと、イムジャ、あなただけを待っていた」
ヨンは堪え切れず腕に力を込めると、己の胸の内を吐き出した。

「私だって同じよ…。あなたのもとへ戻りたいって、それだけを毎日考えてたわ」

「まことか」

「じゃなきゃここに居ないでしょ?」

「…あなたを待つ人が居たでしょう。天界に」

ヨンはウンスの気持ちには、疑いは無かった。
キチョルの氷攻を受けて倒れた体を、この寺で救われた。
そしてそれはウンスのおかげだという、ミョンハクという僧が残した文。
そのウンスの想いを支えに、ひたすら信じて待つことができたのだ。

しかし、一度天の門を通ったからには天界へも辿り着いたはず。
ウンスを待つ人々、ウンスにとって掛替えのない人々、大事な場所がそこにはあるのだ。
行くなと引き留められ、やはりそれを捨てる事はできないと思い直したとして
一体誰が責められようか。
天門の風はまだ止んでいない。まだ、今なら引き返せる。
別れを言いに、最後にヨンの無事を確かめに、そのためだけに危険を顧みず此処へ辿り着いたのやも知れない。

「良いのですか」
言葉とは裏腹に、離すまいと力が込もる。

「いいの。両親に、会えたの。お別れを…言ってきたの。
けどやっぱり信じてくれなくて、手紙も沢山置いてきた…辛かったけど…。」

瞳を潤ませたウンスにヨンは思わず囲う力を緩め、苦悩と不安が綯交(ないま)じる眼差しを向けた。
ヨンが覚悟を決めて口を開こうとすると、

「でもあなたじゃなきゃ、駄目なの。私が」
あなたとじゃなきゃ、生きていけないの。と胸に顔を埋め
細い腕でヨンの背中の衣を掴んでくる。
ヨンの中で、ウンスの気持ちを確かめるまでは。と堪えていたものが溢れ出す。

「離せなく、なりますよ」

王命がそうさせたのか己の衝動なのかわからぬままに、天女の羽根をもぎ取ったあの時とは違う。
ウンスをただの一人の女として己の傍へ置く為に、生まれ故郷を捨てさせるのだ。
此処へ留めるということは、己の欲の為に
ウンスを育んだ大事な人々ともう二度と会えぬように縁を断ち切るということだ。
離れていた長い月日の間ウンスの無事をひたすらに願って来たからこそ、信じて待ち侘びる一方でウンスの真の幸せとは何かを繰り返し繰り返し考えてきた。

ヨンが苦しい思いでウンスの顔を覗き込む。
先程までどれだけ見つめても戸惑うように視線を逸らしていた目の前のひとが、意を決した面持ちでヨンの瞳を見つめ返す。
瞳に溢れるものをこぼれ落ちそうにしながら、頷いてくる。

「お願い。離さないで、チェ・ヨ…」
皆まで言い終わらぬうちに、ヨンは堪えられずその唇を塞いだ。
熱く震える想いでウンスを探し、絡め取る。
白い頬を流れ出した雫がヨンの顎先にも伝わり、ぽたりと下へ舞い落ちた。