眺める月は一つ 第六話 〜再会〜あの頃の月 | 信の虹 ー신의 nijiー

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ここは韓国ドラマ「信義」の登場人物をお借りして楽しんでいる個人の趣味の場です。
主に二次小説がメインです。ちま(画像)の世界も大好きです。
もしも私個人の空想の産物に共感してくださる方がいらっしゃったら、
どうぞお付き合いください^ ^


民が都を避難してから一月も経たぬうちに、商人達が様子を伺いながら都へ戻ってくる。

王宮内を荒らしまわる紅巾を黙って見ている事しかできない高麗軍。
しかし、争いもなくただ待つだけの軍兵達にも必要とする物は多々とある。
軍需にあやかろうという魂胆だろう。
王宮を取り囲む高麗軍の後ろに居れば安全だろうと、
少し離れた駐屯地の辺りには飯屋や妓楼、武具を扱う職人、近くの寺を利用して風呂屋を始めた者もあった。

チョン・ソウンは一時は全く灯など無かった町の通りを眺めると、言いにくそうに口を開いた。
「大護軍、今夜非番の者達がその…飯屋にでも寄ろうと。
どうです、再び戦を仕掛ける前にたまには任務を離れて外の空気を吸ってみては」

紅巾と睨み合う事しかできぬ今、禁軍、官軍をも合わせ、更に地方軍を呼び寄せ民からも兵を募り、高麗軍はその数を二十万余に増やしていた。
合戦の合図をひたすら待ち続ける兵の中には、非番の隙に町へ出向き飯屋や妓楼に足を運ぶ者も出てきていた。
毎日休みもろくに取らずに軍議や訓練、各部隊の見回りを欠かさぬヨンを側で見ていて、
ソウンはたまには下の者に任せて妓楼にでも足を運んだら如何か。と問いかけた。
ヨンは「いや、俺はいい」と短く答えると、「それより少し眠る。何かあれば起こせ」と仮ごしらえの宿舎の部屋へ戻っていった。

ソウンはその背中を見送りながら、
「すげえな…。欲ってもんは無えのかな」
と呟いた。
以前、ソウンの上司であった将軍は、ヨンと真逆の者だった。
戦では最後尾へ陣を取り、戦地へ長く滞在すればもてなしや見返りを求めた。
しかしそれは軍の頭として当然の事であったので、さして気にも留めなかった。
此度も開京への退却を余儀なくされると、ヨンは自ら後駆を名乗り出、後を追う敵兵を蹴散らすべく駆け巡った。
チェ・ヨンを武士の鏡として慕い、こうありたいと憧れの念を持つソウンだったが、
「やはり、俺には無理だな」と自嘲気味に笑うと首を振った。


ヨンは灯りも付けずに部屋の椅子を二つ並べ足を投げ出すと、懐の木板を取り出しいつものように大事そうに眺めた。
必ずウンスは戻ってくると、ただそれだけを信じて北の地を駆け巡り、戦い続けた頃を思い出す。
しかし、あの頃とは違う。
ただ信じる想い。それだけに縋るように戦っていたあの頃。
何処に居るのか、無事なのか、安否が分からぬ医仙をただただ案じ、求め、待ち続けた。

今は違う。
医仙はただの女人となり、我が妻となり、同じ高麗の地で同じ時を共に生きている。
王様や近衛、テマンやソリョン達と福州へ向かい、無事に過ごしている筈だ。
戦が終われば必ずや再び顔を見る事ができる。この手で抱き締める事が出来るのだ。

あてもなく待つ事しかできなかった昔の己の姿を思うと、日々会えずに増してゆく痛くなる程の恋しさも、暖かく安らかな想いに変わる。
"崔瑩"と不器用に彫られた木板の文字を指でなぞると、ヨンは短く息を吐き微笑んだ。
薄い戸の隙間から月明かりが差し込む。あの時と同じ、とろりと甘い色を帯びた月が夜空に浮かんでいる。

ウンスも今頃、同じ月を見ているだろうか…。

ヨンは腕を組み目を閉じると、四年の時を隔ててようやくウンスを胸に抱いた、あの頃の出来事を瞼の裏に描き出した。


◇◇◇◇


「チェ・ヨンなの…。本当に、あなたなの」

「イムジャ…」

暫しの間、時が止まったように見つめ合うと、
ヨンとウンスは黄菊が咲き誇る丘の上、言葉も無いままに抱き締めあった。
何も口に出せず、ただ互いの存在を確かめるべく抱き合った。

ヨンはやっとの思いで口を開いたが、
「無事、でしたか」
溢れすぎる想いの渦に飲み込まれ、そんな言葉しか口にできない。

「うん。あなたも…無事だった」
流していた涙が再び溢れ出したのか、ヨンの胸の中でウンスがその身を小さく震わせた。

「この通りです。…イムジャの、おかげです」

ろくに言葉も交わせぬまま互いに抱き合い、時が経ってゆく。細くたなびく雲が流れ、過ぎ去ってゆく。いつの間にか草原が橙色に染まり、頬を撫でる風が冷たくなってゆく。

「近くに寺があります。ひとまずそこで、世話になりましょう」
ヨンはそれだけ告げるとウンスの手を確りと握り、離さぬように導いた。