御朱印と。(福岡編③)

テーマ:

 結局、今回も御朱印の話です。
 たまたま連絡を取った幼馴染が実は御朱印にはまっているという話になり、色々教えてもらううちに鳥飼八幡が出てきました。

 鳥飼八幡宮は福岡市営地下鉄の西新駅と唐人町駅の中間にあります。どちらかというと、唐人町よりかな。

 私は国道側(北)から入りましたが、門があるのは南側でした・・・。

 

 

 夫婦楠。
 長く生きた樹を見ると、安らぎます。

 命を、少し分けてもらえるような感じがして。

 

 そして、南側の門(笑)。

 入り直しましたよ。

 どちらでもよいのでしょうけれど、私の気持ちの問題。

 

 

 奥に見えるのが本殿。

 鳥飼八幡のHPの由緒(http://hachimansama.jp/history)によりますと、

 中殿 応神天皇(おうじんてんのう) 文化の神・厄除けの神

 左殿 神功皇后(じんぐうこうごう) 子安の神

 右殿 玉依姫尊(たまよりひめのみこと) 縁むすびの神

 

 ここはもともと鳥飼平山という土地で、神功皇后が挑戦征伐の時に立ち寄りもてなしに喜び、お腹の子(応神天皇)の将来を共に祝ったことが縁起・・・ですね。
 その後、色々変遷があって今に至るようです。

 実はこの境内、その他祀られている神々を参拝する順路がありますので立札の通りにめぐるのも楽しいかと。

 それと特色として、たしか九州場所になったらどこかの相撲部屋の宿舎になっていたような・・・・。

 ちょっと調べてみました。

 どうやら九重部屋ですね。

 小さいころから、『お相撲さんがいる神社』という認識でした。

 そして現在は、縁結びの神社として婚活の宴などされているようです。

 ブログもこまめに更新されているようなのでご覧ください。

 なかなか活動的なお宮だなと思いますが、平日はいたって静かで、敷地隣にある保育園の子供たちの声が可愛らしく響きます。

 

 

 私がうかがったのは夕暮れ時でしたが、二人の宮司さんが対応してくださりました。

 ありがとうございます。

 色々なご縁に巡り合えますように。

 

 ちなみに、ここから自転車で数分のところにスポーツバーがあり、実は南区に店舗を構える『サイラー』の支店です。

 サイラーのパンは福岡市で大好きなパン屋さんの一つ。

 オーストリア系のしっかりした食感がたまらないのです。

 私のすまいからサイラーはちょっと…かなり遠いのですが、ここなら大丈夫!!

 涼しい気候のうちは自転車で何とか通える!!(←当社比)

 遠征のご褒美ついでにクロワッサンを購入しました。

 

 日ごろの運動不足が解消できたな~と一人悦に入ってましたが、翌日は体調不良に転落。

 結局、仕事の時以外はひきこもりの黄金週間と相成りました。

 

 御朱印巡りとしては五月はなかなかスケジュールが混んでいるので、しばらくお休みになるかと思います。

 それでも下旬には湯布院へ行くつもりなのでその時にご縁があればまた。

 

 とりあえず次回こそ、かこさとしさんの本について語りたいな。

 

 

御朱印と。(福岡編②)

テーマ:

 御朱印とわたしの話・福岡編第二弾でございます。 

 これで御朱印話はひと段落します。

 数えてみたら、全部で10か所回ったことになるのですね。

 

 今日は別々の日に行った神社を二つ紹介します。

 

 

 一つ目は福岡の代表的な繁華街・天神のど真ん中にある警固神社。

 祀られているのは、イザナギが黄泉の国から戻った時に身体についた垢を祓った際に生まれた、八十禍津日神 〈やそまがつひのかみ〉、そしてそのもたらす禍を正しく導く神として、神直日神〈かんなおびのかみ〉と□大直日神〈おおなおびのかみ)。
 過ちより起こりうる災いから守り、導いてくれるとされます。

 私が参拝した日は土曜日で結婚式が行われており、集団写真の撮影などでにぎわっていたので、お邪魔にならないよう横から入りました。

 それにしても寒の戻りであまりにも天候が悪く、画像を何一つ取らずに帰ってしまいました。


 

 本殿横の社務所で書いていただきました。

 ありがとうございます。

 

 次に訪れたのは櫛田神社。

 山笠で有名なので、外国人の観光客が多かったです。

 こういうのはなんですけど…。

 福岡は福岡大空襲のせいなのか、気質のせいなのか、短期滞在の観光として楽しめるようなものがあまりないのですよね。

 太宰府天満宮のほかは舞鶴城の跡地とこの小さな櫛田神社くらいしか、福岡の象徴になるものはないような。

 それでも、博多湾には超特大級の豪華客船が次々と停泊するので不思議でならない…。

 みなさん、ちゃんと楽しんで帰ってくださっているのだろうか。

 あ、唯一自慢できるのは食かな。

 食材が豊富で新鮮なことだけは誇れます。

 しかし福岡県民、熱しやすく冷めやすいから飲食店は新陳代謝が激し・・・(以下略)。

 

 余談はさておき。

 櫛田神社は大幡大神(櫛田大神)を中心に、天照皇大神、素盞嗚大神(祇園大神)がまつられています。

 正直、調べるまで櫛田神社はクシナダヒメだと思い込んでました。違った…。他の土地ならば、櫛田神社と言えば祀り神はおおむねそのようなのですけどね。
 そしてどうやら、大幡大神(イザナギ)が主神で、アマテラスオオミカミとスサノオノミコトが副神なのも、たいへん珍しいようです。

 天照大神の名前が出れば、たいてい主神。

 櫛田神社がイレギュラー。

 理由は古事記や古代における九州への大陸からの移民の話にまで及ぶので、今回は省略します・・・というか、調べれば調べるほど深い穴にもぐることになり、私の付け焼刃では到底太刀打ちできないのでここまでにさせてください。

 個人的な感想を言わせてもらうならば、私の下戸ぶりは遠い祖先に大陸の遺伝子が混じっているからだなと(一説では下戸はモンゴルの地において突然変異として生まれたとか)、常々思っていますが、まあそれも神様もすべてつながるんだなあということで。

 

 話を櫛田神社の現在に戻しましょう。

 7月の博多祇園山笠の時は、内外から多くの観光客が見物に押し寄せます。

 私自身、追い山を何度も観に行きました。

 山笠の魅力はたくさんあれど、締め込み姿が男たちを5割増しに格好よく見せる、恐ろしい祭りです・・・。

 あと10月に博多おくんちがあり、5月の連休中に行われる博多どんたくにも関りがあります(直接の祭事ではないけれど、出発地点なのだそうです)。

 

 

 こちらの画像は、御手水のところから写した本殿方面。

 考えたらお正月三が日と山笠以外の時期に来ることはめったにないので、なかなか貴重な一枚。

 いつもは人が多く行き交っています。

 正面から本殿へ行き参拝。

 右手のほうに『博多歴史館』と書かれた建物があり、そちらの社務所で御朱印が頂けます。

 私がお願いした時にまたもや後ろに列をなす現象が起きて、しばし待つことになりました。

 一部の方は東南アジアの言葉を話されていたので、観光としての御朱印巡りが海外にも知られてきているのだなと思いました。

 

 

 社務所向かって左のほうにお稲荷さんがあるのでそちらを参拝したり、境内の花を愛でたりしていました。

 

 

 その時、たぶん山笠関係者の方と思われる人々が「〇〇さんの道楽の花に、喜ぶ人がいるんやなあ」と話しながら通り過ぎていかれて、そうですよ私のようにね…と心の中で返事をば。

 もう藤が咲いている福岡・博多。

 ちょうど昨日のニュースでは北九州の藤の名所が開花して観光客でにぎわっていると報じられていました。

 今年はどの花も例年より開花が早く、駆け足です。

 

 

 そして、頂いた御朱印ですね。

 味のある筆遣いで、うれしいです。

 ありがとうございました。

 

 

 ちなみに、御朱印を書いていただいた時に墨移りしないようにどこでも必ず和紙を挟んでくださるのですが、櫛田神社はスタンプが押してある紙でした。可愛い。

 せっかくなので御朱印帳に糊で貼り付けています。

 

 

 こちらはええと、西側の門になるかな・・・。

 この後アジア美術館で開催されているパディントン展を観に行く予定だったので、ここから出ました。

 人気がなかったので記録として撮影。

 徒歩10分強でアジア美術館にたどり着きましたよ。

 

 これで、とりあえず私の御朱印記録は終了です。

 福岡市内はまだ東方面などに古い神社がありますし、ネットで見ていたら博多のお寺の多い地区の古刹がいくつかいただけるようなのでいずれは…。

 高校卒業の年から春と秋になればたいてい京都に出かけていて、十年かけてほぼ奈良京都の神社仏閣を制覇していたので、その時にこの楽しさを知っていれば…とちょっと残念に思いますが、この年になるまで楽しみを取っていたと思えば、それもまた良きかな・・・と(笑)。

 

 そもそも、私の御朱印の旅は『ぐうたらな生活を改めます』と神様と仏様に誓う旅でもあります。

 なので、このままでは各方面の皆さまから『お前、違うやろ』とおしかりを受ける可能性大なので、収集欲もほどほどにしないとですね・・・。

 

 では、次回は本の話でお会いしましょう。

 御朱印の旅・大宰府巡礼編第三弾。

 お待たせしてすみません。

 前回は、わたしのへっぽこぶりの告白で終わってしまいました。

 ですが、これからもやらかしますのでどうぞお楽しみに!←ヤケ

 

 この遠足シリーズのあらすじとしては以下の通り。

 

 (第一話)西鉄五条駅→ 観世音寺参拝→ 宝物殿と御朱印→ 戒壇院参拝と御朱印→ 庭の花に見とれて1時間に2本のバスを取り逃がす

 

 (第二話) バス停で30分待ってコミュニティバスに何とか乗る→ 内山(竈門神社)到着・参拝→ 天開稲荷へのショートカット到着をもくろむ ←今ここ

 

 

 さて。

 先に進みましょう。

 休憩から戻られた運転手さんを捕まえて、太宰府天満宮境内の地図を見せながら尋ねました。

「天開稲荷へ行きたいのですが、どこで降りたら良いですか?」

 すると、

「三つ先の菅谷だと思います。三つ目と四つ目の中間だけど、四つ目で降りたら登り坂だから」

 とのこと。

 だがしかし、前回の失敗ですっかり自分を信じられない私は念を押しました。

「天開稲荷への入り口って、道路沿いに歩いてすぐわかりますか?」

 降りてから気が付かずに通り過ぎるかもしれない。

 へっぼこな私のことだから。

「大丈夫だと思います。のぼりが見えますから」。

 この時のアドバイスは大変的確で助かりました。

 降りてみてしみじみ思いましたが、急ではないけれど自転車で登るには苦しいだらだら坂が続いていて、私のようなインドア派にはかなりつらいものでした。

 運転手さん、ありがとうございました。

 ところで、この菅谷。

 九州情報大学校門前ではありますが、平日の昼間は人気がなく寂しい道です。天開稲荷へ続く道も確かにすぐにわかりましたが、誰もいない。

 遠くから何か機械の作動している音が聞こえてくるけれど、人の気配は全くないのでかえって不気味でした。
 

 

 なので、ちょっと保険をかけました。

 一時間ほど前にLINEでやりとりした友人に、この画像を送ったのです。 「今からここを登ります」と。

 仕事中の友人が何かあった時に助けてくれるわけではないけれど、骨は探して拾ってくれるだろう…的な保険(笑)。

 昔、女性の友人と京都巡りをしていて夕方近くになって比叡山にたどり着いたことがありまして。何事もなかったけれど、あちこちに注意喚起の札が木から下がっていて怖かったなと思いだしたのです。その時の静寂と似ているような気がして、予防線を張らないとどうにも怖くてですねえ。

 まあ、この坂は画像に移っている部分を登り切ったら人の行きかう参道へつながっていたので、取り越し苦労だったのですが。

 ちなみに、不気味だ不気味だとおびえた機械音は、天開稲荷の隣にある大宰府園(大変小さな遊園地があります)の、『子供向けで大人が乗ると逆に怖いという噂のジェットコースター』の音でした。

 さもありなん・・・。

 

 

 この石段を登っていくとたどり着きます。

 雨の日はお勧めしません。

 多分、足元が滑ると思う…。

 側道が両脇にありますので、そちらからでも行き来ができます。

 それも結構急だから雨と雪の日は・・・以下略。

 御祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)だそうで、稲作に関わる神様のようです。

 参拝したときには作法を知らなかったのですが、どうやら手前の両脇に三つずつ下がっている鈴のうち自分の干支のものをまず鳴らしてから、真ん中のおお鈴を鳴らすのが決まりだそうで、次回はきちんと挨拶したいと思います。

 敷地内に小さな社務所がありますが、御朱印はここではなく太宰府天満宮で頂くようにと断り書きが貼られていました。

 

 では、降りて太宰府天満宮…の前に、腹ごしらえです。

 参道降りてすぐのところに『お石茶屋』があるので、そこで温かいうどんを食べました。わかめとかまぼことカツオ梅が載っていて、この梅が疲れた体にしみわたりました…。

 お店の写真を撮り損ねたのですが、近くにある旧坑道『お石トンネル』を。

 

 

 かの有名な麻生家が作ったもので、お石茶屋のお石さんとのロマンスなど噂されていますが、それは当人たちにしかわからないことで。

 ともあれ、こういう風情のあるものが残るのは良いですね。

 そもそも私はバスを乗り逃がした時に大宰府境内を通ってこのトンネルから竈門神社へ行くプランを考えていたのですよね。いかに無謀だったかしみじみ反省しました。

 写真を撮っている最中に宝満山を登山された方々が通られて、そんな体力のある人のためのトンネルだと、あらためて思った次第。 

 

 そして、ようやく大宰府天満宮参拝です。

 方角的に裏から入る形になってしまったのですが、まあ気持ちは同じだし!!と本殿にご挨拶して、社務所で御朱印をお願いしました。

『御朱印をお願いします。天開稲荷も一緒に…』

 だがしかし。

 私が宮司さんにお願いしている間に並ぶ人が増えて、焦った私は書いていただいた御朱印帳の中を確認せずにその場を立ち去りました。

 改めて中を開いたのは天満宮を出て、参道わきの光明禅寺に腰を落ち着けて、庭をながめながら荷物を整理していた時。

(臨済宗東福寺派の石庭の美しい庭です。入場料200円。諸事情で現在寺内撮影禁止)

 

「あ・・・」

 

 

 天開稲荷のみしか頂いていない。

 天満宮の御朱印をもらいにもう一度戻るしかありません。

 だけど何度も行ったり来たりする気になれなかったので、先に博物館の王義之展を観覧することに決めました。

 そして、階段が私を待っていた…。

 この、計画性のなさよ!

  

 

 人生と旅と財産管理は計画的に…。

 ・・・って、いつも思ってはいるんですけどね。

 実行されたためしがないので、いつも試練がやってくる。

 

 

 王義之展はたいへん参考になりました。

 学生時代に書道に少し触ったので、さすがに王義之と千字文はという単語は知っている。そして、書で名を成した人々の名前も少し。

 そして、平家納経。

 あの絢爛豪華な装丁の巻物で一字も間違えたりよろけたりせずに書けるなんて、神業か!!とガラス越しに羨望のまなざしを書くりました。

 自分がたいがい悪筆なので、綺麗な線を引ける人にはあこがれます。どんな筆記具を使っても、綺麗な字というのは変わらないものだと、私は思います。

 もちろん、芸として書と向き合うときには紙と墨の質は大切なんですけどね。

 昔、練習用の紙で書いた文字が気に入って表装しようと霧吹きかけたらトイレットペーパーのように溶けて行ったのを見た時はさすがに唖然とした・・・。

いまだに、あの紙は何だったんだろうと当時の仲間たちと話すことがあります。

 

 話がそれましたが、王義之展もなんとかクリアして、もう一度天満宮の境内へ戻りました。

 もう一度参拝し直してから社務所で事情を説明すると、その時に対応された宮司さんが

「なら、さきほど二つ分の御朱印のお金を納付されたってことですね。なら今はけっこうです」

 と言われたので(実は前回に600円納付しており、それを察してくださったということです)

「いや、そういうわけには…」と答えましたが、固辞されたのでお言葉に甘えさせていただきました。

 

 

 ありがとうございました。

 画像が斜めになり、申し訳ありません…。

 

 そんなこんなでなんとかミッション完了。

 最後に梅が枝餅を食べたい…と思ったのですが、いつも大宰府を訪れた時に立ち寄る店は満席。あきらめて別のお店でも…と思ったらもうどのお店も店じまいを始めていて焦りました。

 平日の五時半は、参道沿いのお餅屋さんとしては博物館も天満宮もしまえる時間なので終了なのですね…。

 一軒だけなんとか開いているのを見つけて、なんとかお餅とお茶を頂くことができました。

 次回はもっと計画性を・・・と、何度繰り返したかわからない反省を餅とともに噛み締めた夕方でした。

 

 これにて、大宰府巡礼編終了です。

 お付き合いありがとうございました。

 

 次回は、福岡編に戻ります。