Yukiko _ YOGA FOR PEACE

YOGA FOR PEACE
虹



■YOGA FOR PEACE  レッスンスケジュール更新しましたひらめき電球 →




■リトリート情報 https://yoga4peace-retreat.amebaownd.com/





東急スポーツオアシス スクール制 クラス ベル

■ココロに効くヨガ 毎週(水)13:00~90分 詳しくはこちら:東急スポーツオアシス本駒込店
・クラブ会員以外の方もご参加いただけます!(定員15名)詳しくはこちら!
(お休みの場合、他のレッスンに振替制度あり。体験随時受付中です。)




1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>

「スヴァディアーヤ(読誦)」

今月のコラムは…ヨガの教え、八支則の第二段階とも言える「ニヤマ(勧戒)」の

「できたらこんなことに進んで取り組んでみましょう~」という4つ目

「スヴァディアーヤ(読誦)」についてお話させて頂きます。

 

いつも引用している「インテグラルヨーガ」では

「霊的な書物を研究することによって自らの望む神霊との霊交が得られる。」

とありまして…これを最初読んだ時点では…怪しい…の一言で。

 

こういった書き方をしているところが、ヨガがあやしい宗教の勧誘の入り口に

されてしまっていた要因のひとつなのかな…なんて頭を過ります。

と同時にどんな師匠から学ぶかが如何に大事かを最近もまた痛感しております。

きちんと歴史的背景を考えると本来の持つ意味はそんな怪しいものではない

ことが分かります。

 

スヴァディアーヤは”スヴァ=自分・自己”+”アディヤーヤ=学習・教育”という意味を持っています。

霊的な書物とは、経典や聖書、お経などのこと

自らの望む神霊とは、自分が尊敬した人、またその人からの学び

霊交が得られるとは、自分自身が理解できるようになること

昔は口頭にて伝えられることが多く、また声に出して唱えることが大切だとされていたので

読誦と日本語では訳されています。

 

➀古くから伝わる経典や聖書、お経等を読み込み、

②尊敬した人から学びを受け

③自分というものへの理解を深めること。

 

この③のところまで目指すところがニヤマのひとつに加わっている所以なのだと思います。

 

勉強の為にたくさんあらゆる種類の本を読みましょう!ということよりも

(それはそれで大切ですが。)

経典や聖書だけでなく、自分自身の心のバランスを整えてくれる本に出会い、読み込むことが大切だという教えです。

ただ知識を増やすために読むだけではなく、その書いてあることについて考え、自分に置き換えて

落とし込むことがその人の生き方を変えていくことに繋がります。

 

一見とっても分かりずらい本も何回も何回も読み込んだり、信頼している先生からの解釈を

頂きながら進めてみると、ある時フッと腑に落ちたり

それが、困った時にフッとヒントとなって訪れたり、自分の背中を押してくれたり、初心に帰れたり

読むだけで元気がでて、心のバランスを整えてくれたり…

 

そんな書物等の出会い、皆様ありますでしょうか??

 

私はお恥ずかしながら…こんなことを書けるほどの読書家でもないのですが

茨木のり子さんの「よりかからず」

いつも引用している「インテグラルヨーガ」

これは歌の歌詞ですが…安室奈美恵ちゃんの「Baby Don`t Cry」

…東京に戻ったばかりで仕事がなく、いろんなところの面接やオーディションを受けていた時

この歌詞のマインドを身体に吸い込みました(笑)

 

 

買っただけで満足してしまったり…

とりあえず読んではみたけど、その内容を人に説明できない程度の理解だったり…

読んだことで満足するのではなく

そこから自分を見つめ、発想や行いへと繋げていく…

 

そんな心もちで本と出会い、向き合い、心をバランスしてくれる書物と出会いましょう!

というのがこのスヴァディアーヤの教えだと思っています。

 

暑い夏 & 再びコロナの夏 そんな書物や詩との出会いを求め深めてみてはいかがでしょうか?

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

くれぐれも熱中症にお気をつけて、コロナとも自分なりのお付き合いで

素敵な夏をお過ごしください♪

 

引き続き、どうぞよろしくお願い致します。

 

 

「タパス(苦行)」

「できたらこんなことに進んで取り組んでみましょう~」という3つ目

「タパス(苦行)」についてお話させて頂きます。

 

パタンジャリのヨガスートラには

「タパスとは苦痛を受け入れることでもある。

ある人が苦しんでいるならば彼は幸いである、なぜなら彼はその苦痛によって不純を浄化

しているのだから。

われわれは苦痛を受け入れても何も失わない。苦痛が大きければ大きいほど、われわれの得るものは

大きい。」

 

とあります。私がこれを初めて読んだ時、ほんと??という思いしかありませんでした。

苦痛があれば浄化とは真逆の方向に進むものだと思いますし

平穏な心が失われるし…気持ちも沈んで肩も凝るよ…と。

苦痛を受け入れても何も失わないなんて…と。

 

でも、こんな例が書かれています。

布でもきれいになるためには苦しみをくぐらねばならない。

私の着ている服を、洗濯屋はどうするか?

きちんとたたんで、白檀の香りをつけて、その上に花でも飾って返してくれるだろうか?

いや、彼はまずそれを石鹸の入ったお湯につける。次にそれをいろんな方向から叩く。それから

洗濯機の中でぐるぐる回して、絞る。その後熱い乾燥機で乾かして、アイロンをかける。

それでやっとこの服は汚れや垢がとれる。

それは純粋になる為にタパスをくぐるのだ。

洗濯屋はべつに服が憎いからそうするのではない。彼はそれを綺麗にしたいだけである。

彼がそれに苦痛を加えるのはそれを愛しているからだ。

 

これにはなるほど~と思いました。

可愛い子には旅をさせよ!的な精神ですね。

苦しみの真っ最中にいる時は、

「何で私だけ~」とか「こんなことに時間割かないでもっとやりたいことあるのに~」とか

この試練は自分の為になるはずだ!!

なんて、なかなか思えるものでもありませんが

でもこの教えを知ってからは…今もうすぐ「脱水」位には差し掛かっているかな~

ぜ~んぶ解決出来たら、洗濯後気持ち良く乾いたタオルのようにふわふわで

清い感じになれるかな~なんて、大変なことを楽しむ余裕もできるようになった気がします。

(これまただいぶ道半ばですが。)

 

お仕事・お怪我や身体の不調・介護問題・人間関係・突然の事故 … いろいろな場面で苦しみは

押し寄せますよね~。

当然、身体も凝りやすくなったり、気持ちも沈みがちになります。

 

「心の強さは苦しみを受け入れることによってもたらされる。

その時苦しみはもはや苦しみではなく喜びである。」

 

そう前向きに捉えられる気持ちを育む為にも

瞑想的なメソッドや身体を動かすことを同時に取り入れ

気持ち病むことなく切り抜け心強くなりたいですね!

 

なので、しんどい時も尚更レッスンにご参加して頂きたいですし

そのレッスン内で自分なりの調整を試みて頂きたいと常々思っています。

(身体的なことであれば、代替ポーズなどご提案しますので

お気軽にご相談ください!)

 

今年の初めに目標を立てた方…どうですか~?

目標を立てていない方…ちょっとしたことでも何か取り組んでみませんか?

 

目標を立て、それに向かって努力することも「タパス」の実践のひとつです。

その成果と共に、自分の決めたことに取り組む意思の強さを得ることができます。

 

今、大変な渦中にある方もこのタパスから得られるものがあり

しなやかな強さが培われると信じて…

 

さあ、タパス=楽しくチャレンジを積極的に♪

 

暑い夏も皆様と快適なヨガ時間ご一緒できますように!

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

「サントーシャ(知足/ちそく)」

「できたらこんなことに進んで取り組んでみましょう~」という2つ目

「サントーシャ(知足/ちそく)」についてお話させて頂きます。

 

サントーシャとは、「足るを知る」ということなのですが…

私たちは、どうしても無いもの、足りないものに目を向けがち。

時には人と比べ「何で私は~」と思考が負の連鎖を続けることはありませんか?

 

日本人的気質なのかも知れませんが…

レッスン後などに、私が以前との違いに嬉しくなり「こうなりましたね~」

とお声をかけさせて頂いても、多くの方が自分のまだ不十分なところを探して

「いやでもバランスが…」と、すかさず自分のまだまだなところを口にされます。

まっ、ある意味第三者の耳に入っても、円滑な日本人のやりとりですよね。w

口ではそう言っていても、心の中では「そうなんだ~、嬉しい~」と

現状に満たされて頂きたいです♪

 

でも、本当に自分がそう思っているとしたら…

自分の中に既にある素敵な感覚や成果に満たされたり、それに気づくことができなかったら…

 

ちょっとづつ積み重ねて、頑張って変化したことへ目を向け「良かった!」と満足せず

常に自分の中に粗を探すような思考では、疲れ切ってしまうハズ。

 

人と比べ、何かに執着や嫉妬するような気持ちが強いと

自分には足りないものだらけ~と思ってしまいがちに。

 

これが日常の様々なところで、同様の思考回路が繰り返されていたら

不要に落ち込んだり、逆にもっともっとと自分を疲れさせてしまいます。

 

今あるもの、自分自身をちゃんと感じてあげて、十分足りていることを知り

そこに満たされる感覚を育くみ、自分への優しさをもつことはとっても大事だと思います。

 

「サントーシャ」を実践して、自己肯定感を上げていきましょう!

 

この話をすると「では、もっと上を目指して頑張らなくて良いの?」「向上心とかは必要ないの??」

「現状に満足していたら、それより先は無いでしょう!」と突っ込みたくなりますよね。

そんな時は、まず現状をちゃんと捉えて、「既にここまでできている!」「もうこれはちゃんとあるよね。」と

足りていることを知りながら、その頑張ること・向上心が何に向かっているかを見てあげてください。

それが、私利私欲だけの為だったり、名声や見栄の為だったら…

その欲は尽きることがありません。欲の連鎖に常に自分が振り回されてしまいます。

 

その頑張る先に、自分や誰かの笑顔が見られるか。誰かの利便性が上がったり、快適さが増すかな?とか。

自分の都合で改善しようと思う時に、関わる方のポリシーに配慮できているかな?とか

なるべくそんな観点も大事にしながら、進むように私は心がけています。

(常にまだまだ道半ばですが…)

 

何か目標を設定し、達成することはとても素晴らしいことです。

そして、それを成し遂げた時に「やった~!」という達成感を感じます。

この達成感が幸福と感じるかも知れませんが、これは私たちのホルモンでいうドーパミン的幸福で

どちからというと興奮に近い形で、現状に満足することなく「もっと、もっと」といきがちです。

ex:来年もまた石垣島でリトリートやりたい!!はどちらかというとこれに近いかなと。

 

それとは別に

「呼吸が穏やかで気持ち良いな~」「紫陽花が綺麗に咲き始めているな~」と今そこにあるものに目を向けて

感じる心はセロトニンが分泌されている幸福感になります。

ex:瞑想を終えた後の穏やかな満たされる感覚だったり、チャイルドポーズでふ~っと力が抜けていく心地よさだったり。

 

このセロトニン的幸福感は人の幸せを形作る土台と言われています。

達成したり、成功したりすることはとっても素晴らしいことですが

それだけだったり、それによって自分自身に負荷をかけ過ぎたり、自分を見失わないように…

そのバランスをとる為にも、今の自分をちゃんと感じ、向き合うことがとっても大切です。

 

セロトニン的幸福感を常に感じ取る為にもサントーシャ「知足」の教えはとっても重要なポイントとなります。

 

今ここに十分足りている、満たされている実感をもちつつ

誰かの役にちょっとでも立てるような頑張りを日々重ねていけたら良いですね。

 

最後までお読みいただきありがとうございます。

引き続き、皆様のご参加心よりお待ちしております。

 

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 最初次のページへ >>