メルツァリオの体調回復は、レースまでに間に合わなかった。というよりも、悪化の一途をたどるばかりだった。
1月8日の公式予選1日目、彼は312Pのコクピットに座ったが、それだけだった。ラップ・タイムは、1分56秒台がやっとだった。翌日、ギュンティが同じマシンで4秒速いタイムを叩き出したことを考えると、いくらセッティングが決まっていなかったとはいえ、いかに体調を崩していたかがわかる。
メルツァリオは、その後ブエノスアイレス市内の病院に担ぎ込まれ、そのまま入院する羽目となった。診断の結果は、盲腸炎であった。

公式予選2日目、312Pのドライバーは永山に交代された。この日の午前中は、ギュンティでなく、永山がステアリングを握っていた。マシンのセッティングのためである。メカニック出身のためマシンに詳しく、北イタリア中心に暮らしてきた彼の方が、ローマ訛りが強いギュンティよりもピット・クルーとの意志疎通がしやすいという、信じられない事実もあったからだ。
そんなことがあったとはいえ、ギュンティは、一歳年上の東洋人チーム・メイトを大切にしていた。ギュンティ自身の人柄の良さもあるが、年齢的に近く、幼少期にローマで暮らしていたことのある永山は何かと親しみを感じる相手で、ギュンティが美しいイタリア人女性と婚約した時は、誰よりも先に永山に話をし、彼女を紹介するほどだった。仕事上でも、永山のセッティング能力に一目置き、無くてはならない存在ととらえていたのである。

さて、永山のラップ・タイムは、最初1分55秒台だったが、何度かピット・インする間にセッティングも合うようになり、1分54秒00を出したところでギュンティと交替した。
さすが、昨年のベルギーGPで4位入賞したギュンティは速い。走り始めて、いきなり永山より1秒以上速い1分53秒86を出した。続けて、1分52秒92と52秒台に入り、次いで1分52秒80、1分52秒79、1分52秒77を叩き出した。
その後の1周は、本当に速かった。最終コーナーまではトップ・タイムだ。ところが、その最終コーナー手前に、前を塞ぐ、遅いマシンがいた。路面とあまり変わらない色・グレーのクーペだ。クーペだが、極端に車高が低く、ルーフの最頂部が312Pのロール・バーよりも更に低い。小さなウィングすら無い、のっぺりとした外観で、ストレートは速いのかもしれないが、コーナーでは苦しそうだ。
幸い、そのマシンはギュンティのフェラーリに気づくと、すぐにアウト側に移り、ラインを譲ってくれた。312Pが抜くと、グレーのクーペは元のラインに戻ったが、すぐにギュンティの視界から消えた。
ギュンティは最終コーナーを立ち上った。速い!信じられない加速だ!!これは素晴らしいタイムが期待できそうだ。1分52秒74! その時点でのトップ・タイムだ!!フェラーリのピットから、満員のグランド・スタンドから歓声が上がった!
しかし、次の一瞬、歓声はどよめきに変わった。ギュンティのフェラーリがフィニッシュ・ラインを越えた直後、何者かがフェラーリ312Pの背後から現れ、抜き去ったのだ! そのマシンは、つい数秒前312Pが抜いたはずの、極端に車高の低いグレーのクーペだった。すぐにギュンティの視界から消えたはずだが、離されて消えたのではなく、312Pのスリップ・ストリームに入り、最終コーナーを立ち上ったのだ!
スリップ・ストリームは、前にいるマシンを風よけにするため、主に後ろのマシンのスピードが上がるが、前のマシンにもメリットはある。特に、新型フェラーリ312Pのようなテールの跳ね上っているマシンには後方に乱気流が発生するため、後ろのマシンが整流効果をもたらし、スピードが上がる。最終コーナー及び、その直後のストレートでの加速と、その伸びは、グレーのクーペのおかげとも言えそうだ。しかし、クーペのスピードの伸びは並外れていた!
しかし、並外れたストレートでのスピードを見せるグレーのクーペも、コーナーでは苦戦していた。アンダー・ステアが強く、ウィングも無いため、危なっかしい。良く言えば、迫力のある、ダイナミックな、悪く言えば、滑らかさに欠けるコーナーリングだ。
グレーのクーペは、最終コーナーを大回りして立ち上がると、またストレートで素晴らしいスピードを見せた!

・・・しかし、次の1周のタイムを出すことはできなかった。クーペは、第1コーナーを回り切れず、コース・アウトしたのだった。1周め、そして、唯一のタイムは、1分52秒74! 何と、ギュンティと全く同じだった!
コース・アウトしたクーペは、マシン前部を大破した。かろうじて、原型をとどめている後部には、”SPQR(Senatus Populusque Romanus / 元老院とローマの人民)”の4文字が読めた。
(続く)