6/8 映画「華麗なる賭け」の日本語吹き替え版は誤訳? | 勉強もたまには教える数学塾

6/8 映画「華麗なる賭け」の日本語吹き替え版は誤訳?

ミシェル・ルグランのヒット曲「風のささやき」で知られる映画「華麗なる賭け」 (原題:THE THOMAS CROWN AFFAIR) の、テレビ放映された日本語吹き替え版における日本語訳の一部分が、わざと誤訳になっていると思われる。
興行成績を上げるため、だと思うが、原作の大事な趣旨をわざとひん曲げていると考えられるのだ。

どのようにひん曲げているかをご説明するまえに、この映画のあらすじをご紹介しよう。

順序としては、まず、ひん曲げられているところまでのあらすじを紹介し、そこであらすじ紹介を一時中断して、ひん曲げの説明をおこなう。
そして、ひん曲げの説明がおわったら、再びあらすじ紹介をおこなう。

最初から一時中断するところまでのあらすじを【あらすじセクション1】、それ以後を【あらすじセクション2】とさせていただく。

あらすじをご存知の方は、【あらすじセクション1 END】まで飛んでいただきたい。

【あらすじセクション1】
トーマス・クラウン(スティーブ・マックィーン)は、大金持ちの社長である。
彼は、自身で練り上げた銀行強盗計画を、たがいに見ず知らずの4人を強盗役として、さらに一人を現金運搬役として雇うことにより、実行に移す。
トーマスの会社のまん前の銀行を白昼堂々、襲撃させたのだ。

4人の雇われ強盗団はトーマスの計画を忠実に実行し、彼らの制止を無視して逃げようとした若い男のふくらはぎに消音拳銃弾を一発お見舞いした以外は何の危害も加えず、260万ドルの現金をせしめることに成功する。
トーマスはその金をスイス・ジュネーブの銀行に保管する。

ボストン警察は捜査を開始するが、なかなか解決の手がかりがみつからない。
260万ドルを丸損するはめになりそうな保険会社は業を煮やして女調査員ビッキー(フェイ・ダナウェイ)を派遣。

最近のスイスへの渡航者リストとリスト掲載人物のプロフィールを見せられたビッキーは、鋭い直感力により、トーマス・クラウンをピックアップ、彼こそホシだ、とにらむ。

彼女はわざと自分の身分を明かしてトーマスに近づき、協力者であるボストン警察を怒らせるような法を無視した汚い手段を駆使して調査を進める。
しかし、知力にすぐれたトーマスは尻尾をつかませない。

トーマスにたびたび接触するうちに、彼女はトーマスにたいして愛情を抱きはじめる。

ところがとんでもないことに、トーマスは新たな銀行強盗を計画。
彼はその計画をこともあろうにビッキーにうち明けて、成功したら一緒に外国へ高飛びしよう、と誘う。
ビッキーは、銀行強盗はもうやめてちょうだい、とトーマスに哀願するが、トーマスは馬耳東風とばかり受け入れようとしない。
【あらすじセクション1 END】

では、ひん曲げの内容を説明させていただく。

上記セクション1の最後のところなのだが、「銀行強盗はもうやめて」というビッキーの哀願をトーマスが拒否する場面である。

以下に英文のセリフ(小生が ワーナー・ホームビデオ・字幕版・1968年制作 でヒアリングしたもので、多少の誤りはご勘弁を。 ) およびその日本語訳を併記する。

日本語訳は、テレビ放映された吹き替え日本語訳を正確に掲載すべきなのであるが、テープ等の記録がないので、小生の記憶に頼らざるを得ない。
ところがまずいことに、トーマスのセリフの吹き替え日本語訳である「賭けだ。華麗なる賭けだ。」以外は忘れてしまったのだ。
そこで、申しわけないのだが、上記の「賭けだ。華麗なる賭けだ。」以外は小生の拙い訳でがまんしていただきたい。
ひん曲げ説明の大勢には影響しないので。

なお、ビッキーの哀願は、その大部分をカットして、最後のひとこと("You won't need a money.")だけを掲載した。

(ビッキー)"You won't need a money." 「おカネはこれ以上いらないでしょ。」
(トーマス)"It's not a money. It's not a money." 「カネのためじゃないんだ。カネじゃあない。」
(以上は小生の訳)
(トーマス)"It's me. It's me and system. System." 「賭けだ。華麗なる賭けだ。」
(これがテレビ放映された日本語吹き替え版の訳)

以上である。

ここで小生が問題にするのは、"system" に「賭け」という意味やニュアンスがないことである。
ちなみに、「ランダムハウス英和大辞典・パーソナル版」に載っている日本語単語(名詞)だけを羅列してみる。

system
1(部分や物の結合・組合せから成る)系、系統; 組織網; 機構、装置
2(相互に関連を持つものの)組織[体系]、編成[方式]、組合せ[法]
3(知識・思想・教養などの)体系
4(組織的な)制度、機構、仕組み
5(体系的なまたは特定の)方法、方式、やり方、手順
6 正しい筋道(方針)
7(天体について)系
8 世界、宇宙
9 [天文](宇宙の構成に関する)学説、説、仮説
10 [生物](1)(theを冠して)(身体器官などの)系統、系
11 性格、人格、人柄
12 分類法[式]
13 [地質]系
14 [物理化学]系
15 [チェッカー]陣地
16(通例theを冠して)(一般に社会・事業・政治の)体制、組織
17 [結晶](基本になる6種類の結晶の一つの)系

「賭け」に類似する単語や「賭け」に関連する単語がないことをご納得いただけると思う。
つまり、「賭けだ。華麗なる賭けだ。」という訳は、"創作"としか考えられない。

では、どう訳すのが正解だろうか?

It's me. It's me and system.
と me を2回言っているので、system は me を強調または補足していると考えられる。

すると、前記の辞典の訳語のうち、
10 [生物](1)(theを冠して)(身体器官などの)系統、系
11 性格、人格、人柄
がピックアップされる。

system のまえに the がないが、小生がビデオの音声で the を聴きわけられなかった可能性があるので、10番はカットできない。

10番からは、「私自身」とか「私のすべて」という訳語が考えられる。
11番からは、「私のやり方」、「私の生き方」ということか。

小生が正解と考える訳は、
「俺のためだ。俺の心を満たすためだ。」

この訳が正解または正解に近い、とすると、トーマス・クラウンなる人物の正体は、「犯罪を犯すことに生きがいを感じ、犯罪行動なしには生きて行けない男」という異常性格者であることになる。

トーマスが異常性格者の片鱗を見せるのは、最初の犯行が成功裏に終わって、紙幣がつまった布袋を車に載せて帰宅した彼が一人で祝杯をあげながら、異常な高笑いをする場面である。

また、新たな銀行強盗計画の中止哀願をトーマスから再度拒否されてビッキーがすすり泣くシーンがあるが、"トーマスは異常性格者" という観点、およびビッキーはそんなトーマスを愛してしまった、という点から見ると納得できるシーンである。

この映画の本来の姿は、原題にも "THE THOMAS CROWN AFFAIR(トーマス・クラウン事件)" とあるように、異常性格者トーマス・クラウンが起こした事件を描いたシリアスなものであると思うのだ。

では何故テレビ放映された日本語吹き替え版では "It's me. It's me and system. System." を「賭けだ。華麗なる賭けだ。」と創作的な訳にしているのか?

「犯罪を犯すことが生きがいである異常性格者トーマス・クラウンが起こした事件を描いたシリアスなドラマ」では、日本ではヒットしない、と日本の映画配給会社は考えたのではないだろうか。

そこで、この映画をヒットさせるべく映画配給会社が考えたことは、この映画のアウトラインを「大金持ち社長のお道楽犯行」とリメークして、それにふさわしく日本版題名も「華麗なる賭け」にした、ということであろう。

したがって、前記の「賭けだ。華麗なる賭けだ。」という創作的な訳も、上記のリメークのためには必要不可欠であったわけであろう。

以上の理由により、「テレビ放映された日本語吹き替え版は、原作の大事な趣旨をわざとひん曲げている」と小生は申しあげるのである。


なお、ワーナー・ホームビデオ字幕版では、問題のトーマスのセリフを、「組織のためなんだ」と訳している。
何の組織か? と聞きたくなる。
「犯罪組織だ」という答えが返ってきそうだが、そうだとすると、その犯罪組織はトーマスにとって特定のもの、たとえばマフィアのボストン支部、であるから system の前に the がなければならない。
小生が the を聞き取れなかった、と百歩ゆずったとしても、犯罪組織という暗いイメージは、全体にしゃれた雰囲気のこの映画にマッチしない。
とくに、スティーブ・マックイーンは、犯罪組織の一員というキャラクターではない。一匹狼のツラがまえだ。
さらに、「犯罪組織」なら syndicate が使われるだろう。
よって、system は「犯罪組織」ではないと思う。

では「組織」とは何のことか? というよりも、「組織」という意味不明な訳になっているのは何故か? と考えると、そこに、翻訳者の葛藤が見えてくる。

翻訳者としては原作に忠実でありたい。
しかし、そうすると(すなわち system を原作の意図に沿って翻訳すると)前記した映画配給会社ご妙案のリメークが成り立たない。
かといって、日本語吹き替え版のように「賭けだ。華麗なる賭けだ。」と配給会社にしっぽを振るような訳は翻訳者の良心に反する。
そこで、悩んだ末、および配給会社との舌戦の結果の妥協案が「組織」という曖昧な訳になったのであろう。


では、あらすじの続きへ進もう。

【あらすじセクション2】
そして、トーマスは銀行強盗計画を前回とおなじように実行し、通報ボタンを押した銀行員を射撃してしまうミスはあったものの、またしても大金をせしめることに成功する。

数個の布袋に入れられた大量の紙幣は、雇われ運搬役が運転するステーションワゴンに載せられて大きな墓地に運ばれ、運搬役は布袋を、一回目の犯行のときに使われたのと同じごみカゴにつめこむ。
運搬役から見えにくい位置に停められた車の中から、息を殺してそれを見まもるビッキーとボストン警察の警部。

ステーションワゴンがいなくなってから2時間後、トーマスの愛車 黒塗り、ホワイトサイドタイヤのロールスロイス・クーペが墓地にあらわれる。

こつ然と出現した数台のパトカーに包囲されて立ち往生するロールスロイス。
まっさきに歩み寄ったビッキーが、ロールスの運転席ドアをあけてびっくり。トーマスとは似ても似つかぬ若い男が乗っていた。

混乱するビッキーに、ロールスの持ち主からたのまれた、と若い男が差し出した手紙に書かれていたことは、「先に行く。そのくるまは君にプレゼントする。」

トーマスを捕らえて改心させることはもはや不可能、と知り、手紙をちりぢりに引き裂いて涙するビッキーの頭上高く、一機の旅客機がゆっくりと飛び去って行く。

旅客機の中では、ロックグラスに注がれたウイスキーが、ファーストクラスのシートでもの思いに耽るトーマスのもとに運ばれたところであった。


(蛇足)
二度目の銀行強盗でせしめたカネのゆくえは?

ボストン警察が墓地のごみカゴから回収し、被害に遭った銀行に返却してメデタシ メデタシですって?

正解です。ひとつの。
もうひとつの解答は次のようです。

トーマスは飛行機に乗るまえに、その墓地とは全然ちがう場所でカネを回収したと考えられます。
墓地のごみカゴにつめこまれた布袋の中身は、紙幣ではなくて、たとえば紙くずばかり、というわけであります。
そして、せしめたカネは、トーマスが乗っている旅客機の荷物室で、彼の特大ボストンバッグをぱんぱんに膨らませていることでありましょう。

メデタシ メデタシ。


(蛇足2)
テーマ曲「風のささやき」他のさわりは
http://www.0510.co.jp/records/ThomasCrown.jsp
で聴けます。



勉強も教える数学受験学習塾