「口パク」・・・要するに、歌ってるフリだけして、実際に声は出していない状況のことです。クラス対抗の合唱コンなんかでは、元々歌うことが苦手な子が、何人かそういう状態で混じってることでしょう。ところが、口パクが潜入しているのは、クラス合唱だけではありません。信じられない話だと思いますが、大学の合唱団のような、歌を専門とするサークル活動の場にも口パクは存在するのだ!

 

 日々、歌を練習してるはずの合唱サークルで、なぜ口パクに陥るかというと、まあ練習不足で音取りが間に合わなかったケースだな。例えば4月に入部したばかりの1年生を、6月のコンサートのステージに乗せるなんて場合だ。カラオケなんかでお判りのように、歌はメロディだけならすぐ歌えるようになるけど、他のハモリパートの方は圧倒的に難しくて、たとえ覚えられたとしても、他パートに釣られるという問題も発生します。なので、練習不足で音に自信が無い状態では、歌詞に合わせて口は動かせるけど、声が出せません。

 ところで、新入生の口パクを笑ってる上級生の中に、実は笑えない奴が混じってるだろ!ふっふっふ、私には判るんだよ。なぜならね、私も最上級生の時に口パクだったことがあるんだよ(笑)(笑)(笑)。

 

 それは大学4年の時の演奏会で、私は留年した2度目の4年生だから、正確に言うと5年生(笑)。その当時、我が団は3年幹部制で、引退した4年生はほとんどOBみたいな存在で、卒論とか就活も忙しいから、あまり練習に来ません。5年生となれば尚更だから、ステージには乗らないのが筋なんだけど、部員数が減少期だったことや、私のソルフェージュ能力が突出していて、初見で完璧に正しい音を歌えたということもあって(これ本当です!)、下級生から懇願されたのだ。「先輩、なんとか乗っていただけませんか」 それで、練習にたま~に顔出す程度の分際で、本番のステージに乗っちゃったのだが・・・。

 

 4曲あるうちの1曲は、前に歌ったことある曲でした。もう1曲はミサ曲。これは譜面を持って歌うので、ほぼ初見に近いけどバッチリ。問題はその他の2曲だ。まったく知らない曲だからステリハの時、自分1人だけ譜面持って、何とかリハ中に覚えようとしたけど、そんなの無理に決まってるから、諦めて本番は口パクでいいや、と方針決定(笑)。そして本番が始まったのだがぁぁっ!

 

 全然知らない曲を暗譜で歌うって、どういう状況になると思いますか?口パクって、少なくとも歌詞は覚えてて、周りの人と同じ口の形の開け方で進行させなければなりません。それさえできない状態でステージ上にいますから、始まってすぐに、極めて危機的な状況であることを自覚しました。歌詞がさっぱりわからないから、次の口の形が「ア行」なのか「ウ行」なのか、出たとこ勝負になるのだ(笑)。やってて解ったんだけど、アとウとオは似てるので、何とかごまかせたし、イとエも似たようなもんだ(笑)。このように母音には大きく2つのグループがあるのだが、次にグループ「ア」が来るのかグループ「イ」が来るのか、これはもはや賭け(笑)。そして更なる苦難が襲いかかる!私が「ア」の口を開けた瞬間、全員がハミング(笑)。ううう、賭けの選択肢が多すぎる(泣)。そのうち、頭の中に一つの不安が芽生える。「お客さんのうちの何人かは、私が全然歌えてないことに気付き始めてるんじゃないだろうか・・・。いやでも、ステージ上には30人いるんだし、私だけに注意を払ってる人がいない限り、バレやしないだろう。いや、あの前の方に座ってる、いかにも合唱マニアっぽいお兄さん、さっきからずっとこっちを見てる・・・。ううう、やめて~、見ないで~、うえ~ん、ごめんなさい、全然練習してません」 全身からじと~っと脂汗。いや~、100%自分が悪いんだけど、こんな恥ずかしいことは二度と経験したくないと思いました。しかし!30年以上の時を経て、その脂汗が蘇るとは・・・。

 

 昨日はオケの演奏会でした。前回は最後どうにかこうにか、8割方ついて行けたと思うんだけど、今回は曲が格段に難しく、どうしてもテンポについて行けない箇所が多数残りました。でも、指使いやポジションはちゃんと決めて、ゆっくりなテンポでは練習してあるので、ほとんどエアバイオリンになっていても、見た目の違和感は少ないはずだと思ってたんだけど・・・。

 ステージ上での私の位置は、第1バイオリンの第5プルトの表(オモテ)。つまり前から5列目の、一番お客さん寄りの席です。私のすぐ近くにお客さんが座っているわけで、弾いてる姿だけでなく、きっと音も聴こえてるはず。いや大丈夫、どうせエアバイオリンだから、そもそも間違えた音を弾く不安はゼロ・・・なんだけど。

 どうせなら全部弾き真似で押し通せば完全犯罪達成(笑)なのに、なまじ自信のあるフレーズをちゃんと弾いたばっかりに、まったく弾けてない箇所で急に音が小さくなったり消えたりするから、バレるリスクが生じる。近くにいるお客さんの何人かは、私が弾いたり弾かなかったりしてるインチキに気付いてるんじゃないか、と勝手に心配し始めちゃって手に脂汗。ううう、やめて~、見ないで~、うえ~ん、ごめんなさい、弾けないところは弾いてる真似でごまかしてます。次から頑張りますから許して~!」 そんな気持ちで終えた演奏会でしたが、でも楽しかったな(笑)。それはもちろん、ちゃんと弾いてくれた弦セクションの皆さんのお陰です。

 でも、ちゃんと全部弾き切った方が、もっと楽しいに決まってるので、あの脂汗が二度と再来しないよう(笑)、日々練習に励んで行きます。共演してくださった皆様、聴きに来てくださった皆様、ありがとうございました。