数時間後、しゃちはまた一つ年を取ります。
33歳です。
ようやく、本厄を抜けて、これからバリバリ頑張ります!
・・・ってなにを~??
とりあえずは、Uくんの育児と旦那様の世話(?)は頑張りますよ。
で、趣味もね。
誕生日という事で、しゃちの心の中にある
「生きるという事」
を書いてみようと思います。
人が生きていくと言う事を真剣に考えたのは、ある人の死に出会った時でした。
それまで、身内の死に立ち会った事はあっても、人生の先輩が殆どでしたので、雑然とした気持ちでした。
ある人とは、しゃちと同期入社した同年齢の男性です。
偶然にも彼は、しゃちと同じ中学で、おまけに、しゃちが中学、高校と好きだった人の親友でした。
なので、入社した時は彼とどう接していいかわからず、距離を置いていました。
しゃちが変な距離を置かなければ、彼ともっと色々話す事があったかも知れません。
彼は明るくて楽しくて、飲み会の席では仲間と共に、周囲を和ませる存在でした。
そんな彼がこの世を去ったのは20歳の秋でした。
職場の当直室でなくなりました。
死因は・・・ただ心臓が止まっただけ。
前日まで元気だった彼が・・・・・
その日、当直室には、しゃちの先輩(男性)2人も一緒でした。
隣で寝ていたそうですが、2人共、朝になるまで気づかなかったそうです。
その状況からすると、彼は苦しまなかったのでしょうか?
しゃちが彼と最後に話したのは、亡くなる2日程前。
珍しく心を開く事が出来た、たわいもない会話でした。
しゃちは涙が止まりませんでした。
こんなにも人はもろく、儚いものなのか思い知らされました。
社会人になったばかりで、これからもっとしたい事もあったはずです。
彼の人生は20歳で終わってしまいました。
でも彼は、しゃちや周囲の人に身をもって生きるという事を教えてくれました。
しゃちは何があっても、自ら命を絶つ事はしません。
それは、20歳で亡くなった彼に失礼だからです。
生きたくても生きれない命があったのに・・・。
そう思うと、しゃちが生きているという事にも大きな意味があるんですよね。
しゃちは自分の生きてきた人生に、反省はしても後悔はしません。
それは、彼が教えてくれたからです。
今を生きるという事。
精一杯、今を生きるという事。
生きている事に感謝する事。
しゃちはこれからも、楽しく、笑って、精一杯生きて行きます。
皆様、これからもしゃち&Uくん&旦那様をよろしくお願いします。





