洗濯屋さん | 男が男好きで何が悪い!〜ベトナム人彼氏ができました〜

男が男好きで何が悪い!〜ベトナム人彼氏ができました〜

30代も半ばに差し掛かってきて、同性婚ができないことによるデメリットを感じはじめました

こんばんは。



あるところに、東西に隣り合った2つの村がありました。



村の間には川が流れていて、川には橋もなく、



また、お互いの村は方言も強いため、意志の疎通もできず、



村はお互いに孤立していました。



それぞれの村には



1件ずつ洗濯屋さんがありました。



洗濯屋さんでは、洗濯板を使って洗濯をします。



重労働なので、一日に100着が限界でした。



そのペースでは村中の洗濯物を洗うことができず、



村人は順番待ちをしたり、



洗濯の頻度を下げたりしていました。



彼らにとってはそれが「普通」だったので、



誰も何の不満も持たなくなりました。



そんなある日、西の村では技術革新が起こり、



洗濯機が作られました。



これによって、西の村では



一日に一人で1000着も洗うことができるようになりました。



西の村の人たちは、毎日服を洗えるようになりました。



東の村では相変わらず洗濯板を使っていましたが、



お互いの村を行き来する手段もなく、



お互いの言葉も理解できないため、



西の村の状況を知ることもできませんでした。



そんな中、一部の商人たちの



「商売の機会を増やしたい」という意見によって、



村と村の間に橋が作られましたが、



東の村の洗濯屋さんは、



「自分には関係のないことだ」



と思っていました。



しばらくすると、東にも西の言葉が



わかる人たちが現れ始めました。



そして気づき始めたのです



「西の村なら待たずに洗濯してもらえる」



と。



西の村の洗濯屋さんは



今まで以上に繁盛し始めます。



しばらくして、東の村の洗濯屋さんは



客が減ってきたことに気づきましたが、



それでも十分お客さんは来ていたので、



「そのうち対応しなくては」



と思っていました。



そのうち、とうとう収入が減り始めます。



そして言い始めます



「早く対応しなくては」



と。



そして東の洗濯屋さんは、



9人を追加で雇い、一日に1000着洗えるようにしました。



しかし、10人で働くためには、



西の10倍のお給料が必要になるので



一人あたりのお給料を下げました。



そうしてようやく、



10人が生きていけるだけの売上が得られました。



東の村の洗濯屋さんで働く人たちは



西に行ったこともなく、西の言葉がわかる人もいません。



洗濯機なんてものがあることも知りません。



西の洗濯屋さんがもう一台の洗濯機を導入し、



今までより安くたくさん洗濯できるようになると



東の洗濯屋さんはさらに人を雇い、



一人あたりの給料を下げました。



それも限界に達し、経営が苦しくなり始めます。



しばらくして、とうとう東の洗濯屋さんは



洗濯機の存在に気づきました。



そして洗濯機の「悪いところ」を探し始めます。



東の洗濯屋さんは、「機械での洗濯は雑」ということにし、



「丁寧な手洗い」を売りにして、



一着あたりの単価を上げました。



それにより少しは経営が上向きましたが、



しばらくするとその売り文句も通用しなくなり、



また経営が苦しくなります。



そして言い始めます



「今すぐ対応しなくては」



と。



東の洗濯屋さんの一部の従業員は、



洗濯機の購入をオーナーに勧めました。



しかし、オーナーは洗濯機の存在は知っていても



洗濯機がどれほどのものかはわからないのです。



一日に一人で洗えるのが



100着から110着になるぐらいだと思っています。



そんなもののためにお金をかけるくらいなら、と、



従業員には残業を強いました。



更にしばらくして、更に経営が悪化して気づきます



「洗濯機を導入しなくては」と。



しかしその頃には



「洗濯機を導入するだけのお金」



を捻出することも難しくなっていました。



何年かかけてお金をため、



どうにか洗濯機を導入ししました。



従業員たちは「これで生活が楽になる」と喜びました。



しかしその頃にはすでに、



西で作られた安い洗濯機が



一般家庭に普及し始めていました。



この村の近くには小さな村々もありましたが、



西の村の経済力に依存していたため、



西の言葉がわかるようになっており、



西の村で仕事を探すのもか簡単でした。



東の村は昔の経済力の惰性で、



今もまだ経済力を保っていましたが、



他の村は着々と大きくなりつつありました。



東の村に住む僕らは一体どうしたら。