第十五回・蠍座前編:恋の相談 | CRODのブログ 〜サンフランシスコから~

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ベル悩める20代に送りますベル

人類共通の悩み、「恋と仕事、人生&運命」

でも実は、星座によってその悩みの中身は違う?

「リアル蠍座に答える3つの質問」

第十五回・蠍座前編:恋の相談

「私に取って恋は常に悩ましい…蠍座」

 

占いにおける一番ポピュラーで、かつ深い三問にお答えする連載。

毎回実際に各星座のみなさんからお寄せいただいた内容をもとに、質問を構成。

それに、“その星座の方のためにお返事する視点で”…まーさがお返事を出します!

 

こんにちはまーさです。

さて今回は蠍座の回ですが、サソリン諸君…全星座内で相談数一番でした!(ありがとう)

つまりその分いろいろな相談があったので、今回は数多く(その分短く)お返事してみようと思います。また、恋愛&人生系の相談が多く、仕事のは少なめだったので…(笑)、

今回を恋愛スペシャル、次回を人生スペシャルにしたいと思います! 

 

蠍座の恋愛の相談代表

「体だけ?の関係。でも嫌いになれない」

その1

「初めはデートしたりご飯行ったりしていたけど、だんだん体の付き合いになってしまった。ここまで来ると改善は見込めないと承知ではあるけれども、何故か好きでいてしまうため、悩んでいる」(ほぼ原文ママ)

 

まずは「体の関係」問題ですかね(いきなり)。

実は今回この手のご相談、蠍座からしか(多分)来ていません。

他の星座でもあると思うけど、それをどこまで問題だ…と感じるかの差もあるのかな?

 

ご本人あまり多くを語っていませんが、そのものずばり、体(だけ)の関係になってしまったのかな。

 

これ、そもそもこれ以降にもまた出てくる話だとは思いますが、

蠍座に限らず、「選択肢がある中で、それがいいと思って選んでいる」のならば、

どういう関係にせよ、問題ないと私は思うのです。

 

この例で言えば、性的な関係だけでも十分(特に無理なく)楽しいと思えるならこの話は問題ではありませんし、

逆にこの方がそれを嫌だなと思って、「この関係はやめよう、次に行こう次に」と思えるなら、これもまた悩みは発生しません。

 

恋愛においては、どういう付き合いでなくてはいけない、ダメだという定義はないのですから、双方の意向(望み)が一致していれば、それがどういう形にしろ、“両想い”って思っていいんじゃないかな。ほとんどの場合は。

 

でもこれ、体の問題だけというと少し深刻み?を増しますが、

「現状の相手との関係に不満があるのだが、かといって別れられなくて悩む」

という意味合いで言えば、たとえばデートの回数とか、連絡取りあう頻度とか、愛情表現の有無や方法とか、「自分と好きな相手との食い違いの悩み」という点では同じですね。

 

だから本来なら、そこまで難しく考えず…というか、「改善の見込みはない」と決めつけず、

もっとこういう付き合いをしたいのだと、その好きな相手に直接的に自分の気持ちを話すべきですよね。

 

これ、当たり前のことなんですが、でも蠍座はあまりやりません。

蠍座だけじゃないんですが、でも「自分の本心を人に語らな過ぎる弊害」というのは、蠍座にとても多い特徴だし、そこから生まれる問題というのも当然多いです。

 

それがどうして起きるか?という点に関しては、本当にいろいろ込み合った理由があると思いますが(星座の気質的なものもあるし、個人個人の状況や背景的問題もある)、

 

そもそも恋愛が、誰かとの“コミュニケーション”の上になりたつものである以上、

「相手に自分の考えていることを伝えなければ、相手はわからないのだ」

という法則は間違いなく当てはまりますよ。

 

かつ、「自分も相手のことがわかっているようでいて、本当はわかっていなかもしれない」。

これも本当ですね。この点に関しては、特に一度考えてみる価値あると思います。

 

この件もすごく表面的に(よくある系相談っぽく)、

「つまり自分は軽んじられている、セフレ扱い…(すみません)」みたいな風に解釈すれば、確かに深刻なのですが、

単に相手の彼がもともとそういう性質というか、「愛自体はあるが、釣った魚にエサはやらない系」(古い)みたいなところがあり、特に他意はなく「家で会って、することするだけで、よくない?」みたいに思っている人と考えられなくもないんです(=彼にとって付き合うとはそういうこと)。

「特に文句も言わないから、おまえもそれでいいのかと思ってたよ~」的な。

 

もちろん、「相手の恋愛感情をわかっていながら、自分にとって都合のいい状況に持ち込んでいる」可能性もかなりありますから、やっぱり自分で相手にアクションして、そこは見定めないといけないんですね。

 

で、そこで「この恋愛は自分を幸せにしないな」と感じたら、それは即行動に移すべきですね。彼に会いがあるかどうかはまた別の問題として。

そこまで含めて、恋愛というのは自分の責任においてすべきもの。

そこで生まれる幸福も、はたまた悲しみも苦しみも、あわせて自分のものなんです。

 

好きになってみて、「何かがおかしい」と感じたときに行動できるか。

これ、とても大事なポイントです。

その恋愛感情を特別なものと思いすぎて、過度な我慢や忍耐を自分に強いること。

結果として不幸になってしまうこと。

これもサソリンにありがちな話ですが、もしそこになにがしか自分の幸せを見出しているのなら、それもありです。何度も言いますけど。

 

でも。そうじゃないなら、自分で何とかしなくちゃいけない。

誰かを好きになるというのは、人生においてとても素敵で大事なことではありますが。

ある意味、この世界ではとてもよくあるっちゃあるものだし、

人間っていうのは、しょっちゅう互いに好きあったり嫌ったり、そういう生き物です。

一度好きになってもしばしば気持ちは変わるし、何気なく好きになった相手をずっと思う場合もあります。その辺読めませんし、人間にはたとえ自分の恋であってもコントロールできないのです。

「愛は人生の中で出入り自由」

私はよくそう思いますが…。

 

まず彼の真意を一度確認し、自分の気持ちを改めて伝えてみた上で、それでも彼と自分に食い違いがあったとき、「そういう相手でも、やはり好きか?」。これを自分に問うことだと思います。現状そこまでまだされていない気がしますし、大体「そういう男でもいい!」と腹がくくれたら、人はあまり悩みません。

 

この例に限らず、

「特に行動を起こしていず、ダメな予感がしているけど、でも(何もしないでいて※)自分の望む方向に行かないかな…」的に考えているとき、人は一番悩むと思います。

 

だからこの逆を行って、「自分で今思いつく限りのことをしてみる」で、解消する場合は多いですよ。

 

 

「人を愛するってどういうことですか」

その2

「なかなか人を好きにならない。どの人も普通にLike。Loveって何か分からない」

 

はい、次はこちら。

大体愛しすぎる悩み系の多いサソリン(汗)の中で、「愛に垣根が高い、もしくは縁が少なめ?」なタイプの方です。

でもこっちの方も一定数いますね。ライトに自由にサクサク…ではない!という点で、両者は裏表の同じタイプの悩みとも言えます。

 

人を好きになるということは生きる上での絶対条件ではありませんから、全く問題ないと思いますよ。単に今の文化的に、恋愛を過剰に賛美する傾向、間違いなくあると思いますしね。

それこそ何かの食べ物と同じで、それをおいしい!大好物!という人が多かったとしても、この世の全員がそれを好きなわけではありません。感覚とはその人独自のもので、多数派である必要はないのです。ましてこの方はLike的な意味では人を好きなわけですし。「人間なんか大嫌い!」っていうのだとなかなかしんどいと思いますが。

とはいえ、深く好きになりたい気持ちもあるから、このご相談なのでしょうかね。

 

直接的な答えになるかはわかりませんが、

恋に落ちやすい、深い恋愛に展開しやすい人の特徴として、「人間自体への興味も深い」。

こういうところはあると思います。

沢山恋愛している人がそのまま人に興味があるとは言い切れませんが、

人との関係に対し、少なからず真剣になってしまう傾向のある人は、恋にもそうなります。

かつ相手の真剣さ、真摯さを引き出せる傾向もあるのかと。

 

こっちが真剣だから相手もそうなるし、相手の真剣さにこちらがつられる場合もありますよね。

恋だから特殊な魔力が働く…という部分も否定はしませんが、これは人と人とがかかわる際には、どんなシチュエーションでも起こる話だと思います。

こっちが一生懸命だと、相手もそうなってくれやすいし、こちらに甘えや適当さがあると相手もこちらを軽く見やすい。

仕事でも友人関係でも、どんな時でもこういうのはあります。

 

 

あと、Likeという言葉ですが。

私の中では「Loveより少ない、価値の低いもの」的なイメージは持っていません。

愛しているとは言えないけど、とても相手の存在に好感を持っている。認めている。

そういうものをLikeだと思います。

この定義づけは難しいですし、個人差がありそうですが、「その人が幸福になってほしいし、その幸福にできる限り“自分が”かかわりたい」と思い始めたらLoveに近づいてきていますかね。状況の中で必ずしもそうできないときには、「苦しいけど…でもぐっと我慢して相手の幸せを祈る」みたいなスタンスになる関係とか。

 

なかなか難しいところではありますが(これは難問)、

でも、相手から与えられたいみたいな気持ちが優勢(メイン)である内は、愛じゃないかもね。好きでも愛でもなく、欲ですかね。

 

「どのくらい恋をすれば、真実の愛に近づける?」

その3

「真の愛に気づくための恋愛までに、どれくらいの恋愛を経る(べきものなの)か?」

 

 

この手の質問が来るところに、サソリンを感じますね!(笑)

他の星座では…少なくともここまでの8星座では見なかった…。

 

あくまで個人的な意見?になりますが、恋愛って必ずしも場数ではない気がしますけれど。

でも何となく「一定の経験を経ないとなかなかわからないのかもしれない」と考えておられるところは、非常に良いのではないかとも思いました。

 

でもこの問いは「真の愛とは?」の定義づけが先に自分の中で出来てこそなので、きっとその人によって正解は違うでしょうねえ。

 

ただ思うのは、それが愛に関することであるにしろ、それ以外のテーマであるにしろ、

「あ、きっとこれが私なりの真理だ…」みたいなことに出会うと、何かピンと来るでしょうね。

こういう風に思いますが、数恋愛すればわかる!みたいな法則は成り立たないし言いきれない。

とはいえ、経験を積み、それが生かせるなら、確かに何かには近づくとは思います。

 

でも同時に、「真実の愛とはなんだ!」みたいなものにこだわりすぎて、あくまでそれが目の前の誰かとの関係の上にあることを忘れて、自分の中の欲求だけ追い求める…みたいになると、

やっぱりうまく行かない気もします。

 

真実の愛、みたいな、ある種の理想的な純粋なものを求める気持ち、大きなテーマを追う勇気を持ち続けるのは素晴らしい。

でも同時に、「それが真実かどうかより、今ここで、二人でいて嬉しい、楽しいという気持ちを大事にする」みたいな、近しい身近な喜びを大事にする感覚もとっても尊い。

 

この両方をバランスよく自分の中に持ち続けることができれば、

真の愛は、おそらくもうあなたのすぐそばにあると、私は思います!

 

 

 

 

 

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