第十二回・乙女座後編:仕事と人生の相談 | CRODのブログ 〜サンフランシスコから~

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ベル悩める20代に送りますベル

 

人類共通の悩み、「恋と仕事、人生&運命」

でも実は、星座によってその悩みの中身は違う?

「リアル乙女座に答える3つの質問」

第十二回・乙女座後編:仕事と人生の相談

「一歩飛び出たい、でもやっぱり…出たくない乙女座」

 

占いにおける一番ポピュラーで、かつ深い三問にお答えする連載。

毎回実際に各星座のみなさんからお寄せいただいた内容をもとに、質問を構成。

それに、“その星座の方のためにお返事する視点で”…まーさがお返事を出します!

 

2・乙女座の仕事のご相談代表

「どうして私はいつも“平均”以内?」

その1

ルーティーンの中ではわりと、目配り気配りができているつもりだけど、ルーティーン以外のこととなると途端に鈍感で気が回らなく、無神経なところまで出てくる。決まったこと以外が苦手。変な乙女座だなぁと凹みます…。

その2

器用貧乏というか、平均的にこなすことは得意なのですが、その先で一歩抜きんでるものが出ません。どうしたらもっと成長できますか?

 

3・乙女座からの人生のご相談代表

「乙女座は常に無難に生きる優等生?」

自由にわがままに生きる乙女座は…いないのでしょうか?

 

まーさからのお返事)

はい、今回はお仕事と人生に関するお話です。

で、まずはお仕事に関してね。

 

一般に、よく気が付き器用で、物事に正確で几帳面であるという乙女座からのこの手の質問。

興味深かったです!

例に挙げた二つには似た側面があるなあと思うのですが、それぞれにお返事してみるとすると…。

 

まず、これ前回の恋愛のときに、似た感じの論調?が出てきた気もしますが、

 

今回の内容を書いていて、なぜか私の中で改めてはっきりしたのはですね(笑)。

「乙女座は、自分の決めたルールを守るのが好きで得意だ」

と言う部分。

これは一般に、仕事ぶりや家の家事など、とても目立つところで発揮されるし、

乙女座が得意そうな(整頓とか物の収納とか保管とか、はたまたお金の管理とか?)ことは、

他の多くの星座(大体ずぼら系、雑系キャラ)が苦手とするジャンルなので、

 

「自分の世にも苦手なあれをコンスタントにこなしちゃう乙女座ってスゲー!」

的なみんなの気持ち故に、一層強調されることが多いのですが

(前置き長くて済みません)。

 

でも、

実は乙女座はそれ以外の、

つまりは『自分でこれと決めたルール以外の部分では』、乙女座は大して几帳面じゃないんじゃないの…?

細かく気が付くとかじゃないんじゃないの?

むしろ、大いに気づかない、何もしない人だったりするんじゃないの…?

 

とも思うのですよね。

その“社会的几帳面”のイメージが強すぎてですね(※人から見てわかりやすい部分が几帳面)、

このことって気づきにくいようにも思うのですが、

実はある局面では正反対だったりするのかも。

 

だから、今回のご相談の中で出てくるようなお話は、実は乙女座の典型的な例なんじゃないか。実は。

そういう風にさえ思えました。

 

で、その視点でいろいろ思い出してみるとですね。

 

確かに私の中にも、「乙女座は几帳面で細かい部分があるから、何事にも繊細な反応、感じ方をしそう」みたいな思い込み…場合によっては勘違いもあったように思うのですが。

でも、何かの際に

「あ、これはどうでもいいんだ?気にしないんだ?」みたいに感じることも、実際にありましたね。

一番よくあるのは、人の気持ちにかかわる部分での“繊細さ”が求められるシーン。

 

たとえば「こういう風に言って、大丈夫だと思う?」とか、「○○さん本当は嫌じゃなかったかな…」「これ、○○さんに先に断っておいた方がいいかもね」とか、それこそ他の星座なら、ちょっと気にしてしまいそうな状況でも、乙女座はあんまりそういうことを言わないなと。

誰かに何かがあって、それで何かが遅れたり状況に変化が生じたりしたときなどにも、

(この時間までに送ってきてもらって、そこから作業するはずのものが、来ないとか)

 

まあ、まずそれをできる限り速やかにもらって、で、作業を当初の予定通りこなすというのが今の第一の使命ではありますが、

でも「普段なら遅れないのに、どうしたんだろうね?」と、それを送ってくるはずの誰かのことを、気に掛け案じてしまうこともあるのが、人間ですし、ある種のタイプの人ですが。

 

そういうときにも、乙女座は割とドライなように思います。

ドライすぎるということはないし、まったく気づかないということもなさそうですが、

だい~ぶたってから「今回、どうしたんだろうね~」と誰かが気遣うことを言い出したとき、

「ああ、そういえばそうでしたね」(終わり)みたいな。

 

うむ、この辺から思うのは、

乙女座は「自分に関係がある、関係がない」みたいな意味での枠もはっきりしているんでしょうね。

で、本来自分に関係がない、言い換えれば“持ち分ではない”ことにまで、無暗に気を配らない、総じて「エネルギーを使わない」。

こういう効率主義的な傾向も、かなり強いんだろうなと思います。

 

これ、ふと前回の「自分の調子のいいときは、恋人にもいい距離感が保てるし、過度に相手の言うことや予定を詮索しない。なんなら聞いているふりをして聞いてないときもある」と書いてくださったあれも、

こういう性質に当てはまるように思います。

それがいい悪いは別にして、乙女座は本当にクールだし合理的だし、かつ、そこまで人間に興味がない…みたいに思えますので。

だから、今回のご相談の中に出てくる「ルーティーンのこと以外には、途端に鈍感で気が回らない、無神経なところまで出てくる」という表現は、すご~くわかります。

敢えてそういうことをしているわけではない、と言うのが(無意識)、とてもその方の気質を表していますよね。

 

これ乙女座に限らない気もしますけど、

この世に、どんなに気が付く、気が回る…と言われている人だって、本当に全方位に対し、そういう態度であるわけではないし(そこまでやる必要ないです)。

逆に、マイペースだ、唯我独尊だ、鈍感だ…と評価されている人だって、本当にすべてのジャンル、人に対して、そういう性質なわけでもないですよ。

 

星座の中でもそうですね。

俺様!と完全に思われている星座の、思いがけない気遣い、気配りにハッとさせられるときもあるし、

繊細でやさしくて…みたいなオフィシャルイメージの星座の、ものすごく鈍感で自分勝手な一面を見ることも、もちろんあります。

 

みんなそれぞれ見ているところが違う、見ていないところが違うのよ。

それでこそ世界はうまく行っていると私は思います。

 

とはいえ、ご相談者さんはそれで悩んでいるわけですからね。対処策を考えましょう。

 

まず自分の性格や状況に悩んでいて、直したいときの鉄則ですが。

「それを本当に直したいかどうかを考える」部分に、一番時間をかけるといいと思いますよ。

 

真面目な話。

「鈍感で無神経」になってしまう項目においては、ご自身の中で多分「それでいい」と思っているのだと思います。

だって、ある方面においてはそうじゃないんだもの。

そこに無意識にしろ、選択が働いているんですよ。

 

で、そこを見つめないと、自分を変えるのは難しいですよね。

 

かつ、自分を変えてくれるのは結局のところ“意識”なので、どういう風に変えたいのかも、考え、具体的にイメージするといいですね。

 

これ内面だから難しいですけど、たとえば姿勢や書く文字を矯正したいと想像してください。

無意識に、何も考えないでいたんじゃ、できないでしょう?

だらーっとしちゃうたびに、はっ!と背筋を伸ばし、何かを書くたびに、あっ!と思って丁寧に書き直す。

これを続けるうちに、少しずつですが確実に自分は変わってきます。

 

そういう風にしか人間は変わらないし、そのくらいの成長の仕方がいいんです。

 

まず何に対してはきちんとし、何に対しては鈍感になってしまうのか、その差はどこにあるのか理解した上で、自分はどう変えたいのかよく考えてみる。

そこで「そんなことする必要ない」という心の声が聞こえるなら、別にそのままでいいと思います。

得てして「世間では、みんなはこう思うだろうから、自分もそうすべきでは…?」的価値観で、人は自分を問題視するとも多いですけれど、それは自分の本心じゃないですからね。

イヤイヤで変えられるほど、自分はイージーな存在じゃありません。

とはいえ、「これはよくない、自分でもその意見を受け入れたいのだ」と思うのなら話は別。

もともと、気を使うことができている人なのですから、

おそらく、自分の中の定義づけ、枠の意識の仕方を変えれば、簡単なのではと思います。

 

とはいいつつ(笑)。

基本乙女座はとても勤勉な性格ですし(ルーティーンと定めていることをきちんと維持するのは、そうそう簡単じゃない、つまりは「やらなきゃいけない、気配りしなければならない項目が多い」はずなので)、やってやれないことはないと思いますが。

でも、そういう性格だからこそ「イレギュラーはごめん、面倒はごめん」なんだとも思います。

余分なことをしたくないから、ルールを作りたい(効率化)という動機も、大いにあると思いますからね~!

一番勤勉な人が、実は一番多く働くことを、動くことを嫌がっているのかもしれないというこの矛盾(笑)。

 

だから、「私はときにずぼら。いらないと思えば、人の話も聞いてないの」みたいなセルフイメージを新たに追加する方が、案外しっくりくる(そして楽)かもしれませんね(笑)。

 

そして、その2の「何でも器用にこなすが、一歩抜きんでたものがない」のお話。

 

この器用貧乏という言葉、ご相談の中で割とよく聞くのですが(そして私自身は全然使わないのですが)。

すみません、正直な印象として。

あまりそういう風に自分を考えないほうがいいなあ…という気がします。

 

この方が実際にそうであるとは思いませんが、どうも器用貧乏を自称する方は客観的に見て、「さほどどこのジャンルにおいても、“器用”と言うほどのことはない」という傾向にある気がするからです(すみません)。

私が思うに、“器用”っていうのは、一般に思われるよりずーっと有効な性質です。

日本人は、それこそ…昭和的な発想?(笑)なのか、「不器用」という言葉も結構好きなんだろうな、と思いますが(で、それはそれで許される、ありだという感覚も強い?)。

 

どのジャンルにしろ、不器用であるというのは、本当に苦痛が伴いますよ。

みんな、不器用であるってことの大変さを甘く見てるね(汗)!

だって、努力している&頑張っているのに、なかなかそれが身につかない、会得できない、把握できない、使いこなせない…ってことですからね。

 

そう、頑張っていない人は、そもそもトライしていないので、器用不器用の判定外だと私は思います。

「やろうとしているんだけど、うまくできない」の意味ですもんね。

日本の不器用?の代名詞、高倉健さん(多分)だって、「素直な気持ちをもっと表現したいと思っているのだけれども、残念ながらうまくそれができないのである…」ということでしょ?(笑)

 

おれ、不器用だから(だから何もしない、頑張る気なし)っていうのは、怠けている。つまりは怠惰だと私は思います。

 

で、この逆としてね。

何かをするときに、器用であるというのは、「短時間の学習、練習、準備で、それが把握でき会得でき、使いこなせてしまう」ってことなんです。

もしそうだとしたら、人生の中でものすごくアドバンテージなんですよ。

 

何に関しても当てはまりますけど、そうだな、英語とかの勉強でもね(これも日本人永遠のテーマ)。

 

すごく長く勉強を続けているけど、いまだに…という人が多い中で、

なんとな~く英語のドラマ見て、ちょいちょいっと勉強して少し単語覚え始めたくらいでも結構話せちゃう人いますよね。決して洗練されたものではないんだけど、その少しだけつかんだコツを駆使して、どんどん前に進んでしまえる人ね。

そういうのを、私は器用だと思いますし、器用さとは生きる中でもしばしば“武器”になるレベルの才能だと思います。

だって、そのくらいの積極性ですぐそこまで到達しちゃうような力があれば、

その人が本当に本気出したら、どこまで伸びると思います?

 

実際、人から見て(まあ人と比べる必要は本来ないんですが)、「あの人は卓越している!」と思うような能力のある人は、もともとそのジャンルにおいての器用さがあり、かつそこからすごい集中力や努力をうまく積み重ねて(その辺も器用さが輝く)、ぐんぐん力を伸ばしていった例が多いと思いますので。

 

走るのが好きで、しかも生まれながらに走るのに向いた体つき、体質があり、かつ、要領よく走るコツを会得して、かつ好きだし楽だし面白いから、またガンガン練習して…すごく速くなる。

世界のトップランナーには、こういう人が多いと思います。

 

が、同時に、器用さを中途半端に持っているがゆえに、そこで満足してしまって、それ以上の努力を積み重ねない…という人も、非常に多いとも思います。

 

器用な人はすぐに満たされてしまうから、それ以上追及しようと思いにくいのもありますし、

実際一流と呼ばれるレベルにまで達する人には、不器用系の人も結構おられると思いますが、

この人たちはおそらく「不器用だから…」というところに甘んじなかった、満足しなかった人なのでしょうね。

 

この辺から考えれば、自分はどういう人間で何をしたいのか、これによっても大いに違うとは思いつつも。

人の中にある器用さとは、決して「そうであるがゆえに、人を小さく押しとどめる」ようなものでは決してないと、私はお伝えしたいなと思います。

 

多分ご自身も、レベル的には「そこそこ」というところで、「ほどほど」の感じに丸く収めている…。

実際のところ、そういう状況なのではないですか?(平均的っておっしゃっているしね)

もしテストをやったら全科目100点取っちゃう、でもこれと言って好きな科目はない…というのであれば、また違いますが、

多分リアルな人間同士の話で、そういうことはなかなかないんじゃないかな~と思いますし。

 

もし全科目100点が難なくやれちゃうようなレベルで器用さがあるなら、

「これとこれが同時にできるような人材は超貴重!」ってことで、

すぐに何かしらの専門は決まってしまうと思いますよ(何も秀でていない…と悩む暇はないかも)。

 

とお話しした上でのお返事ですが。

今自分がやっていることを全部突き詰めて、万遍なく平均的のは~るか上をいってみることをお勧めしたいなと思います。一個これだ!というものを探すのではなくてね。

 

おそらく、乙女座の他の項目のご相談例と同じく、「この内容はこのくらいやっておけばいい」みたいな、ある枠から出ようとしない意識が、ご自身を押しとどめているんだろうなと思うのですが、

自分で自分にリミッターをかけていると、確かに安全なんです。

が…、当然ながら生き方自体がどんどん無難になっていきますし、人間は何かに慣れると、どんどんそこで行えるパフォーマンスのレベルが下がるというのも、科学的な検証がされている話です。

つまり「同じことしかしない、向上しようとしないのは、そのまま時間と共に衰退するということを指す」って話です。

 

かつ、同じようなことしかしないでいると、あまり何も起きない日々になってしまいます。

人生の中で新しいことが起きないと、人間は刺激されず、成長しなければ!という働きが内側に起こりません。

何の必要にもかられていないのに、突然猛烈に力を突けるほど、成長とは甘くないし、同時に人間にとって楽なものでもないからでしょうね。

 

でもそのリミッターの上に行きたいという欲を持ち始めると、人生は変わりますね。

そして現実に実践すれば、多分想像以上に自分は変わるし、当然ながら成長せずにはいられなくなります。

 

 

この内容は微妙に、人生の相談にもつながりますけども。

多くの乙女座ちゃんの人生の最大のテーマの一つは「日常を愛しつつ、日常を逸脱するすべ」なんでしょうね。

 

はいそして最後のご相談。

「自由にわがままに生きる乙女座」ですね!

 

いや、いらっしゃると思います。

 

でも同時に思うのは、

きっと、自由に時にわがままに…の定義は、12星座によってバラバラだろうな~と。

これも想像がつきますが、人から見て「お前こそ自由でわがままだろ!」みたいな人は大体、「え、自分のどこが?至って真面目で人生は思うようになりませんよ?」と思っていることが多いし。

逆に「あなたは別にそういうの求めないでしょ?」という風に見える人ほど、「いや~わがままに生きられたら…」と思っていたりもするという。

だからもし自分がそれを求めるなら、自分にとってのそれはどんなものか、何を指すのか、具体的に考えてみる必要はありそうですね。

 

かつ、ここまでの内容でかなり出てきていることですが、

思うに乙女座は、本当の意味で自由で…特に「わがまま」? こういう風に生きたがっているのか…そういうのを素敵だ、かっこいい、ぜひそうなりたい…と肯定的に思っているのかというと、私は大いに疑問が生じます。

 

自由もそうですけど、わがままも、つまりは(我がまま)。ありのままの自分で居続ける…という意味ですから。

一般社会的には、大体風当たりが強いですね。

これは「みんなにいじわるされる」という意味じゃなくて(いやされることもあるかもだけど)、

規制から外れるということは、往々にしてリスクを伴いますから。

自己責任度が上がるということだし、うまく行かなかったときも誰も責任を取ってくれない、保障も何もないですもんねえ。

 

…とは思いますが。

ここでもし考えが止まるなら、そういう人はやはり、その型どおりの自由やわがままにはあまり向いていない(そういうの好きじゃないのでは)、と解釈するのが妥当かなと思います。

が、そこから一歩先に進んで、

「でも、枠の中にいたって、何かあったときに人に責任を押し付けることなんてできないじゃない、自分はそういうことしたくないもの」と思ったり、

「制度が保障してくれるものなんて、そもそもたかが知れているから、自分は元からあてにはしてないよ」と考えたりする種類のあなたであるなら。

 

現状まだ自由でも、わがままでもないにしても、

そういう風にも生きられる素地は、すでに十分あると思いますね。

だから、自分の定義の中で「これこそ自由!」「私わがままに生きられている~」と感じられる何かを、実際にやってみてもいいんじゃないでしょうか。

 

たとえば、普段空調の利いた部屋で寝ているとして、

ある日急にエアコンがつかなくなったと。

で、そういうときに、「いつも通りに暮らせないのは、自分以外の誰かの落ち度」と考え、管理会社に速攻電話して怒って、かつ「どうしよう…これじゃあ睡眠不足で、明日の会議に差し支える…」とびびるタイプなら、自由とかわがままは、何か差し支えのない範囲で取り入れるべきですが(ドラマチックな映画見るとか)。

 

そこで素早く、寝具やパジャマで温度調整をして、何なら家族でくっついて暖を取るなり、「家で一番涼しいのは廊下だ!」と知っていて、そこでマットレスだけでご機嫌よく寝るなりできる賢明さ、適応性、それこそ…器用さがあれば(もちろん管理会社には明日電話します)。

多分その力は、ニューヨークにいようが、パプアニューギニアであろうが、シリアだろうが南極だろうが、きっと生きると思います。

 

この例で言えば「私は毎日7時間寝ることにしてるの」という几帳面さ、ルーティーンを重んじる気持ちがあっても、

それをいついかなるときも自分の判断、自分の責任の元、守る力も持っているのなら、

別に誰かが決めた、守ってくれる…っぽい枠の中だけで、行う必要はないですね。

かつ、私の中ではこういう人こそ自由だな~と感じるんですが、どうでしょうか。

 

アフリカに来てもいつもと同じきれいなパジャマ着て、きちんとしたシーツで、同じ時間寝てる!(それ守らないと私のペースが乱れるからね)みたいな種類の自由さもありますし、

「いや、使ったお金はすぐに記録しておかないと…気持ち悪いから…」と言って、

みんなが大雑把な会計で飲みまくる異国の酒場で、カウンターで突然お小遣い帳つけたり、会計アプリ立ち上げたりする種類のわがままさもあると思いますよ(空気読まない度が凄い。笑)

すごい美人と今からチューして、そして…(ムフフ)みたいなときに、相手の口がにんにくくさかったら、さりげなく歯磨きを促すか(どうやって。笑)、「ごめん急用を思い出したから…」といって、その貴重な機会をふいにしてでも帰宅してしまう…みたいなスタイルもありだと思います。

 

そして、もしこういうタイプの自由人がいたら…それは間違いなく乙女座だと思うので!

 

当然ですが、自由にもわがままにも生きられる資質はこの世の全員の中にありますからね。

それを前に出すか、活用するかも、どう活用するかも、その人の選択なんです!

 

 

 

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