☆おのぺりの初級ママ日記☆

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バリバリのキャリアウーマンだったonoperiが180度方向転換!
専業主婦になって節約の道へ!!
コメントよろしくお願いします!

←って元同僚が作ってくれたコメントなんだけど、hp見る限り、絶対「キャリアウーマン」ではないよね


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本日は私監修エンタメday(勝手に決めた)。なのでboysと3人でカラオケボックスに行ったら、なんと大人一人分の料金なんだと。バスの乗車料金みたいだ!

Sくん曰く、スーパーウルトラおもろかった。1時間半、童謡から始まり、アニソン、ブルーハーツ、ブルーノマーズ、ジブリ。

最初はモジモジしていたRくんも、赤鼻のトナカイを恥じらいを吹っ切って熱唱。転調も難なくこなし、最高得点87点をマーク。この人は音感イイ。

最初からノリノリのSくん。一旦音程が合えば上手。最後の「君をのせて」で思わず涙。心に響く歌声だった。スマホならアップしたいほど。

改めてキャラの違う二人を確認。でも両方ともそれぞれに自己表現するのが好きなんだな。私も同意。踊ったり歌ったり描いたりするのって、やっぱり楽しい☆yone
日記、超さぼってた。
余り公に書けることがないw。

子供たちの真っ直ぐな愛情表現(「(起抜け)ままのこといつもすきっ!!怒ってる時もだいすき!!!ママの手を頭に置くとナデナデしてくれるんだ♪嬉しいな)と、義理の両親たちのの温かい言葉(「りかちゃんいつも頑張ってて偉いわね」)や彼らによる玄関先に咲き乱れる季節の花々、、無邪気に今日の出来事を語る夫(「電車の中でカップルがずっと喧嘩しててさー」)。

私はひねくれ者で神経症で悲観主義で未熟なのだ、きっと。いつまでもブルーハーツを聞いて、車の中で立てノリなのだ。反体制で懐疑的でツンデレで自意識過剰。中学生の頃から、今の今まで。

もういいかげん諦めて大人になりなさい、なんて言われてる。失ってから大事だって気付くのは辛いよ、とも。

今は嵐の真っ最中。いつになったら過ぎ去るのか。でも止まない雨はないし、終わらない歌もない。いや、そもそも去ることを望んで、本当に、いるのかな。どうなのかな。プラスでもマイナスでも、私は心が振れる事を、揺すぶられる事を、望んでいるんじゃないのかな。

幸せすぎると怖くなるって、こういうことなのかな・・・・。チガウカナ。

昨夜ひとりで近所の映画館へ。尾崎豊ライブ@1991を思い立って観に行ってみた。
珍しく冷えた白ワインが食卓に上り、ちょっと飲みすぎて痛めてる膝がなんだか腫れていたが、気にせず行ってみた。

他に観客3人。確かに妹の指摘@fb通り、別に特に好きでもなかった尾崎。確かに途中、やっぱり家に帰ってゆっくり飲みなおそうかなーと思う時もあったけど、赤ちゃんみたいなキラキラの瞳の若さに感銘を受けて最後まで観た。若いよ、尾崎。セブンティーンって、もう同調する年代じゃないはずなのに、未だにダヨネ的な気分になっちゃってどうしたもんか。

アンコールのI love you, 思い出が巡り巡って泣けたよ。卒業も一緒に歌っちゃったし。

気付かないうちに、随分彼の年齢を追い越しちゃったんだな。このぐらいになれば彼も少しは楽に生きられたかもしれないのにな。私も結構、大人になってるんだな。
新学期。Sくん帰って来て、2時間に渡る始業式にずっと立って、校長先生の話を一時間、その他注意や、上級生の3学期の目標作文を聞いていて、その辛さを切々と訴えていて笑えた。教頭先生も、早く終わらないかなって顔してたって。

じゃ今度校長先生に、話短くしてって言って見たら?って言うと、いやでも大事なこと話してたんだと。じゃあどんなこと?って言うと、長すぎて忘れたと。ぷぷ。じゃあ、先生の教えてくれたことは大事なことだったけど、長くて忘れそうだから、もう少し短くしてって言えば?というと、うん・・・でもまあいいよ。と日和っていた。

いまだにそんな長時間スピーチするんだな。しかも立ったまま話聞くんだな。子供は大変だなあ。Sくん、頑張って一石投じられないかな。我慢も大事だけど、必要に応じて前向きに改善しようとする心意気も創意工夫も、簡潔な話しっぷりも大事だし。

最近我が家ではブルーハーツが流行ってる。リマスター版買っちゃったし。アウトロー&反体制を親が扇動するのもなんだけど、昨日見た大洗水族館のカピバラみたいに、じーーーーーっと温泉つかってるような子供には、出来ればなっていただきたくないものだ。

仮面をつけて生きるのは~、息苦しくてしょうがな~い。どこでもいつもだれとでーも、笑顔でなんかいられなーいー♪と3人で車の中、声を揃えて歌ってる今日この頃。
よく考えてみれば、分かりきっていたことなんだけど、考えていなかったからなんかびっくりした。

年末に祖母宅からの帰り道、私は流れる車中の甘いポップスと、現在唯一手放しで私を子供のころと同じように抱きしめてくれる祖母への甘えで、涙が止まらず。こっそり泣いていたんだけど、それでTにふと聞いてみた。

「空見て泣いたことある?」
「・・・それって頭おかしいでしょ。オレの人生でそれはありえないな」
「(ガーン・・・)だよね」

映画とかで悲しいor感動もらい泣きシーンではホロリとくることも数回あったらしいけど、基本的に音楽や風景や文章で泣いた事がないんだそうな。うん。

特に直接的な(もらい泣きやあらゆる感動シーン、悲しいこと嬉しすぎること)理由なく、涙するなんて普通じゃないのかな。空が青くて泣けるんだって人は結構いると思うと主張したけど、一笑に付された。ので、今後しばらく周りの人々にお互い聞いてみようと言う事で決着。

ちなみに私のここ最近の涙を振り返ると、

ブルーハーツ、チェインギャング「世界がゆがんでいるのは、僕の仕業かもしれない」部分
宮沢賢治、アメニモマケズ、Sくん朗読
見上げた空が青過ぎた
キリンジ、エイリアンズ「ないものねだりもキスで魔法のように解けるさ」部分
MUSE "Follow me" MV by 鉄拳(これは誰もが泣くと思うが)

こんな感じ。ここ数週間でこれだから、一生泣かない、って人とはどんだけ別の世界に生きているんだろう、ここ10~20年隣で過ごしてきたのに、と単純にびっくりした。だからいいのか悪いのかはまた別の機会に考えてみよう。

Rくんは、いつもいつも手紙をくれる。ままだいすき、Rより、ハート×いっぱい。事あるごとにくれるし、気付けば読みかけの本にも挟まっている。
嬉しい。かわいい。でも、私はこの愛情に応えられるかなあって不安にもなる。ま、今だけだろうけど、こんなに惜しげもなく愛を注いでくれる存在を、少し持て余したりもする。

彼はそれはそれは懐が深く、なんか気に入らず、もーママなんてだいっきらい!と宣言した側から、私がわざと悲しそうな顔をすると、すぐに困った顔になって、悲しそうになって、私の首に手を回し、もーでもRくんがママのことだいすきってしってるでしょー、とフォローするのだ。

なんだか申し訳ない。
早く私を乗り越えて行って下さい。私の母性が枯渇する前に巣立っておくれ。
やっとインド出張とそれにまつわる仕事が終了!子供たちも風邪を乗り越えて登校・登園したし、気分爽快~。

出張中は5日間、正確には丸4日間、家族と離れていたけど、全く持って寂しくなかった。特に心配でもなく、会いたいとも思わず、思い出しもしないくらい。我ながら薄情だなと思うけど、これだったら離婚して親権とられちゃっても大丈夫かも。

ホテル暮らしは実に快適だった。朝起きて、ヨガに行って、サウナ入って、レストランに座ると飲み物注ぎに来てくれて、好きな果物を皿に取る。丸ごとのものはスタッフが切ってくれるし。温かいチャイと、焼きたてのマフィンをトレイに乗せてテーブルを回ってきてくれる。

そして部屋はいつのまにかすっかりキレイに片付いて、毎日違うフルーツがオブジェのように飾られて、シーツは整えられて、飲みかけのワイングラスは新しいものに変わっている。

やっぱり誰かに何かしてもらうっていうのは、例えお金を払っていたとしても、嬉しいものだな。逆にお金が介在しないと、何が対価となるのか、駆け引きを必要とするから疲れちゃうかも。例え夫婦でもそういうのあるかも。こないだアレやってあげたのに・・・とかね。

信頼って、ある意味ギブしたものをどんな形であれちゃんとバックしてくれるか、ってこと。そしてそのためには基礎となる人間関係が必要なのだ。そういうコミュニケーションを、OKやりましょうってお互いに了解してから始まるわけ。だから知らない人から突然ご馳走されたりするのは、やっぱりよくないよな。返すつもりもない相手に、何かを貰ったら、嫌々でも関係が出来ちゃうわけでしょ。

与える、のも、貰う、のも対等だから、あげるんだからいいでしょって言うのはナシ。閉店時にお金払うから、って言ってもダメなわけ。まずはそういうやり取りをするっていう了承を得ないとね。求める、ってところから始めるのが実は一番謙虚だったりして。

さて、ジムまでの2時間、何しようかな~~。
久々、というか、最近の記憶に無い二日酔いをしてみた。念願のひとり飲み!あーコレが好きだったんだよなーと、ほぼ10年ぶりのカウンターで、なつかしい人にあって、やっぱり美味しいブランデーで、でもかつてと違うのは、ちゃんと電車で帰ったこと。でもそこの駅でついまた数杯重ねてしまったのが多分あの貴重な夏休みをほぼ一日つぶした原因だな。

でもその夏休みもおしまい。先輩宅にお世話になって海辺のロッジで過ごした週末。露天風呂とヨットがとっても羨ましい。そして5日間の家事育児仕事フリー@実家の日々を経て、今週末も親戚BBQ。お嫁さんという立場での参加だったけど、そこはずーずーしく楽しんで&楽して過ごさせてもらった。川遊びも、冷たい水で夏満喫。一足先にTと二人で帰ってきて地元ジムも10日ぶりに行って来たし。

たっぷり充電して、いざ夏休み for kids に挑まん!!
正直言って、男の話はつまらない。大人ではたまに面白い人もいるけれど、子供は概してつまらん。だってさ、半分妄想の入った自慢話か、実在しない人物や生き物の裏話か、得意技か、弱点か、出来損ないのなぞなぞか、駄洒落か、そういうのばっかりなんだもん。

しかもそこにさらに無茶振りをしてきて、ママはどれが一番強いと思う?とか聞くわけ。知らんっつの。興味ないし!!んで適当に答えると怒られるわけ。それかキチンと突っ込むと嫌がられるわけ。

例えば・・・

子)ママ、こんな学校って知ってる?普通はさ、朝行って、夕方帰って来るでしょ?でもこんなのあったらどうする?夜中の3時に行って、夜中の3時に帰るの。

私)え、同じ時間??家に帰れないじゃん。

子)そう。帰らないの。そんで夏休みだけ一秒だけ帰るの。そういうのあったらどうする?

私)えー、どうしようねー(適当にごまかす方向にしてみた)

子)どうしようねじゃなくちゃってさ、どうするってきいてんの!?(ごまかそうとしてるのを察した)

私)でもずっと帰れないんじゃ大変じゃん(正論で攻めてみる)

子)だからもう頭がこんがらがっておかしくなっちゃうわけ

私)こんがらがってんのはお前じゃ!・・・・とは言えないので、

改め私)ママそんな学校行きたくないよー(逃げを打つ)

子)でしょー!(なぜか得意気)そんでね、最後には頭がぼっかーんて爆発しちゃうの

私)はーそーですか。そりゃスゴイ(とりあえずほめ言葉)。ところで今日の昼休み何して遊んだの?

子)えーっと・・・・忘れちゃったー


こんな感じ。でも食卓の話題もこれと大差なく、


T)知ってる?あのお笑いタレントの○○の親も兄弟もも生活保護を貰ってて、そんでみんな同じ駅前のタワーマンションに住んでるんだって

私)へー、知らないなー

T)わざわざ親が買わないで、子供たちがローン組んでるんだって

私)そーなんだ

T)ひどいよな。不公平だよ。最低賃金で働くよりもそっちの方が(以下略)

私)まーでもさー、世の中は公平じゃないからさー。今の自分の生活を楽しんだほうがいいんじゃない。


・・・・まあちょっと6歳児とは違うか。でも興味なさでは同点だな。
実は一番まともなのは4歳児かも。

子)ママあのね、Rくんとリクくんね、幼稚園でこうやってるんだよ。あのね、給食の後みんなでゴミを拾うんだけどねー

私)うんうん(お、幼稚園の様子知りたい)

子)リクくんとRくんは、ゴミのことを「カピバラ」って呼んでんの

私)?

子)そんでねー、カピバラどこじゃーカピバラどこじゃーってやってんの(ウロウロする様子を見せてくれてる)

私)!?

子)カピバラあったぞ、そこだそこだカピバラだ!って(踊り狂ってる)


・・・・まともではないか。でも一番面白かったんだよね。


はー。普通にキャッチボールできる日常の話をしたいなあーーーー
最後にひとりで美術館に行ったのは・・・・覚えているのは15年ほど前のスペイン・ピカソか。相当久しぶりにひとりで国立新美術館を訪ねた。セザンヌとエルミタージュ展、両方を欲張ってみた。

入社試験で好きな画家はと聞かれて答えたセザンヌ。あの時は「印象派が好きなのか?」との問いに???あれが印象派?とか思っていたけど、やっぱり今もよく分からなかった。特に静物のしっかりした構成や微妙なデッサンのズレとか、私が面白い・好きだと思う要素は、また別のジャンルに分類されるんじゃないかな。

昔、絵の先生がよく美術館に連れて行ってくれたことを思い出す。何か説明してくれるのかと思いきや、ただ「ふーん、おもしろいねー」位しか言わず、当時から頭でっかちだった私は毒気を抜かれたような肩透かしを食らったような、不思議な気分だった。

でも今はそういうの、なんかわかる。いいな、と思う気持ちが自然にわいて来るし、そういうのがなければ次の絵に進めばいいだけ。やっぱり好きになるのに理由はない。自分でも不思議だけど、同じセザンヌでも好き嫌いがハッキリと分かれるのだ。

よく音楽とかでも、ジャンルや年代やらのカテゴリーで切って、好きだろう・嫌いだろうと語るけど、本でも人でも曲でも絵でも食べ物でもワインでも、ソレが好きかどうかは、試してみないと分からないといつも思う。まあ邦画・洋画に関しては、自分でもそういうカテゴライズをしてるんだけど・・・。

セザンヌの後に行ったエルミタージュは、なんだか散漫な感じで、特に古典に惹かれることが少ない(また!タイプ分け)せいか、セザンヌほどは面白くなかった。ちょっと早足すぎたのかな。予習もしていなかったし。

美術館のショップをチェックし、外が気持ちいい風だったので、ミッドタウンのテラスでシャンパンランチ。やっぱバブリーは太陽の下で泡がキラキラするのを見ながら飲むのがいいな。酔いもすぐ醒めるしね。

その日は昔なじみの美容院まで足を伸ばし、おしゃべりしながら切ってもらっていたら、Tの帰宅に追いつこうと思っていたのに遅れ、「歩いて帰りなさい」とのTメールにしょんぼりしながら駅のエスカレーターを降りてくと・・・あ、待っててくれたんだ。20分も。

Tの自転車の後ろ、大学生の時によくこうやって乗ったな~としみじみしながら、お父さんとお母さんが用意してくれた夜ごはんと子供たちの待つ、家への帰り道。こういうの、きっと幸せというのだろう。でもなんか、他人目線での評価。自分は・・・これで十分と思っているのでしょうか?

この現実の前に立って、いいな、とは思うけど、また次の絵に歩を進めたくなるのは、それは人として普通のことなはず。