皆さん、こんにちは。大津です。

今日は文字を少し大きくしてみました。


連休、楽しんでらっしゃいますか?

どうか大切な方々と一緒にゆっくり
時間をお過ごしくださいね。


さて、先日紹介頂いた
『医者に殺されない47の心得』
(近藤誠著)を読みました。


いくつか意見が同じ所、同感の
ところもありました。

一方で、やはり見過ごせない記載
や間違いもたくさんありました。

その間違いを指摘します。


まず一番重要なところから述べますが、
『検診で症状もないのにがんが見つかると「早めに切除すればほぼ100%治る」と医者が言いますが、それは「がんもどき」で、切らなくても何の問題もありません」(『医者に殺されない47の心得』p48)
とありますが、これは間違いです。

確かに、「(ブログ著者注。アメリカで)現在診断されている浸潤性乳がんの多く、おそらく3/4以上は全く治療を施さなくてもその患者の死に影響しない可能性が高く、西洋で診断されている多数の前立腺がんも非常によく似た状況であることを示唆している」(『ワインバーグがんの生物学』武藤誠・青木正博訳p728)とあるように、浸潤癌においても放置して生命に影響しないものがあるのは事実です。

しかし現在、どれを放置していいのか、どれを治療した
ほうが良いのか、それはわかりません。

ワインバーグの前掲書でも、「本当に積極的な治療を必要とする腫瘍と、無視してもよいか進展の徴候がないかを定期的に監視するだけでよい腫瘍を識別できるような分子マーカー群を開発することが、どうしても必要である」(同。p728)とあります。

つまり、まだわからないことが多いのです。

ゆえに、ある種の「浸潤癌」は放置しても生命に関わらないということもありますし、一方でまた別の種類は進行して生命を奪う可能性もあると言えます。

それがわからない以上、「治りたい」場合は根治させ得る治療を受けたほうが賢明ということになるでしょう。

私個人は、「自分ではある程度まで生きた」という実感があり、上記のことをきちんと理解している方は、治療を受けなくても良いと思います。
一方で、「まだ死ねない」という方が、「これは『がんもどき』だから放置しても大丈夫」と考えて放置するのは、それは間違っていると思います。
なぜならば、それが進行して命を奪う可能性があるからです。


さて2つ目に、私は「患者と医者が手をたずさえて相互理解のもとに良好な信頼関係を培ってゆくこと」が重要であると考えています。

ところが元々医療に懐疑的な方たちの特に医師に対する誤解を強めるという点で、同書にはセンセーショナルな誤った表現が目につきました。これは将来の医療において、お互いがお互いの立場を理解した上で、よりよい医療を行い、受けてゆこうとするのが重要であるという考えからすると、不利益が多いものです。


「医者は、ヤクザや強盗よりタチが悪いんです。(略)
医者は、患者を脅してお金を払ってもらった上に、
しょっちゅう体を不自由にさせたり、死なせたりする」(『医者に殺されない47の心得』<以下同>p9)

近藤先生も私も、他の医師も、患者さんに良くなってもらいたいという気持ちは一緒です。
それなのに、どうして「人を害そうと意図する者」より医者がタチが悪いのでしょうか?


「医者だってビジネスで、医者にも生活があります。日本の医者は病人をできるだけ増やして、病院に通わせないとやっていけない」(p25)

ここは大きな間違いです。

病院の医者の給料は、(それはそれで問題ですが)どれだけ患者さんを診ているかで支払われていません。
またどれだけ治療をしたかで、給料が左右されるわけでは(基本的には)ありません。
患者さんを増やし、治療を一件も多くしようとする「経済的動機」は一般臨床医には乏しいのです。

ゆえに、「医者が」「特に経済的な見地から」病人を「増やしたい」と「意図している」というのは誤りです。

近藤先生は臨床医ですからわかっているはずだと思うんですが・・。


残念ながら本の感想をネットで見ましたが、危惧した通り、一部の元々医者に対して好ましくない感情を抱いている方々の「医者への怒りや憎しみ」を必要以上に煽ってしまっているように感じます。

現在は一般の方の思いと、医者や医療者の思いがすれ違ってしまっていることが問題の本態です。
医者ももっと患者さんの言うことに耳を傾けねばなりませんが、その逆もしかりです。
けれども、何でも「医者が原因」としてしまうと、本当は(絶えざる忍耐のもとに。これが大切です)よりよいコミュニケーションを図って相互理解を進めていかねばならないのに、それが遠くなってしまいます。


さて上記の2点に比べると枝葉末節ですが、緩和医療の一専門家として、同分野の間違いを指摘しておきます。


「放置すれば痛まないがんは、胃がん、食道がん、肝臓がん、子宮がんなど少なくありません。もし痛んでも、モルヒネで完璧にコントロールできます」(p83)

これは嘘です。

肝臓がんは肝被膜という肝臓の外側の膜まで腫瘍が進展しないとしばしば痛みを感じないのですが、胃がんや食道がん、子宮がんは放置しても痛みます。実際にそういう事例を経験しています。

嘘はもう1つあります。

「モルヒネで完璧にコントロールできます」と書いてありますが、そんな安請け合いはできません。

モルヒネなどの医療用麻薬は、基本的に内臓の痛みにはよく効きますが、胃がんが進行して腹腔神経叢を侵したりあるいは子宮がんが進行して骨盤内神経叢を侵したりすると「神経の痛み」が出ます。これはモルヒネで完璧にコントロールすることはしばしば困難です。


他にも

「骨転移で痛む場所が1か所の場合は、放射線治療で劇的に痛みを軽くすることができます」(p91)

とありますが、これもがんによって効く可能性が異なると言われており、前立腺がんや乳がんでは80%以上ですが、肺がんでは60%、腎癌がんでは48%程度とされています。(PEACEより)

効く場合も、全てが著効するわけではありません。劇的に痛みが軽くなる場合もあるが、そうではない場合もあるということです。


そして最後

『実は医療産業の中で「在宅医療」は成長分野として注目されています。つまり経済的な目的があるので、「点滴の管をつけたまま家へ帰そう」という企みが生まれている。また「どうせ点滴をするなら、何か薬も入れてみたい」というのが医者の性(さが)で、抗がん剤も加わることがあり、患者さんはさらに苦しむことになります』(p98、99)

これも誤りです。

「点滴の管をつけたまま家へ帰そう」と
経済的な利益からするわけではなく、
当然必要だからそうするわけです。

それにしても、良心的な医師、緩和医療の
素養がある医師は、できるだけ不要な点滴を
減らそうとするものです。ましてや
お金儲けのために点滴を継続させるなど
あるはずもありません。

また後半部分の

『「どうせ点滴をするなら、何か薬も入れてみたい」
というのが医者の性(さが)』

というのも、そんな「性(さが)」はないです。

私などは、関わらせて頂いた事例は
どれだけ不要な薬剤や点滴を減らして
円滑に在宅移行ができるかを常に考えています。

特にがんの高度進行期において、点滴がいかなる
場合においても必須である、というのは間違いである
ことは何度もブログで述べている通りです。

余計な薬剤に関しても同様です。


間違いの指摘は以上です。


私自身も治療原理主義はもっとも忌避するところです。
ちゃんと理解した上で、治療を受けたくないのだったら、私はそれを医療者は受け止めるべきだし、ましてや冷たく突き放したりするなどもってのほかだと思います。

けれども、かと言って「医者が悪いんだ」「医者に殺される」と一般の方の不安をかき立てるのは良くないと思います。

現状は確かに、一部の医者が、何でも治療すべきだと思い過ぎているのは事実ですが、それはお金から、というより職業的責任感であると感じてます。

しかしそれが、「話がわからない」「利益しか考えていない」と思われあるいは誤解されているのが医療現場の実情です。

もちろん「ここは治療する病院だから、もう診れません」などというおかしな理屈は医療業界も改善してゆく必要があります。例えばそのようなことをいきなり通告したりすることを止め、事前にお伝えして、紹介先の相談まできちんと乗ることが重要でしょう。


問題の多くを医師に帰しても現場は良くなっていきません。

片一方が悪い、という意見はわかりやすいですが、世の中は本当はそれほど単純ではありません。

忍耐を持って、曖昧さを受け止め、そしてお互いの立場を理解しあってゆくことがこれから必要だと思います。


それでは皆さん、また。
良き連休をお送りください。
いつも読んでくださってありがとうございます。
失礼いたします。